不安、孤独、夜明け
「……イエイヌちゃん、眠った?」
「みたい、かな。はぁー、ビックリした」
「それはこっちの台詞よ。なんだか様子が変だから触れてみたら、寒くもないのにとんでもなく震えてるし、触れられてるのにも声にも気付かないんだもの。……教えなさいアムールトラ、この子……何があったの?」
タカの質問は当然なんだけど、正直あたしも分かってないんだよなぁ。とにかくイエイヌから聞いた事を、なるべく話漏らさないように伝えていく。けどまさか、夜で暗くなったらあの暗いとこに居たのを思い出してこんな風になっちゃうなんて……。
「なるほどね……とりあえず、一個だけ怒るわよ。アムールトラ、あんた無理矢理過ぎ。この子がどれだけ心に傷があるかとか、考えてなかったでしょ」
「うっ……」
「昼間は勢いとあんたの楽し気な感じで意識しなくて済んでたから落ち着いて見えたけど、暗くなってそのずっと居たっていう暗いところの事を思い出したのね。それも、貯め込んでいた嫌な気持ちも一緒に」
タカの言う事が胸にグッサグサ刺さって来る。イエイヌがどれだけ歯を食いしばってシイクインとの約束を守ってたか、それをあたしは考え無さ過ぎだった。約束を守るって事で耐えてたあれこれの支えが無くなったら、一気に崩れるのは当たり前だ。今回はなんとかギリギリで支えられたみたいだけど……。
「……連れ出さない方が、良かったのかな」
「あんた、もう一回怒られたいの?」
「はぇ?」
「連れ出さなくても、イエイヌちゃんはそう遠く無く壊れてたわよ、この調子ならね。仮に壊れなくても、自分だけでその暗い所から飛び出してた。多分戦えないイエイヌちゃんのその後は?」
「セルリアンにぱっくり?」
「でしょうね。だから、連れ出す事自体は間違ってなかったと思うわ。けどもう少し時間を掛けて、イエイヌちゃんの心の準備が出来てから連れ出せば良かったでしょうね」
「あぅー……け、けどさ? あの時はそんな余裕無かったんだって」
「何してたのよ?」
「セルリアンと追いかけっこ」
何やってんのよってタカに呆れられた。いやまぁご尤も。
「まぁとにかく、こんな不安定な状態で旅に出る事になっちゃったんだから、あんた責任持ってイエイヌちゃんの支えがしっかりするまで傍に居てあげなさいよ」
「もっちろん。……こんな眠りながら泣いちゃう子を見捨てる薄情者になるつもりは最初から無いって」
閉じた目から少し滲んでる涙を拭ってあげて、あたしにもたれ掛かってるイエイヌを起こさないように、身を寄せて一緒に横になる。……ずっと、独りで頑張ってたんだね、イエイヌ。
そのイエイヌを挟むようにして、背中側からタカも横になってイエイヌをそっと撫でてる。寝息は、落ち着いてるみたいね。
「ま、あんただけに任せちゃうのも心配だから、ラボだっけ? そこ行った後もしばらくは付き合ってあげるわ」
「へへっ、あんがと、タカ」
「私が好きでやるだけよ」
そう言って、タカも目を閉じたみたい。あたしもそろそろ寝よっかな。
「……お休み、イエイヌ」
「……私には言わないの?」
「起きてたんかい。全く、タカもお休み」
「ふふっ、はい、お休み」
今度こそ眠ったらしいタカに続いて、一度イエイヌの頭を撫でてあたしも目を閉じた。そう言えば、あたしもこうして誰かと一緒に寝るの久々だなぁ。イエイヌが温かくて気持ち良い……。直前まであんなに震えてたイエイヌにはちょっと申し訳無いけど、今日は少し気持ち良く寝られそうだわ……。
――――イエイヌ、アムールトラ、タカノ就寝ヲ確認。イエイヌハ精神的二一時的二不安定二ナッタケド、アムールトラトタカノオ陰デ落チ着イタミタイダネ。ヨカッタ……。周囲警戒モードニ移行。夜ガ明ケル前ニ、朝ゴハン、用意シテオコウカナ。
