第5話

やっぱり、わたしの試験が近いみたい。

厩舎の奥の方で先生が誰かと話をしていたって、近くで聞いてたのが教えてくれた。

「次の試験に出すって言ってたよぉ。ファニーなら大丈夫だよねぇ」

練習に出る前の散歩でそう言われて、ああやっぱりなあって思った。


……と言うのも、練習が少しずつハードになってる気がするから。

一緒に練習してるブライトくんがだいぶしんどそうな顔してる。

わたしも少しきついかなって思ったりするぐらいだけど、わざと平気な顔してた。

だって、きっついとか言ったらいっぱい走らせてもらえないもの。


試験のことが気になるから、練習前に一緒に歩いてるみんなに聞いてみた。

みんなは練習前の散歩でいろんな話をしてる。

わたしはだいたい黙って歩いてるだけだったんだけど、今日は聞いてみたいなって思った。

お向かいのヤンチャさんに聞いても良かったんだけど、たぶん参考にならないと思ったから。

普段はあんまりみんなと話することないから、少しだけドキドキしてた。


「試験はいつもみたいにしてたら大丈夫だったよ。少し待たされたけどご飯のこと考えてたらあっという間にゲート開いたんだ」

こう話してくれたのは、同い年の栗毛の男の子。ついこの間試験受かったんだって。

「走るのもそんなに大変じゃなかったよ。でもお腹空いてしょうがなかったなあ。あ、そんなこと言ってたらお腹空いて来ちゃった……」

試験はお腹が空くものなのかもしれないのか……。

そんなことを考えながら、わたしはゲートへ連れて行かれた。


練習も身体のケアも終わった夜のこと。

「ファニーの試験ももうすぐだし、ボクのレースももうすぐ。こりゃあ食べなきゃだよねー」

そんなことを言いながら、ヤンチャさんが牧草の塊に食いついてる。

わたしたちの部屋の前には牧草の塊が下げられてて、おやつ代わりにいつでも食べられるようになってる。

わたしは小腹が空いたときに少しつまむぐらいなんだけど、今日のヤンチャさんは猛烈な勢いで食べてる。

それを見てたら、なんだかわたしもお腹が空いてきた。


少しはしたないと思ったけど、思い切って牧草の塊にかぶりついた。

おいしい。これならいくらでも食べられる。

そう思ったら止まらなくなった。

「いい食べっぷりだねー。たくさん食べてパワーつけなきゃだよー」

ヤンチャさんはそう言いながら、くわえた牧草を水桶につけながら食べてる。

それには目もくれず、ひたすら食べる。

だって、試験はお腹が空くんでしょ?


ある日のこと。

部屋の横で、人間の誰かがわたしの試験の話をしてるのが聞こえる。

明日が試験って聞こえた気がした。

お向かいではヤンチャさんが出かける支度をしてる。

「ボクは今日レースなんだよー。今からもうワクワクしちゃってもうね……」

そこまで言ったところで厩務員さんにこらっ!って怒られてる。

「相変わらずヤンチャはおとなしく支度できんなあ」

隣の部屋でグレイシーさんが呆れてる。

「今日のボクはひと味違うよー。ばっちりきっちり勝ってくるからねー!」

そう言いながら、ヤンチャさんは出かけて行った。


「ここのレースは今の時期、夕方から夜にやるんだよ。暗くなってからじゃないと帰って来ないよ」

グレイシーさんが教えてくれる。

「暗い中で走って怖くないの?」

聞いてみた。練習するコースは明け方でも小さな明かりしかなくて、なんだか怖い気がしたから。

「競馬場の明かりはもっとたくさんあって、昼間みたいに明るいんだよ。人間もたくさんいるから、慣れないと怖いかもね」

やっぱり怖いのかな。試験のこともあって不安になってきた。

「はは、大丈夫だよ。試験は朝だし、夜のレースもすぐに慣れる」

グレイシーさんは優しく言ってくれた。

「さて、ヤンチャの帰りを待つとするかな。あいつのことだから帰ってきたらすぐわかるよ」

そう聞こえてからしばらくしたら、グレイシーさんの部屋からは寝息が聞こえてきた。

「みんなレースになるとこうやって出かけて行くのよ。勝てばにぎやかだし、負けてくればシュンとしてるし、見ればだいたいわかるってもんさ」

奥の部屋からはそんな声も聞こえた。

「みんな頑張って走って来るんだから、帰ってきたらみんなでおかえりーって迎えてやるんさ。ファニーもそうしてやんな」

「はい、そうします」

そう答えて、わたしもヤンチャさんの帰りを待つことにした。


夜になって、厩舎の明かりも消された。

でも、ヤンチャさんは帰って来ない。

だいぶ待ってから厩務員さんと先生だけが戻ってきた。

あれ?ヤンチャさんは……?

「ヤンチャのやつ、何かやらかしたな……」

グレイシーさんが悔しそうな声を出した。奥の部屋からも「こんだけ遅いってことは、きっとなんかあったんよ」って聞こえてくる。

何かってなんだろう。

すごく不安になってきた。

「明日になればわかるだろうけど……って、明日はファニー試験だったな。朝早くにお出かけだから早く休むんだ」

グレイシーさんはそう言ってくれる。

でも……。

「試験に受からなかったらヤンチャもがっかりすると思うよ。だからまずは自分のことだ」

がっかりしようが何しようがいいけど、試験に受からないのは困る。

だから、寝ることだけを考えて横になった。

明日の試験とヤンチャさんのことは気になるけども……。

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