第4話

練習が少しずつハードになってきた気がする。

ゆっくりとハッキングしてると、身体がしんどいなあって思うときもある。

そんなときは厩務員さんがいろいろと手当てしてくれる。

いろいろとしてくれるのはありがたいんだけど、背中触るのは少しだけ勘弁してほしいかな。

だって、くすぐったいんだもの。


大きな坂道にも何度か走りに行った。

すごく楽しくてもっと走らせてほしいなあって思ってたのに、ここ最近はあんまり連れてってもらえてない。

坂道走った後は疲れちゃうからかな。

疲れてもいいからもっと走りたいのにな。


最近は同じ厩舎の男の子と一緒に練習することが多くなった。

同い年のブライトくん。なぜか先生からは「艦長」って呼ばれてる。

「艦長ってどんな意味なのかな?」って聞いたんだけど、ブライトくんも「わかんない」って。

ブライトくんと一緒に馬場に出て、ダクを踏んで、ゆっくりハッキングで走る。

そうして部屋に戻ってご飯をもらう。

そんな毎日。


ブライトくんは練習のたびに「ファニーはすごいねー」って言ってくる。

そんなすごいことしてないつもりなんだけど、何がすごいんだろう。

「いっつも頑張って走ってるしさ。ボクも頑張ってるけど追いつかないなー」

そんなことないのになぁ。

「それに、周りの馬にどけよ!って毎回言ってるしさ。ボクには出来ないなぁ」

言わなきゃどいてくれないんだからしょうがないじゃん……。

練習でも思いっきり走りたいだけなんだけどな。


部屋に戻れば厩務員さんがお世話してくれる。

やっぱり右の前脚が少し疲れた感じだなって思ってたら、厩務員さんがまた脚になにか塗ってくれた。

いつも塗ってくれるものだけど、ひんやりして気持ちいい。

気持ちがいいから、外のセンタクモノを見て落ち着く。

そんな毎日。


……なんだけど、なんだか小腹がすいてきた。

ご飯にはまだ早いし、牧草って気分でもない。

なにかないかなぁって馬房の中を見渡してたら、右の前脚に気がついた。

なんだか塗ってあるものがおいしそうに見える。

どんな味なんだろう。

気になりだしたら止まらなくなって、少しなめてみた。


「うげっ!?」

思わず声が出るくらいまずい。

口直ししなきゃ。牧草を何度も食べてみたけど、まずいのがなかなか取れなかった。

それを見たヤンチャさんが笑ってる。

「ちょっと。なに笑ってんのよ」

むっとしながら言うと、ヤンチャさんは大笑いしながらこう言った。

「あはははは……。だってそれ食べようとしたのファニーだけなんだもん」

えー。

他にもいるんじゃないの?

隣の部屋でグレイシーさんも「それは食べるもんじゃないからなあ」って言ってる。

「まあ、食べるもんじゃないってわかっただけでもいいんじゃない?」

そういうこと、なんだよね。

わたしは答えずにセンタクモノを見てた。

ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ。

自分のしたことが恥ずかしかったから。


それからしばらくして。

練習にひとりで出された。もちろん、背中に人間が乗ってるけど。

いつものようにダクを踏んだ後、背中の人間が好きに走っていいよって合図をくれた。

「あれ?ハッキングしなくていいの?」

そう聞いたんだけど、手綱はゆるゆるだし飛ばしちゃダメって抑えるのもない。

よーし、久しぶりに全力出しちゃうよ!

そう言って走り出した。


風が気持ちいい。

背中の人間のことも忘れて、思いっきり走った。

もっと走りたいなって思ったところで止められたけど、好きに走れたから大満足。

そのまま厩舎に戻って身体を洗ってもらう。


練習じゃ砂をかぶったりすることもあるんだけど全然気にならない。

走ったら汗かくし、そのままだとなんだか気持ち悪いから洗ってもらえるのはすごくありがたい。

そうして部屋に戻ると、ヤンチャさんにこんなことを聞かれた。

「ずいぶんニコニコしてるけど、なにかいいことあったー?」

やっべぇ、顔に出てた?

何もなかったフリをして、「速く走れただけ」って答えた。

すると「あー、もしかして試験近いのかもねー」って。

試験?

「レースに出るには試験に受からないとダメなんだって。ボクも試験受けたけど、大したことなかったよー」

「ゲート入るまでに大暴れしたんじゃなかったのかい?」と、グレイシーさんが笑いながら言う。

「そんなことないもん!ボク大人だから大人しくしてたもん!」

ヤンチャさん、顔を真赤にして抗議してる。

「ヤンチャの大人しいは信用なんないもんなあ。ともかく、試験はそんな難しいことないよ。それはヤンチャの言う通りなんだがね」と、グレイシーさんは言う。

「ただなぁ……」

なにかあるみたい。「ただ、なにかあるの?」

「緊張しすぎたり気分が乗らないとかで不合格になるのがたまにいるんだ。ファニーなら大丈夫だとは思うよ」

グレイシーさんは優しく言ってくれた。そうだといいんだけどなぁ。

それから、試験で何をするのかを教えてもらった。


競馬場でレースを走るのと同じように、ゲートから出て走ってくるんだって。

でも、ゲートが開くまで待たされて、その間落ち着いて待ってなきゃいけないみたい。

ゲートの練習たくさんやらされたのはこのためだったのかな。


走るのは大丈夫。

ゲートを出るのはたぶん大丈夫。

落ち着いてられるかは……、正直わかんない。

まだ行ったことない競馬場がどんなところなのかも気になるし。

でも、なんとかなる気もする。

だって練習でいっぱい走ったし、ゲートだっていっぱい練習したんだもの。

あとはいつ試験になってもいいようにしなくちゃね。

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