第二章④

 純が洗面台で牛乳によってクリーミーに仕上がった頭を洗い、匂わないかなあと不安になりながらリビングに戻ると弥恵はチャベスをがしっと捕まえ、その困り果てた顔に向けて「大好きだよ、比呂巳」「愛しているよ、比呂巳」「比呂巳の前髪に触れてもいいかい?」と宝塚の男役を模したような低い声で告白の練習をしていた。


「なるほど弥恵は攻めか」と純は理解した。「なるほどさもありなん」


 純は最初の内は傍らでそれを微笑ましく眺めていたが、次第に弥恵の言動はエスカレートしていき、電波に乗せてお届けできないNGワードも飛び出すようになってきた。タウリンの効果か、緊張の仕業か分からないが、弥恵の白目の部分は目蓋をそっと塞いでしまいたくなるほどに充血している。


「一体いつどこでそんな下品かつ卑猥な言葉を操れるようになってしまったんだ」と純は妹の不健全な成長に思わず苦悶の表情を浮かべるしかない。


「弥恵、そこでストップだ」と、純はチャベスと弥恵の顔の間に手の平を差し込んだ。


「チャベスを見ろ。すでに疲労困憊の体だ」


 人間の言葉が分かるゆえに、告白の練習相手は少々チャベスには荷が重かったようである。解放されるやいなや、チャベスは自分の城に駆け込んでいってしまった。それ程に弥恵の発したNGワードが辛かったのだろう。「弥恵、お前のお相手は比呂巳だ?」


「……わざわざ諌言しなくてもいいわよ。気持ちが萎えないように私は自分を鼓舞していただけ」という弥恵の言葉は弱々しかった。「ちゃんと理解しているもの」


 そういう弥恵の横顔には戸惑いがはっきりと浮かんでいた。けれど譲れないものへの想いをはっきりと自覚した強い想いを、信念を純は感じ取った。しかし純はそれを喜ぶ一方で、少し複雑な気持ちになった。「勝手に大人にならないでくれよ……」


「あ、いけない。大事なこと忘れてたッ!」と、弥恵はいきなり飛び上がるようにそう叫んだ。


「えっ?」


 何かやり残したことはあったか? 料理も完璧、掃除も完璧、浴槽なんて弥恵と比呂巳のお風呂シーンを妄想しながら掃除したのでピッカピカである。おそらく今夜、初夜を迎えるであろう掛け布団は夏の日差しに照らされて、ダニの一匹もその生存を許していない。枕もベットに二つ、弥恵に内緒で枕元にはティッシュを置いておいた。準備は完璧のはずだ。比呂巳の気持ちも既に確かめている。


 と、純は勘違いを植え付けたと知れずに、完璧に遂行された準備の落ち度を探していく。が、見つからない。純は弥恵に目を向ける。一体何が欠けているんだ。


「何、着ようかな?」と弥恵はポツリと言った。どうやらお色直しについて思案しているらしい。


 何もしていなくても充分に可愛いので純はそこについては考えが及ばなかった。


「いつもの服じゃなんだか味気ないし、だからといって変に着飾ると……」と弥恵はぶつぶつと小さい顎に小さい指を当て考え始める。


「思い切っておしゃれした方がいいんじゃないか。後悔を残さないために」とおしゃれに疎い純は適当に口をはさむ。「後悔先に立たず、だ」


「とにかく、来て」と弥恵は純の手を引っ張って自分の部屋に何の躊躇いもなしに連れ込んだ。目的のためなら手段を選ばずといったことだろうか、純は日頃招かれざる客で客扱いされないので歓喜に顔をほころばした。


 弥恵は開かずのクローゼット(純はそう呼んでいる)に手を掛けた。純は思わず歓喜の歌を口ずさむ。何度弥恵の目を盗んで、そのクローゼットを開けようかと思い、実行し、失敗したかは分からない。そのクローゼットには夢が詰まっているはずだ、と枕元にそっと置かれたクリスマスプレゼントを開けるときみたいに純の胸はドキドキと高鳴った。


 バタッとクローゼットが開かれる。


 まるで天国への扉が開いたようだと、純は五指を組み、両の瞳をぱっちりと見開いてその中身を注視した。もうそこしか視界に入らない。純は掠れた声で歓声を上げた。「はあー」


 が、しかし……。


 あれ? なんだか……あまり……華やかじゃない?