うーん……ん? なんだか胸の辺りに違和感が? って、なんだイエイヌか。あたしの毛皮をキュッて掴んで眠ってる。
「そんなに掴んでなくても、何処にも行ったりしないよー……」
タカはタカでイエイヌの上に腕回してくっ付いて寝てるし、遠目に見たら昨日知り合ったり再会したメンツになんて見えないだろうね。案外あたし達、上手くやってけそうかもね。
とは言え、イエイヌは凄く深く心に傷があるみたいだし、ちゃんとあたしが支えてあげられるかな? ま、それは流石にタカに要相談かな。本当、昨日偶然再会出来て助かったわ。昨日の夜のもあたしだけでどうにか出来たか怪しいし。
「……無理矢理連れて来ちゃったようなものだし、あたしがしっかりしないとねー」
「今はあたし達が、でしょ?」
「なんだ起きたの? おはよっ、タカ」
「セルリアンが居るかもしれないのに、そんなに悠長に寝てられないでしょ」
「その割には、イエイヌにくっ付いて気持ち良さそうに寝てたみたいだけど?」
「……だってイエイヌちゃん、モフモフで温かくて心地良かったんだもの」
まぁ、このイエイヌの毛皮の触り心地と温かさは癖になるかもしれない。あたしの毛、こんなにふわっとはしないもんなぁ。結構硬めというか、丈夫なのは間違いないけどさ。
「うっ、んん……?」
「っと、起こしちゃったかな?」
「これは、私も悪いわね」
起きたイエイヌは、少し寝惚けた目であたしの顔を見てる。まだ自分が何処で寝てたか分かってないかな? と思ったら目がしっかり開いて、顔が青ざめていく。あー、これはあれだ。イエイヌ、昨日の夜の事覚えてるね。
「うぁ、あ、あの……私……」
うーん、声を掛けるにしてもイエイヌ、怯えちゃってるわねこれ。そうだなぁ……よし、こうしようか。
「よっと。イエイヌ、あたしの顔見て?」
「で、でも……」
「別に怒ったり食べたりしないからさ。ほーら」
体を起こして、ついでにイエイヌの体も起こさせてもらう。俯いてるけど……あ、恐る恐るって感じでこっち見てくれた。
「にへへ、おはよ」
「……ぇ、え?」
「だーい丈夫大丈夫。あたしもタカも、イエイヌの事を変なフレンズだーなんて思ってないから」
「けど、私昨日の夜変になっちゃったし、アムールさんやタカさんが居るのに寂しくなったり、怖がったり……」
塞ぎ込んだようになってるイエイヌの肩を抱き寄せる。シイクインさんじゃないけど、今はあたしやタカが傍に居る。イエイヌを独りになんてしないって、少しでも伝わるように。
「……あたしも謝らないとだね。無理矢理イエイヌの凄く大事にしてる約束、破らせちゃって……ごめんね」
「あ……」
「代わりって言うのもあれだけど……イエイヌが夜の暗闇に迷わないように、あたし、必ず傍に居てあげる。あたしとイエイヌの約束。ね?」
「アムールさん……ありがとう……」
「お見事、ってところかしら。で、私はいつまで朝から抱き合ってる二匹を見てればいいのかしら?」
「なんだいタカ? 妬いてるのー?」
「またチョップ脳天に打ち下ろしてあげましょうか?」
おぉ怖い怖い。さって、イエイヌも立ち直ってくれたみたいだし、そろそろ動き出しますか。って、あら? なんかイエイヌからも抱き返されてたわ。見てみると、赤くなって俯いてました。あぁ、タカに指摘されて恥ずかしかったのね。こういうとこが可愛いよねー。
とりあえず自分が立つのと同時にイエイヌも立たせて、と。木陰から出ると、空は雲一つ無い快晴。今日も旅日和だねー。
と、空を見ながら伸びしてたら、ちょっと後ろからお腹の鳴る音が二つ。いや、二匹して恥ずかしがられても、あたしはどう反応すればよろしいか?
