第12話 女子校の教師のありがたいお話
「……えっと?」
登未はスマホの待機画面を見て、片眉を上げる。
月夜からメッセージと画像が送られてきていた。
開くべきか、否かを悩んでいると、声をかけられた。
「どしたん、ウダ?」
目を向けると、男がペットボトルを片手に登未を見ていた。
「いや、なんか後輩からメッセージが」
「へえ。休日に連絡やり取りしてんだ。仲良いじゃん」
「そうって訳じゃ無いんだけどさ……」
応えつつ、登未は受信した内容を確認しようとする。
送られてきて無視は礼儀としてできない。
別に男女の関係ではない。
過去の経験を思い出しても、普通の関係でも届いたメッセージを確認せずに放置や、すぐに返信しないと厄介な問題が起きたことは、経験上多々あった。
「……ぶっ」
だが内容を確認して、登未は吹き出した。面白かったからではない。
月夜の自撮り画像だった。相変わらず有り得ないレベルで可愛い。
隣に女の子が一人写っていた。月夜の友達だろうか。
しかし、そんなことはどうでもよい。
問題は、この画像を送ってきた意図がわからない。
続くメッセージには、友達と遊んでいると書いてあった。
それだけで良い。わざわざ、インスタ映えするような写真を送りつける意味がわからない。
とりあえず保存はしておく。
「何が送られてきたん?」
「い、いや。何でもない」
スマホを持って硬直する登未が不審だったのか、男がスマホを覗き込もうとした。
登未は即座にホーム画面に戻し、取り繕う。
「変な奴だな」
「いつものことだろ?」
「まあ、確かに」
納得するのは如何なものかと思ったが、言及されないことに関しては良しとする。
登未はどう返信しようかと悩みつつ、目の前の男に訊いてみることにした。
「なあ、翔太。女の子が自撮り写真を送ってくるケースって何がある?」
「はあ。うちの生徒に限って言うなら、特に意味は無い、だな」
男――翔太は首を傾げながら、登未に応えた。
見た目は、そこら辺を歩いている普通の男だ。髪は短め、色は黒いままで真面目な印象を受ける。少々細すぎる、という気はしたが、今の世の男は大概がこんなものだろう。登未は翔太を見ながら、聞いた言葉について浮かんだ疑問をそのまま返す。
「意味、ねえんだ」
「気にするだけ無駄というか。むしろ、こっちが慌てると玩具にされる」
「大変だな、女子校の先生も」
翔太は女子校で教師をしている。科目は数学だ。女子校に勤めると聞いて、当時は友人全員で羨ましがったが、徐々に女性に対して幻滅していく姿は、なんとも可哀想だったと登未は思い出す。
「だってよ。あいつらにとって、ただの仲のいい人って認識だぜ? 動揺なんてしてみろ。『やだー、意識してんの?』とか言われたら、ひっ叩きたくなるわ」
「体罰はやめとけよ」
ただの仲のいい人――その言葉に、登未はやっぱりなぁと遠い目をする。
そして月夜のことを考えた。
優しく接してくれるから、親しくしてくるだけと考えるのが一番良いのかもしれない。
逆に下手に突き放しては、意識しているとからかわれる要素になり得ることもわかった。
変に勘違いしなくてよかったと、登未は安堵する。
「そもそも。ガキに興味は持たん」
「年上好きだもんな。奥さん、元気?」
「おう、元気過ぎるな。お前らと遊びに行くって言ったら、不機嫌になってさ」
左薬指の指輪に登未は舌打ちする。4年前、翔太は同僚の年上教師と結婚した。
結婚するまでの擦った揉んだを知っているだけに、幸せそうで安心する。
「でも、実際のところ、どうなのさ?」
「何が?」
「女子校って、先生との距離感とか超近そう」
「ん、距離感の近い子は多いな」
「どんな感じなの? 告白とかされるんじゃないの?」
「されるされる。俺も独身の頃、何度かあった。結婚直前に、すっげえ美少女に告られて、流石に揺れたもんよ」
「マジで。そんな凄いのに告白されたの? その面で」