 純はそのクローゼットからどんよりとした重たい空気を感じた。思わず両腕で目の前の視界を遮りたくなる。


 そんな純の些細な疑問と理解不能な拒否反応を置き去りにして、弥恵はクローゼットの中から服を何着か選び、ベッドの上にどさどさっと放り投げる。


 その放り投げた洋服もなんだか……華やかじゃない。


「どうしたの?」と弥恵はローテンションではてなマークを頭上に浮かべ、なにやら思案している純を不思議に思ってか、声を掛けた。弥恵の部屋にいる時はいつでも無駄にハイテンションな純であるから変に思うのも当然だろう。「変なの」


 そうなのか? おそらくそうだろう。弥恵の言うとおり俺の目が「変なの」だろう。そう純は無理やり自分を納得させた。しかし……華やかじゃないなあ。


「これなんてどうかな?」


 弥恵は服を自分に宛がい、純の方に見せる。


 するとどうだろう。さっきまでまるでボロ雑巾のように地味であった洋服がまるでシンデレラの纏う魔法のドレスのように輝いて見えるのだ。


 純は信じられないといったように目を見開き、それを凝視した。


 これは目の錯覚だろうか、と純は目を擦り、もう一度目をやる。しかしその服の輝きは失われない。


「凄くかわいい」と純は思った通りに口にする。


「じゃあ、これはどう?」


 と一瞬さもありなんとの満足げな表情を見せ、弥恵は宛がっていた服をぽいっとベッドの上に放った。弥恵の手から離れた瞬間、さっきまで輝いていた洋服は元のボロ雑巾に戻ってしまった。そして新たに宛がわれた、百均で売っているフェルト生地を粘土で無理やり粘着させたような前衛的な洋服は天女の纏う金色の羽衣のように豪華絢爛の趣向を凝らした雅なものへと変幻した。


「凄くかわいい」と純は思った通りに口にする。


「もう、そればっかり」と、弥恵はぷくっと頬を膨らませた。「ちゃんと見てよね」


 これは一体どういうことだろうと純は頭を悩ませた。


 そういえばと純は、ママさんが「弥恵は私の若いころ以上に可愛いくて巨乳だけど、抜群にファッションセンスがないのよね。こればっかりは直しようにないから大変だわ」と嘆いていたことを思い出した。しかし、それを言われたときは弥恵のファッションセンスのなさに気付かなかった。なぜならいつだって弥恵は凄くかわいくて洋服を選ばなかったのである。


 けれどその洋服の本来の姿を見てしまった純には分かった。弥恵は己のかわいさでファッションセンスの悪さを打ち消し、虚構の美しさを純の瞳に見せていたのである。だから「凄くかわいい」弥恵の私服姿は純にとって「凄くかわいい」均一でしかないのである。


 純はそのように理解した。そしてその矢先である。


「まあ、兄貴はセンスがないからな。仕方ないか」


 弥恵は美術教師のような達観とした口調で、出来の悪いリコーダーとそろばんのデッサンを描いて持ってきた生徒を嗜めるように言うのだった。「兄貴はセンスゼロだもんね」


 いいや、少なくともお前よりは……。


 ロリ巨乳に見境はないが、かわいさの追求には他者の追随を許さない純である。おそらくママさんの指摘するようにこのファッションセンスを悔い改めることが出来れば弥恵のかわいさは二倍、三倍いいや五十倍と膨れ上がるのではなかろうか。しかしそのためには弥恵を諌めなければならない。その豊満な胸の奥に隠された繊細な心を、もしかしたらちくりと傷付けることになるかもしれない。けれど弥恵のためでもあるんだ、と純は葛藤を経て決意した。