「いやー、お腹空いたって二匹して自己主張されても、今食べ物なんて無いからね?」
「わ、わぅぅ……」
「し、仕方ないでしょ、昨日の昼から何も食べてないんだから」
そう言えばあたしも、と言うかあたしもイエイヌもか。ツメショってとこでジャパリまん食べてからなーんにも食べてないね。いや、そもそも食べ物ありそうなとこ歩いてないから当然だけど。
「んー……ん? なんだこれ、ジャパリまん?」
「え?」
「いやいやまさか……って、本当ね」
しかも三つ。どう考えてもおかしい。こんな道端にジャパリまんがあるのもだし、丁度今の頭数分あるのもおかしい。……誰かが、ここに置いた?
少し嗅いでみたけど、間違い無くジャパリまんだわ。しかも傷んでる様子も無い。でも大事を取って一口齧ってみる。……あ、大丈夫だわ。
「うん、食べても大丈夫そうだわ。はい」
「はいって……え、食べるの?」
「食べないの?」
タカは用心深く探ってるけど、お腹は正直なもので目の前のジャパリまんへの催促入りました。観念して食べ始めたわ。
その様子をイエイヌと見てて、お互いに笑い合ってからあたし達も口に運んだ。んー……ひょっとして昨日の夜あたし達の様子探ってた誰かが置いて行った? フレンズなら多分そんな事する前に話し掛けてくるし、セルリアンなら論外。となると可能性は……ラッキービースト? いやまぁパーク内のあちこちにジャパリまん用意してるのはラッキーだからそれが一番合ってそうだけど、なんであたし達の傍に置いてくれたんだろ? うーん?
流石に考えても分からないや。とにかく今は感謝して、美味しく頂いちゃおっと。
「よっしごちそうさま!」
「ご馳走様でした」
「ん? 二匹とも急に何言ってるのよ?」
「へへー、イエイヌから教わった何か食べた後に言う挨拶! ねー」
「へぇ、そんなのあるの。けどそれ、どういう意味?」
「あ、えっとですね」
イエイヌがごちそうさまについてタカに教えてる。……あんまり疑問に思わなかったけど、こういうのスイスイ教えれるイエイヌって何者? ただのフレンズにしてはすんごい物知りだし、それにしてはセルリアンとかの事は知らなかったし……。イエイヌが探してるシイクインとかヒトって言うフレンズに教わったって言ってたけど、そのフレンズもイエイヌみたいに賢いフレンズなのかな?
んんー……ま、考えてもどうしようもないか。イエイヌと一緒に探してればその内会えるだろうし、その時に色々聞いてみよっか。
タカもイエイヌの説明で納得したのか、ごちそうさまって言ってる。なんか言うとしっかり食べましたって感じがして良いんだよね。
さて……お腹に物も入って元気の補給完了! タカもイエイヌも大丈夫そうだし、今日の予定を決めちゃいますか。
「それでイエイヌ、ラボって今日もう着けそう? あたし、イマイチあのチズって奴見てもよく分かんなかったんだよね」
「えっと……詰所から方向は大体合わせて出て来て、途中のサービススペースがまだ見えて来てないって事は多分この辺りだから……うーん、今日中に着くのは少し難しいかもしれません」
「って、イエイヌちゃんの見てるのは何?」
あー、あたしがチズ見せてもらった時と同じ反応だわあれ。これは説明しながらになりそうだから、着くのは少し難しいから大分難しいに変わりそうだわね。
ま、別に焦る事は無いんだし、ゆっくり行こうか。ただ、足は動かさないとね。
「ほらタカー。イエイヌにチズの事教えてもらうのはいいけど、そろそろ歩き出すよー」
「へぇーパークの中にある場所がそれで分かるの。って、あぁちょっと待ちなさいよ! 今良いところなのに!」
「あはは、歩きながらでも説明するから大丈夫ですよ。アムールさん、お待たせしました」
「だいじょぶだいじょぶ。よーし、今日も元気出してこー!」
歩く速さを合わせて、三匹で並んで歩いて行く。そうすれば……きっとずっと、独りで旅をするよりも楽しい。
まだどうなるか分からない事も確かにあるけど、それだけは絶対の絶対だ。だからまずは、この楽しいをしっかり守っていかないとね。よーし、頑張ろ!
