第二章⑧

 一方食卓に残された比呂巳と雫であるが……。


 媚薬に頬を緩ませた比呂巳とニコニコと何にもないのに嬉しそうな雫の間には奇妙な沈黙が発生していた。


「……あ、あのさ。聞いていいかな?」


比呂巳は雫に絡むように顔を近づける。雫は嬉しそうに「はい。何ですか?」と頷く。


「……雫は兄貴とどういう関係なの?」


 比呂巳の顔つきは神妙である。


性別は男のくせに乙女心を持ち、男女の機微に聡い雫は、


「あら、嫉妬ですか?」と嬉しそうである。


「そ、そんなんじゃないけど……」


 比呂巳はおしっこを我慢しているようにもじもじと俯いている。「兄貴の周りに女の子なんていたことなかったからさ」


「……私と純殿はやんごとない関係ですわ」


「や、やっぱり」


「いえ、おそらく比呂巳お姉さまが思っている風な関係ではなくて、なんというか、」


「なんというか?」


「やんごとないんです」


「結局やんごとないのかよっ!」


「でも比呂巳さんには純殿よりお似合いの方がいると思いますわ。すぐ近くに」


「え?」


「私じゃありませんよ」


「ビックリした。雫、レズなのかと思った」


「私のことが好きだからってレズってことにはならないと思いますけど。あれ? でも女の容姿をしていて好きになったらそれはレズなんでしょうか? 自分の身のことながら分かりづらいですわね」


「?」


「いえ、こっちの話ですわ。それより比呂巳お姉さまは女の子同士の恋愛をどう思いますか?」


「え? ……やっぱり雫は私のこと好きなの?」


「違いますわ。比呂巳お姉さまのことは好きです。だからといって比呂巳お姉さまとあんなことやこんなことしたいとは思いませんわ。やって出来ないことはありませんが」


「……やっぱり私のこと好きなんでしょ」


「そういうことではなくて」


「仕方ないなあ。ほっぺにキスくらいならしてあげてもいいよ。私、結構学校の女の子にもラブレター貰ったりしてるんだ。なんてたってリベラルな思想の持ち主だからね」


 そう言って比呂巳は雫の雪のように透き通った白い頬にキスをした。


「だから違いますっ」


そうはいいながらも、小さな温かみをその唇からしっかりと受け取って、雫は素の微笑みを比呂巳に見せてしまっていた。


「やっぱりレズなんじゃん」


「……」


「ねぇ、今日は泊まって行くの?」


「いいえ。門限がありますので」


「残念。女の子の抱き枕が欲しかったんだけどなあ」


「弥恵お姉さまがいるじゃありませんか?」


「……最近、抱かせてくれないんだ」


「どうしてですか?」


 そう雫が聞いたところで弥恵と純が戻ってきた。


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