第3話
この厩舎に来て何日か経った。
まだ思いっきり走らせてはもらえてないけど、部屋の外のセンタクモノを見てると落ち着く。
厩舎の馬たちとも少しずつ話が出来るようになってきたし、少しはここに馴染んできたのかな。
練習が終わったある日のこと。
ご飯を食べていると、いつものように人間がわたしの脚を触ってた。
右の前脚を触ったあと、人間はなにかに気づいたような顔をした。
右の前脚、少し疲れてんのバレたかな。
そう思ってたら、人間は右の前脚に何かを塗ってくれた。
なんだかひんやりして気持ちいい。
……そうしてるうちに、左目の上辺りが少し痒くなってきた。
右の肘でこすった。
かゆいのも治まって、一安心。
そうして顔を上げたら、向かいの部屋でヤンチャさんが笑ってる。
え?
「なぁに?どうしたの?」
そう聞いてもクスクス笑うだけでなんにも言わない。
なんなのよ、もう!
そうやって怒ってたら、奥の部屋から声がした。
「ちゃんとファニーの顔になにかついてるって言わなきゃダメっしょ!」
え?顔になにかついてるの?
「左目の上になにかついてるって言おうとしたんだけど、面白すぎて……くくく」
ヤンチャさんはまだ笑ってる。しまいには後ろ向いて大笑いしだした。
「これだからヤンチャは子供なんだってばさ。ファニー大丈夫かい?」
奥の部屋からまた声がする。ありがとう、大丈夫。
「だって面白かったんだもん……」
ヤンチャさん、さんざん言われてションボリしてる。
「でも、ボクは大人だからこんなことじゃへこたれないんだ!」
あれ?立ち直るの早いんだ。
意外だなあ……。
「アレがヤンチャのいいところなんだよ。先生に怒られても厩務員さんに怒られても立ち直りが早いんだよ」
隣の部屋からグレイシーさんが教えてくれる。厩務員さんって?
「ボクらの世話をしてくれる人間のことさ。いつもボクらのことを一番に考えてくれる人たちなのに、ヤンチャはいたずらを仕掛けるんだよなぁ……」
グレイシーさんがそう言うと、奥の部屋から「だからヤンチャはまだまだ子供なんだってばさ」って追い打ちがかかった。
「こんないい大人捕まえてまだ子供ってのはないじゃんねえ?」
ヤンチャさんはそう言ってわたしに同意を求めるような顔つきになった。
「わたし、よくわからないから」
はっきり言ってしまったけど、いいよね?
そうしてるうちに厩務員さんがやってきて、わたしの顔を拭いてくれた。
今度から肘で顔をかくのはやめよう。
ある日のこと。
いつものように練習をした後で、コースの横のあるところに連れて行かれた。
そこにはゲートが置いてある。今まで練習しながら周り見てたから、そこにゲートがあるのは知ってた。
でも、出来れば近寄りたくはなかったかも。
だって、ゲートは苦手なんだもの。
嫌がってはみたけど、厩務員さんが引っ張るし背中の人間も行けってお腹に合図を送ってくる。
仕方ないなぁ……。
ゲートに入って、扉が閉められる。
途端に不安になる。
小さい頃に聞いた、ママの言葉も思い出す。
「いいかい?あんたは2番めのお兄ちゃんと一緒であたしに似たんだから、ゲートだけは気をつけるんだよ」
会ったことも見たこともない2番めの兄貴と一緒にされるのも嫌だけど、ママに似てるのもあんまり嬉しくない。
だって、ママは他の馬がなにかしてると、すごい剣幕で怒るような馬だった。
あれは横にいてもきつかったなあ……。
そんなことを思い出してると、余計にきつくなってきた。
早く出してって前がきしてみても、ゲートはすぐに開かない。
「もうイヤ!!」
こう叫んだところでゲートが開いた。
わたし、わけもわからずに飛び出した。
すこ~し、左に出ちゃった気がするけど気にしないことにした。
だって、ゲートから出たんだもの、いいじゃん。
「ゲートはなぁ。みんな怖いもんだよな。言わないだけで」
部屋に戻ってグレイシーさんに話をしたら、こんな返事が返ってきた。
「グレイシーさんでも怖いの?」
「ああ、ボクでも怖いよ。言わないだけでさ」
意外だなぁ……。
「はいはーい!ボクはゲートなんか平気だよー!」
向かいでヤンチャさんがアピールしてるけど見ないフリをする。
「ボクぐらいになると何があっても落ち着いて待てるようになるからねー」
「はいはい、ヤンチャは大人ですねー」
奥の部屋から声がする。たぶん呆れてんだろうな。
わたしもだから。
「ねえねえ兄さん、ボクはもう大人だよねー?」
ヤンチャさんはそう言いながら、やってきた厩務員さんにちょっかいを出してる。
そのうちに「こらっ!」って怒られた。
「人間はボクらの言葉がわからんからなあ。ヤンチャはそれがわからんらしい」
グレイシーさんも呆れた声でつぶやいてた。
わたしたちの声が人間に伝わるにはどうすればいいんだろう。
背中に乗ってる人間や厩務員さんには少しわかってもらえてる気がするけど、それって声を聞いてるんじゃない。
わたしたちの仕草でそうなんだろうなって思ってしてくれるだけ。
直接お話出来たら、ゲートだってもっとうまくやれそうなのになぁ。
そんなことを考えてたら、いつの間にか眠ってしまった。
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