第2話

とても印象に残っている絵画があった。


そこにいる少女の視線はどこか遠くを見つめていて、その目の前には死神が大鎌を構えて今にも何かを奪おうとしている。

その二人は見つめあっているような構図でありながらも、どちらも違うものを見ている様である。

それは一つのキャンバスの中に描かれた、違う世界が交わる瞬間なのかもしれない。


しかし、このキャンバスの中にはある物語が描かれていて、その物語の始まりはそこよりもさらに時間を遡る。


少女がその死神を認識したのは言葉を認識するよりも前だった。

その少女は、父も母も玩具も食事もそこにある全てと同じようにその死神を認識していた。

しかしそれが自分にとってどういう存在であるのか。

それを知ることは難しかった。


死神は自らの存在がその少女に認識されていることを知って動揺した。


彼らの存在は少女の生きる世界には本来存在しないものであって、それを存在として認識する人間はあまりいない。

それでも、それは確かにそこにあって、ある瞬間には確実に人と関わり人に対して大きな意味を持つのである。

それは存在と言うよりも現象と呼ぶ方が相応しいのかもしれない。


少女に認識された死神は、少女の成長と共に人に似た形をとるようになっていた。

その死神には本来自我などなかったはずなのに、少女と関わる時、それは確かに自我を持って存在するようになっていた。


「君は僕を認識するべきではなかった。」

死神は特に感情もなしに言った。

「私はあなたの事が大好きなの。」

少女は目を輝かせる。

すると死神はとても不機嫌そうになった。

「君は間違っている。」

「どうしたらあなたに喜んでもらえるの。」

「僕の事を忘れて欲しい。」

「そんなことになったら私は死んでしまう。」

「それは違うよ。僕こそが君の死そのものなんだ。」

「よく分からない。」

「僕にはもともと形なんてなかった。"君の生"と同時に発生した、やがて訪れる"君の死"という現象そのものなんだ。何故か君はその事について親しく感じすぎて、具体的な形を与えて幻想まで視るようになってしまったようだ。」

少女は不思議そうにその死神を見つめるばかりだった。

「はっきり言うよ。僕は君達の言うところの死神だ。」

少女は特に驚いた様子もなかった。

「それでもいいの。ずっと一緒にいて欲しい。」

「ある意味それは実現するよ。だから来るべきその日まで僕の事など忘れなさい。」

「そうしなければいけないのかな。」

「そうするべきだ。」

しばらく沈黙が続き、やがて決意したように少女は言った。

「あなたがそう言うならば…。」


それが最後だった。


少女は二度と死神を見ることはなかったが、その心をどこかに失ったまま生きているような状態となった。

死神は、少女が自分の事を忘れることで自らの自我は消滅するものと思っていた。しかしその死神に与えられた自我は、屍のようになって生きる少女を見つめ続けた。


そうして訪れたその瞬間が、まさにその絵画なのだそうです。


何かの番組で観た絵画だったのだろうか。

その物語もよく覚えていた。

そんなことを考えていたら、ふと思い出した事があった。

その絵画の題名が『刹那』だった。

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