第2話

ここに来てはじめての夜。

少し疲れてたのもあって、ぐっすり眠った。

お向かいからずーっとガサゴソと音がしてたけど、気にしないことにした。

気にしたら、きっと眠れなくなりそうだったから。


次の日、というかまだ真っ暗な夜中のうちから人間たちがやってきた。

途端に厩舎のあちこちから「今日も頑張るかぁ」とか、「だるいなぁ」って声がする。

声の主は人間じゃなくて、ここの馬たち。どうやら、こんな暗いうちから練習するみたい。

練習に出る馬は人間に曳かれて、わたしの部屋の前を通り過ぎる。

お向かいのヤンチャさんのところにも人間が来たんだけど……。


「やだ!出たくない!ボクまだ眠いんだもん!!」

ヤンチャさんはこう言って部屋から出ようとしない。

もうひとり人間がやってきて、ヤンチャさんの背中に乗っても出ようとしない。

そうこうしてるうちに先生も長いステッキを持ってやってきた。

先生にお尻をステッキで叩かれて、「しょうがないなぁ……」とボヤキながら。

ようやくヤンチャさんは出ていった。

「あいつはいつもああなんだよ。まだまだ子供なんだろうねぇ」

隣の部屋から、グレイシーさんの声がする。

「もっとも、あれで成績は悪くないらしいからねえ。もう少し真面目になればもっと勝てるんだろうけどもね」

へぇ、あれで成績いいんだ。

少し意外な感じがした。

「こっちもお迎えだ。ヤンチャに負けてらんないなぁ」

そう言って、グレイシーさんも出ていった。


お日さまが登った頃になって、わたしのところにも人間が来た。

バンテージや鞍をつけてもらって、頭絡をつけるとやる気が出てくる。

思いっきり走りたい。そんな気分。


厩舎のすぐそばに大きな木がある。

そこの周りを人間に曳かれてゆっくり歩く。

他の馬もいて、みんなで歩いてるとだんだんやる気が高まってくる。

早くコースに連れてってほしいんだけどな。

人間はそこら辺をわかってくれてるのかな。


背中に人間が乗って、やっとコースに出してくれた。

さあ、思いっきり走るよ!

……って思ってたら、ずっとダクばっかり。

ちょっと、もっと走らせろよ!って言ってもわかってもらえない。

で顔を上げて走る!!って仕草したんだけど、止められた。

仕方ないなぁ……。


ハッキングに入ると、少しだけペースを上げさせてもらえる。

キャンターまで行きたいのに、そこはダメだって手綱を引かれる。

なんでー。ケチ。

文句を言うけど、人間には聞こえない。


コースの周りにはいろんなものが見える。

小鳥が木に止まってたり、猫がいたり。

そういうのを見ながら走ってたら怒られた。

少しぐらいよそ見しててもいいじゃん……。


練習が終わって部屋に戻ってからもブツブツ言ってたら、ヤンチャさんに言われた。

「それはファニーが悪いよー。コース出たらきちんと前見て走らなきゃだよー」

えー、だって色々珍しいし……。

「そんなことしてたら勝てないよー。ボクみたいにしっかり前だけ見て走らなきゃ」

「おやおや、出たくないって大騒ぎする馬の発言とは思えないねぇ」

グレイシーさんが笑いながら言う。

「出たら本気出すんだから!ボクは切り替え出来てるからいいのー!」

ヤンチャさん、顔を真赤にして怒ってる。

でもグレイシーさんは「はいはい、そういうことにしとこうね」って。

奥の部屋からも「ヤンチャはもっと大人になんなきゃダメっしょ」って声もする。

「もー、ボクは立派な大人なのになー」と言いながら、ヤンチャさんは青草を頬張ってる。

「大人は人間にちょっかいかけて遊ばないもんだぞ」と、グレイシーさんが追い打ちをかけてる。

そんな賑やかな厩舎だけど、わたしたち馬の声は人間に聞こえないから。

きっと、人間から見たらみんな静かにしてるんだろうなって思ってるんだろうな。


そんなことを考えてたら、ご飯がやってきた。

ここのご飯は甘くておいしい。少し茎が多くて食べにくいけど。

だからゆっくり食べる。

食べてると人間がやってきて、わたしの脚を触っていく。

こうして脚にケガしてないか見てるんだって、育成牧場で教わった。

だからご飯に集中してるフリして、人間の邪魔をしないようにする。

そうしてるうちに人間はどっか行っちゃう。

もしわたしに何かあれば、人間はきっとまたやってきて手当してくれる。

育成牧場でもそんな馬いたから。


ご飯が終わってみんなのんびりしてる頃、わたしはヤンチャさんに聞いてみた。

「あの、わたしと同い年の馬ってここにいる?」

ヤンチャさんは少し考えて、「多分いると思うよー。そのうち一緒に練習するんじゃない?」と教えてくれた。

「ボクも最初は同い年の馬と一緒に練習してたからねー。ここじゃないけど」

え?

「ここじゃないって、どこ?」

「ボクは中央競馬から来たんだよー。でも、こっちの方がボクに合ってるみたいだから引っ越して良かったよー」

そうなんだ。

育成牧場からも中央に行くって馬が何頭かいたなぁ。

あの仔たちはあんな騒がしくて、今頃どうしてるやら。

そんなことをふっと思った。


「そうそう、窓の向こうに何かあるの。あれってなに?」

ついでにまた聞いてみた。

「あれはボクたちの身体を拭いたりするもので、洗って乾かしてるんだってさー。センタクモノって先生たち言ってた気がするー」

ヤンチャさんは青草を水につけてモシャモシャやりながら答えてくれた。

センタクモノかぁ。

なんだかヒラヒラしてて、見てて楽しい。

夕方になれば人間が持ってっちゃうけど、それまではあれを見てたら面白いかもしれない。

暇の潰し方をひとつ見つけて、わたしは一人で喜んでた。


わたしたちの声が人間に聞こえたらどうなるんだろう。

きっと、もっとご飯がおいしくなったり、練習も走らせてくれるのかもしれない。

そうなったらいいんだけどなぁ……。

そんなことを考えてるうちに、眠ってしまった。

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