 弥恵、すまんが、その台詞をそっくりそのまま返させてもらうぞ。お前の服は……。


「センスがない」


「へ?」と弥恵は別の洋服を宛がいながら、不意打ちを食らったようなかわいらしい間抜け顔で振り向いた。


「もう一度言うぞ。お前にはファッションセンスがない。欠片もない。人類皆共通して普遍的に持つ美の感覚、そこに本来あるべきものがお前の中では圧倒的に欠如してしまっている。皆無。絶無。そこに罪と罰を加えてやってもいい。それほどお前のファ、」


 パチン。弥恵は才能を持つ弟子を認めたがらない西洋美術画家のような剣幕で純の頬を叩いた。純は寝違えたようになった首を両手で直した。「痛いじゃないか」


「センスがないってどういうこと?」


「つまりダサいってことだ」


 パチン。弥恵は外国で評価されて少し調子に乗っている現代美術家が本国での批判をあしらうように平然と純の頬を叩いた。純は寝違えたようになった首を両手で戻そうとするが、なんだか引っかかっていて上手く戻らない。「あ、あれ? ちょ、ちょっと弥恵ちゃん」


 弥恵はしぶしぶといった風に純の首が傾いた方からビンタを食らわせた。すると元に戻った。くどいようだが根は優しい子なのである。


「私だって、」と首を擦っている純に背を向けて弥恵は言う。


「私だって、……センスがないのは薄々分かっていたわよっ!」


 薄々かよっ、と思わず突っ込みを入れたくなったが純は必死に左手で右手を押さえ込んだ。


「だからって……」


「だからって?」


「だからって妹に向ってそこまで言う兄がいるかっ!」


 弥恵の反論も至極もっともである。しかし一度そのファッションセンスを諌めると決めてしまった以上、純は引き下がることをしない。さらに弥恵の愚考を問い詰めにかかる。


「弥恵、現実を見ろ。リアルを見据えろ。不条理から目をそらすな。そしてこの服を、その真ん丸の瞳を凝らしてよーく見るんだ。そしてこの服の酷さを見極めるんだ」


 純はそう言って手にとった服を弥恵の前にかざした。


 そうでも言わないとママさんを嘆かせる頑固者の弥恵を気付かすことなんて出来やしない。


「見極めてやろうじゃないのっ!」と、弥恵は腕を組み、眉をしかめて自分の服を睨むように観察し始めた。その瞳には「大げさ過ぎる」と言いたげな反抗的な主張を含んでいた。


 しかし、一秒、二秒と純の知らぬ間に部屋の住人となっていたユリックマ時計の秒針がコッチコッチと進むごとに、弥恵の目元は曇り、徐々に眼光の鋭さに錆が目立ってきた。


「……もういいよ。兄貴、その服を煮るなり、焼くなり、闇鍋に放り込むなりしてくれ」


 弥恵も薄々ではなくはっきりと気付いたようである。「なあ? どうみても日曜の昼に起きだして新聞片手に競馬に勤しむ四十代後半のお父さんの衣装だろ」


「……タバコとカップ酒がよく似合いそうだな」と弥恵は自虐的にそう漏らした。


「よかったな。気付くことが出来て」と純は満足げに頷いている。


 しかし弥恵の張り詰めていた気持ちは堤防が決壊したがごとくに一気にネガティブの方向へと傾いた。弥恵は頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。


「よくないよ。私はどうしたらいいんだよ。着る服無いよ。溜めておいた自信も一瞬で高野山の向こう側まで飛んで行っちまったよ」


 そういう弥恵の声音には料理をしていたときと打って変わって覇気の欠片も感じられない。


 弥恵はとうとう「う、う、う、う、……うえええええええええええええええん」と、幼稚園児が母親を求めるように泣いてしまった。しかし、ママさんは「弥恵を邪魔しちゃいけないわね」と気を遣って、朝から会社の女の子たちを連れてUSJに遊びに行っている。なぜだか明日の朝まで帰ってこない予定である。純はその辺り深く考えないようにしている。


 純はまさか泣いてしまうなんてとそこであたふたするばかりである。


 しかし、後悔してももう遅いのだ。もう弥恵が自身のファッションセンスに根拠なき自信を把持していたときにはもう戻れない。純は弥恵の中の赤く灯った警報ランプを気付かせてしまったのだから。


 純は服、服と脳内で連呼して、はっと脳裏にひらめくものがあった。純は涙を流し続ける弥恵の肩に手を置いて力強く言う。


「安心しろ、弥恵。俺が何も考えていないとでも思ったか」


「うう、えっぐ。お察しの通り、うう、えっぐ。何も考えてないと、うう、えっぐ。思っておりますよ」


 弥恵は涙ながらにもそう毒づいた。「ええ、思っておりますともさっ!」


 まだ俺を罵る力が残っているじゃないかと純はなんだか歪んでいるなあと思いながらも安心した。


「お兄ちゃんを甘く見るな。こんな日が来ることを見込んで捨てずにきちんとタンスの肥やしにしておいたハイセンスな服がある。待ってろッ!」


 純はそう言い放つと一目散に弥恵の部屋から飛び出し、階段をどどどどっと転げ落ち、和室へと向った。純はママさんの大雑把な性格を手がかりに大正の御時から伝わる桐ダンスを下から順に探していって下から四段目にそれを見つけた。ちなみに上から二段目でもある。「よし、見つけたッ!」


 純は探索作業によって掘り起こされ、犠牲になった服をそのままに、和室から出て二階へと忍者走りで駆け上がる。そして弥恵の部屋に「とうっ」飛び込び、カッコ付けて以下のように言い放つ。「弥恵、待たせたなッ!」


「大分ね」と弥恵が頬杖ついて、溜息を付きながら言うとおり、結構な時間を純は探索に費やしていた。元来、手際が悪いのである。弥恵はすっかり泣き止んでいて、中学生女子御用達のファッション雑誌を見て少しでも自身のファッションセンスを改めようと努力していた。雑誌を捲るたびに落ち込んでいくのが分かる。「私って、凄くダサかったんだな……」


「で?」と弥恵は純が手にしている服を目にして、厳しい視線をギロリと純に浴びせた。「それがハイセンスな服って訳?」


「ああ」と純は眉をキリッとさせて弥恵の憤りに気付かずに自慢げに頷いた。「どうだ? ハイセンスだろ?」


 そう言って純は「ほらほら」とその服を弥恵に宛がうようにして近づいていく。無警戒にも程がある。


 弥恵は椅子からふらりと立ち上がり、純との間合いを一瞬で見極めた。弥恵の小さい姿態が沈んで純の懐へと潜り込む。その刹那、純の言うハイセンスな服を挟んで純の腹部に捻りの効いた拳がドスッと突き刺された。「ぐはっ……」


「……ど、う、し、て」と純はお腹を押さえて前のめりにうずくまった。


「どうしたも、こうしたもないッ!」と弥恵は服を指差し言った。「メイド服なんて着れるか!」


 弥恵の言うとおり、純が所有していたハイセンスな服とはメイド服のことだった。


 なぜ純がメイド服なんぞをタンスの肥やしにしているかというと、去年の文化祭にまで話は遡る。毎度のこと不健全な活動ばかりをしている『美しき生命』には、先生方からは「今年こそはボランティア団体らしく、その活動報告を展示すべし」とのお達しがあった。しかしそれにもかかわらず『美しき生命』先代の会長は「逆らうのってオルタナティブでカッコいいわよね」と軽いレジスタンス精神を発揮して、なんとも不健全極まりのないオカマバーを部室塔の辺境の地『美しき生命』の部室で開催したのである。「ニューハーフ・メイドクラブ~テラスドール・シスターズ~」と銘々されたオカマバーは、これが意外や意外に好評を得た。


