第5話

 まず仕事は書類処理から始まった。

 まだ来て間もないヴォガルドを、本当の仕事を任せる前に、ここに慣れてもらおうというわけだ。

 ヴォガルドの見た目からしてそうは見えないのに書類相手を難なくこなしている。

「ヴォガルドさん、もしかしてここに来る前にこんな仕事してましたか?」

「いや、まったく。」

 他の者よりも手馴れた素早さを見せるペン。

 何度見ても間違いのない内容。

 書類処理といってもただまとめるだけ。

 大量の情報を一枚にまとめるだけの作業を『書類処理』に含めている。

「凄いですね!もう終わりましたよ!」

「他に無いのか?」

「まだやりたいんですか?」

「仕事ならなんでもいい。」

 器用にペンを片手で回す。

 鋭い黒い爪があっても、それが邪魔になることはないようだ。

「そんなにしたけりゃこれをやるよ。」

 ヴォガルドの目の前に紙の山がドンと置かれる。

 その量に驚くレイとは違い、目を輝かせて尻尾を振った。

「そうこなくてはな。」

 ペン回しをやめて横に山をずらすと、さっさと取り掛かり始めた。

 その反応に舌打ちする男に、レイは不快感を感じずにはいられなかった。

 どうして、こうも嫌がらせをするのだろうか。

 まぁ、結果的にはヴォガルドには嫌がらせになっていなかったが。

 仕事が終わり、解散し普通皆は食堂に行くか風呂場に行く。

 が、ヴォガルドだけは正反対の方向…そう、自室へ歩いて行く。

 そういった日々が過ぎていった。


「レイ、ヴォガルドに何かあったのか?」

 食堂の料理長であるレーベルにそう聞かれて悲しそうな顔を浮かべたレイに、同僚達が首を傾げた。

「何かされたのか?」

 そう同僚が声をかけると、唇をキュッと噛んだ。

「違う。お前らはさっさと行け。」

 そうレーベルに促されて同僚達は散っていった。

 同僚達が居なくなってから、レイはやっと口を開いた。

「ヴォガルドさん…、皆に食堂や風呂場に行くなって言われて…。それで…。」

「食堂にも来ないのか。」

「はい…。」

 本当は、皆と仲良くして欲しい。

 それがレイの願いだった。

 ヴォガルドは気にしないという顔をしているけれど、実は傷付いているんじゃないかと、レイは思っている。

「ヴォガルドに、料理を持って行ってやるか…。」

 レイの頭を撫でてやってから、背中を押した。

 レイは悲しそうな表情のまま、食堂を出ていった。

 そしてレーベルはヴォガルドの部屋のドアにノックをする。

 するとドアはすぐに開いた。

「どうかしたか?」

「俺は食堂の料理長、レーベルだ。お前が食堂に来ないんで、料理を持ってきた。」

 差し出すと驚いた顔をしながら、受け取る。

 覗いて見ると、ヴォガルドの部屋にはベッドどころか毛布も置かれていない。

 何も無いのだ。

「何処で…寝たり食ったりしてるんだ?」

「床で寝てる。ここに来てから、何も食ってないが…ダメなのか?」

 耳をしゅんとさせて、首を傾げた。

 その申し訳なさそうな様子に、溜め息が出る。

 溜め息にヴォガルドは顔を伏せた。

「申し訳ない…。迷惑をかける気は無いんだ。」

 その料理を受け取った手が震えて、おぼんいのった皿が僅かに音を出す。

「気にするな!食堂に来い!!迷惑じゃねぇ!レイも俺も、お前が心配なだけだ!」

 何も食べてない、ということが一番悲しかった。

 誰かを気にして何も口にして来ないで、仕事をやっているなどあってはならない。

 レーベルにとって、食堂では皆が楽しく食事出来る場であって欲しい。

 ここでは、食堂でしか食べ物を調達することは出来ない。

 一歩も食堂に訪れていないのなら、つまりは本当に何も食べていないということ、それはヴォガルドの言っていることは真実。

 許さない。

「いや、遠慮しておこう。食事を邪魔するだろう。」

「良いから来い!もし来なかったら迎えに行ってでも食堂に来てもらう!お前だけが行けず皆が行ける場所なんて無いんだ!!」

 レーベルにそう力強く言われて、ヴォガルドは取り敢えず勢いに押されて頷いた。

 ヴォガルドからしたら、正直のところ仕事さえ出来れば倒れるまで何も食べられなくてもいい。

 来るなと言われれば行かない。

 それだけだ。

 レーベルが去った後、料理を食べながら悩む。

 行く気になれない。

 この食器を結局は返しに行くんだ。

 行かなければ。

 返す為に行き、返したら帰ろう。

 料理の味のさえ気を回すことも出来ないまま、食べ終わると部屋の隅に尻尾を抱えて眠りについた。

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