「おう、この面で。ビビった。まあ、稀にあるんだわ」
翔太の説明は、こうだった。
教師と生徒という、親身に優しく接してしまう環境では、例えイケメンでなくとも、稀に恋が生じてしまうことがあるらしい。
「女子校だから、って訳じゃなくて、共学でも有り得るんだってさ」
「そうなん?」
「ほら、高校の頃って、俺らガキだったじゃん?」
「まあ、うん。くだらんことで、最高に盛り上がれたな」
「今も変わってねえがな」
「まったくだ」
「と言いたいけど、実際は違うじゃん。ガキと大人なら、どっちに惹かれるってとこだな」
「まあ、女子も同級生だけどガキな男を相手にするのは嫌だろうな」
「で、身近な教師を大人の男性って見ちまうんだってよ」
確率は低いが、生徒数が多ければ数名は教師に恋をするらしい。どのように断るのだろうと考えていると、翔太は肩をすくめて言葉を続けた。
「まあ、恋までいかなくてもさ。あいつらは話しやすい先生なんて、友達か、なんかと思ってくるぞ?」
「へえ」
「今、受け持ってるクラスの連中なんて、ほぼ全員がため口だし、翔ちゃんって呼ばれてる」
「なんで、女子ってため口なんだろ?」
会社で眺める限りでは、友人程度に親しい関係の男女間では、敬語が使われないことが多いように思えた。男の場合は、崩れた敬語は使っても、それでも語尾に『す』は付けるので、登未は不思議に思っていた。
「仲良くなるって考えの違いじゃね?」
「んー? よくわからん」
「ほら。年上なら友達というよりは慕う感じで、丁寧語になる傾向が強いのが男だろ? んで仲がいいんだから、堅苦しいのはやめよう、というのが女って俺は見てる。個人的にだけど」
翔太の言葉に、登未は考える。自分は横に置いて考えても、周囲には男の後輩にため口を使われて、苛つきそうな者が多い。男が多い会社では、年が上なら敬語を使おう、と張り紙しているところもあった。
「なんか。男女って、難しいな」
「……お前が言うか」
翔太が登未に呆れた視線を向けていた。
男女の関係が難しい。友人の関係であっても、交際の関係であっても難しい。
難しいから拗れることもあるし、拗れてしまえばダメージを負うこともある。
「だから、お前は不能なんだろ?」
翔太に言われた言葉は、文字にして見れば暴言に近い。
一度瞬きをする。そして登未は感情のままに――
「ま、そうだな」
気楽に笑った。なんてことはない。思うところもない。
事実は事実だし、事情を知る者に言われる分には問題すらない。
気を取り直して、登未はスマホを持ち直した。
既読を付けてから、少し時間が経っている。何をしているかと聞かれているのだ。
素直に応えようと思った。登未はカメラを起動して、翔太に向ける。
「翔太、ベース持って」
「いいけど、何するん?」
「後輩からさ、何してるのかって聞かれたから、写して送る」
「……顔はやめてくれよ?」
翔太はペットボトルを床に置くと、スタンドに掛けていた楽器を手に取った。
弦が4本張られた、エレキベースだ。
「そもそもよ。練習するなら、事前に言ってくれよ」
「言ったら、ウダ来ないじゃん。たまには付き合えよ」
「練習してから来たいのに」
「下手で良いっての」
「にしても、あいつはいつまでトイレ行ってるんだ? ギターいないと寂しいぞ」
「知らねえよ。リトルジョーじゃなくてビッグベンじゃね?」
「懐かしいな、それ」
親しい友人との会話は、気楽なものだ。距離を取る必要も、踏み込む必要もない。
ただ素のままで過ごせる。
久々の気楽な状態に、登未は普段の慎重さをつい忘れた。
「ま、いっか。ほい、かっこいいポーズ」
「え、お前は?」
「写真の角度的に、ドラムの内側が写るんだし、まあ、わかるだろ?」
普段なら隠す自分の趣味を、つい月夜に教えてしまった。
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