んで、何にハマったのかタカは熱心にイエイヌにチズの事を聞いてる。いやまぁ何処に何があるって分かるのは凄いと思うけど、イエイヌが言う字って言う模様と丸とか四角が描かれてるだけの物を見てもタカも分からないと思うんだけどな?
「ねぇタカ? そのチズ、分かるの?」
「……正直、イエイヌちゃんが言う文字って言うのが分からないとこの地図は分からないわ」
「この地図は特に飼育員、パークのフレンズさんの所や各所の施設に向かう事の多い人用の物だから、書かれてる事も多いんで難しいかもです」
出た、シイクイン。話し方から言って、間違い無くイエイヌの今の物知りはそのシイクインから教わったからっぽいよね。そんな凄いフレンズが居たとして、あたしが忘れるような事無い筈だよなー。やっぱり会った事無いんだろうな。
ま、今は見ただけで私達がよく分からない物の事も分かるイエイヌが居るんだし、そっち方面の事は頼りにさせてもらおっと。ひょっとしたら、今までに行った事のある所でもイエイヌが見たら凄い物が残ってたって事もあるかもだしね。
「文字か……その模様がそうで意味のある事だとしたら、あちこちで見掛けた事があるのだけどね。あ、ほら、あそこにも」
「ん? あ、あれは……」
小走りになったイエイヌに続いて軽く走る。あぁ、あれ結構色んなところにあるよく分かんない板だ。確かに今見れば、イエイヌが言う文字って模様が描いてあるわ。
「うん、サービススペースへの案内板だ。ここから5キロだから、まだ結構歩かないとならないかな?」
「うん? どゆ事?」
「えっと、これはラボに行く途中にあるサービススペースってところはこっちだよって教えてくれてるんです。……真っ直ぐ歩いてたつもりだけど、大分こっちに流れて来ちゃってたんだ」
「……本当、それだけでよく分かるわね、イエイヌちゃん」
「あ、あははは……と、とにかく道案内は任せて下さい。目印さえあれば、地図と照らし合わせて目的の所は分かるんで」
「はぇー、イエイヌってすっごい」
「なら目印を見つけるのは私の仕事ね。鷹の目の力、見せてあげるわ」
……あれこれ、あたしだけ役に立ってなくない? ま、不味い、あたしが居る意味が無い気がしてきた。な、なんか無いかな?
「……アムールトラ? あんたは変にそわそわしてないで周りに何か居ないか気配でも探ってなさい。そういうのはあんたの得意分野でしょ」
「タカさんが目印を探して、私がそれを見て案内して、アムールさんが周りに気を付けてくれる。ふふっ、バッチリですね」
はい、あたしがなんか無いかって悩んでたの一瞬で解決しました。タカもイエイヌも頭良過ぎでしょ……。けど、あたしがイエイヌに言ったんだっけな、フレンズによって得意な事は違うって。ははっ、今は一匹じゃないんだから、出来る事をそれぞれで助け合えるんだもんね。
「……へへっ、よーし! なんか楽しくなってきた! 元気出していこー!」
「わふっ!?」
「ととっ!? 何よ、いきなり肩なんか組んできて」
「いーじゃんいーじゃん仲良く行こうよー」
久々の一匹じゃない、仲間が居る旅。楽しまなきゃ絶対に損だもんね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます