第4話
獣人は人より背丈が高く、体格もガッシリしていて、筋肉もある。
人混みでは目立ってしまうが、仕方が無い。
「すみません、お客様。獣人の方はこの列車に乗ることは出来ません…。」
そう止められて、どうしたものかと振り返ったが獣人は顎に手を添え、少々考えた後、笑んだ。
「この列車が次の駅に着くのにどの程度かかる?」
「え!?あ、30分ですね…。」
「そうか、ならば問題無い。追い付ける…いや、先に俺様の方が着くだろうな。」
その言葉に、聞いていた周囲の者は皆驚いた。
まさか、列車に乗らずと走るつもりか!?
「目的の駅は何処だ?」
「ドンラスイアよ。」
「ならば、その駅周辺で落ち合おう。」
そう答えて俺達の背中を押して列車に入れておいて、手をヒラリと獣人が振ったところで列車のドアは閉まった。
信じてみるしかない。
あの様子だと本気っぽい。
席に座って窓から外を眺めていると、走るこの列車の横、窓の外を本当に走る獣人がいた。
それもかなり速い。
四足歩行、だ。
あっという間に列車を追い抜いて先へと向かい、やがてこの窓からでは見ることが出来なくなった。
「おいおい……いくら獣人でも……。」
「凄いね……。」
もう、驚きしかない。
駅に到着し、駅から出ると一目でわかった。
やっぱり、目立つ。
「遅かったな。と、言っても列車が遅いだけの話か。」
「いや…お前が速いんだろ…。」
「ん?何か言ったか?」
「ナンデモナイ。」
駅から歩いて15分、俺達の我が家であり仕事場でもある建物に着く。
門で獣人はそれを見上げながら、尻尾を振った。
「ふむ、此処か。懐かしい気もする。」
「以前、此処に?」
「いや、記憶に無い。」
見下ろしてそう返答する。
前世、が懐かしがってんのかもな。
それは黙っておいて一緒に門を通った。
入口には上司が待っていた。
「おぉ!案外速いな!一週間はかかると思ってたぞ!」
「どんだけ俺ら信用ないんすか!?」
「私は別でしょ。あなたよ。」
「酷っ!?」
獣人はクンクンと匂いを嗅ぎ、周囲をキョロキョロと見ている。
警戒心はなさそうだ。
「獣人君、名前を教えて貰えるかい?」
「ジャガランディ・ヴォガルド。」
「ジャガランディといえば、絶滅した種だったはず。」
「そうだろうな。『滅ぼされた血』だと有名だったか。」
上司は難しい顔をする。
自分で連れてこいって言ったくせに、この獣人のことは詳しくないらしい。
それに、(略して)『滅血』ならちょっと面倒なんじゃないか?
「それについて、何か思うことがあるか?その…我ら人間に…。」
「そうだな、まずは…。」
その切り出しに、唾を飲み込む。
やはり、恨むが混ざっているのか。
「いちいちそんなくだらない話を気にするほど俺様は面倒な性格をしていない、ということだ。」
それに驚いて目を見開く。
『くだらない』で済まされるレベルの話では無い。
だからこそ聞いたというのに。
滅ぼされていった獣人の血のそれぞれを持つ者は皆、口を揃えて人間を憎み、恨む。
一部の獣人は過去の事だと、仕方が無いのだと許しを表しながらも、心のどこかで人間に対する恐怖すらあるのに。
協力体勢を取る今も、まだ。
「次に、俺様はその被害をくらった覚えはない。だから、先祖の恨み憎しみを俺様は抱えない。」
胸に片手を当ててそう言う。
その口調には負の感情も何も無かった。
本当に、偽りなくそう思い、言っているようにしか聞こえない。
そしてその片手を前へ差し出す。
「最後に、他の獣人がどうだか知らないが、俺様にはそんな心配をしなくていい。」
『心配するな』と『これから宜しく』という意味が重なったような握手を求める手だった。
上司は安堵した表情でその手をしっかりと握った。
「ようこそ、ありがとうな。」
上司の言葉に尻尾を一振りして、頷いた。
中へ案内される獣人の姿を見た同僚達は驚きに目を見開く。
そして、警戒心を浮かべた。
獣人がこの組織に入るのは初めてのことだからだ。
「すまない。彼らは、」
「悪気のある警戒心は無い。仕方の無い反応だ。仕事に支障が無ければ俺様はどう思われても構わない。」
「そ、そうか……。」
流石、滅血を『くだらない』と言っただけはある。
心得ている、という平気な顔だ。
食堂、風呂場、などを案内した後に最後にはヴォガルドの部屋だといって与えた。
ヴォガルドは部屋を見て尻尾を振った。
「好きに使ってくれ。後でまた会おう。」
上司がそう立ち去ろうとすると、ヴォガルドは一礼した。
人間でもそういったことを滅多にしないというのに、と上司は気分が良かった。
早速ヴォガルドは荷物を部屋の隅に置いて、その荷物の横に腰を降ろした。
別にこれといって置く物も無い今はただ広いだけの部屋。
置くとしたら本棚と机くらいか。
クローゼットは既にこの部屋に置かれている。
ベッドは必要無いだろうから、あとは必要になってからでいいだろう、と考える。
ノックが聞こえ、ガチャりとドアが開く。
「あれ?ヴォガルドさんがいない…?」
「どうかしたか?」
「ぅわっ!?なんでそんな隅っこに!?」
「驚かす気は無かった。申し訳ない。」
耳をしゅんとさせて謝るヴォガルドにもう一つ驚いてから、笑った。
怖いものだと身構えていたのだが、そうでもないことに安堵する。
「そんな隅っこに居なくても。」
「そうだな。驚かさないように、次は奥の隅に居るとしよう。」
「隅っこじゃないと駄目なんですか?」
クスクスと笑われて首を傾げながら、ヴォガルドは立ち上がった。
探されたということ、その前にこの部屋に訪れたということは何か用があるのだろう。
「私、ヴォガルドさんとペアになったので、これからよろしくお願いしますね!」
「宜しく頼む。ペアとはなんだ?」
ヴォガルドがまだ仕事についてなどを知らないことを知って、張り切って教えた。
それらに頷きながら理解を示し、話は滑らかに済んだ。
「あ、名前!忘れてました!私は、レイといいます!」
「俺様のことは、さん付けしなくていいぞ。」
「え?ヴォガルドさんって何歳です?」
「23歳だ。」
「私より歳上ですから!さん付けします!ちなみに私は21ですよ。」
2歳差、となれば近いわけでさん付けされるほど偉くもない、と言いたいがヴォガルドはもう言わない。
言ってもさん付けするのだろうから。
「ヴォガルドさんの尻尾ってふさふさですね!」
「あぁ、まぁ、そうだな。どうした?」
「触ってもいいですか?」
興味津々な目に首をまた傾げる。
「構わない。」
嬉しそうに尻尾を両手で掴んで、笑んでいるレイを見下ろす。
尻尾を抱き締め、喜んでいるのを見ていると、ノックがした。
振り返ると男が二人立っていた。
「うわ、マジだ。マジで獣人だ。」
「これがジャガランディか。」
そう呟く声が耳に入る。
人間より耳が利くせいだ。
「どうかしたか?」
そう声をかければビクリと肩を跳ねさせた。
「お、お前、風呂場とか食堂は使うなよ!毛が落ちたら困るからな!」
そう叫ばれて怒るどころかヴォガルドは頷いた。
「そうだな。了解した。」
それに驚いてレイが立ち上がって二人を睨み付けた。
「どうしてそんなこと言うんですか!!ヴォガルドさんも仲間です!!毛くらい掃除すればいいんです!!」
そんなレイにキッと二人も顔をしかめる。
「いいんだ、レイ。食事くらい、自室で食べればいい。無理なら極力食べる回数を減らせばいいだろう。」
「そんな…。」
ヴォガルドは悲しそうな表情を浮かべるレイに優しく笑みを浮かべて宥めるようにそう言った。
それに舌打ちをして二人は去った。
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