 前評判は学園のプリンセス・プリンセスこと桜吹雪屋愛染錦率いるテニス部が開催した、客と野球拳をしてお互いのお凸を触り合うというちょっといかがわしい「カチューシャ・メイド喫茶~お凸に触っちゃいけませんっ!~」の一人勝ちとのことだった。


 しかし、当日蓋を開けてみればどこのクラスもクラブも似通ったメイド喫茶で健全な男子を満足させるばかりで、健全な女子の通う場所がなかったのである。そんな中でアマゾンの密林の中の泉のごとく女子たちの目に留まったのが『美しき生命』がゲリラ的に開催したオカマバーだったのである。ゲリラ的といっても当時在籍していた三年の男子の先輩が一人と現会長と純と天野は一ヶ月もの間オカマになる訓練を受けていた。オカマ言葉を毎日練習させられ、内股を強制させられ、コップを持つときは小指を立てるように支持され、一週間前からは会長がまとめ買いしてきたという女物の縞々のパンツとブラジャーを装着するように命令されて、文化祭当日には身も心もオカマになっていた。だから今でもたまにオカマ言葉が純の口から発せられるのである。


 一番人気は現会長、源氏名は「せりほ」で、その淡々とした人生相談には長蛇の列が出来ていた。その人気ぶりは現会長に「俺、オカマになろうかな?」と思案させる程だったという。そんな中で不健全な女子こと女の子大好きな先代の会長と内海は学校中のメイド喫茶を豪遊し回り、天野はお触りに顔を真っ赤にし、純は見事にドジッ娘メイドを演じていた。ちなみに純の源氏名はそのまま「じゅん」であり、「じゅんちゃん」のご指名は滅多にかかることはなく純は人知れず落ち込んでいたという。「だって眉毛が濃いんだもの」との源氏名「おみつ」こと天野談である。


 まあ、そんな黒歴史のような過去があり、純はメイド服を所有していたのである。そのメイド服は本場イギリスから取り寄せた高級品で、確かに弥恵の服よりはハイセンスではあり、この服を着た弥恵に「お帰りなさいませ。ご主人様」と言われたらたまらなくかわいいとの純の願望混じりの考えもあった。けれど恥ずかしがり屋の弥恵ちゃんがメイド服を着て、比呂巳に向って「お帰りなさいませ。お嬢様。ペコりんちょ」なんて出来るはずがない。


「少しでも期待した私が愚かだったわ」


 弥恵はそういうとファッション雑誌を持って部屋を出て行こうとする。今から服を買いに行こうというのだろうか、もう時間があまりないけれど。そう思って純は声を掛けた。「どこ行くんだ?」


「ママの服があるじゃないの」と言って弥恵は純を部屋に取り残し、とんとんとんとかわいい音を立てて階下へ降りていった。純もまだ痛みの残る腹部を擦りながら弥恵の後を追った。


 しかしそこからが大変だった。ママさんと弥恵は背丈もサイズも殆んど一緒だったのでそのあたりの問題はなかったのだが、問題は服のデザインにあった。純のあまり頼りにならない目からみてもおそらくそのデザインはとてもセンスのいいものなのだろう。


しかしいかんせん、


「こんな露出の多い服、着れないわよぉ」と弥恵が嘆くように布が少ないのである。特に胸元を中心に。思わずポロリも期待できそうなセクシードレスである。「何で普通の服がないのよぉ」


 そんな弥恵と裏腹に、純は口を真一文字にして一心不乱に顎を人差し指で擦りながら、目の前に燦然と輝くセクシードレスを妄想の中の弥恵ちゃんに着替えさせていた。「い、いかん。鼻血が」


 純は「とりあえず」と妄想だけではもったいないと目の前の事態を憂慮し、勇気を出して「これから着てみようか?」と一番布の少ない服を手に取り進言した。弥恵は目だけを純の方向に向けると、うんざりとしたように黙り込んだ。「……すまん。つまらない冗談だったな」


 しかし黙り込んでいても何も解決はしないだろう。約束の時間までもうあまり猶予はない。


「もう時間がない。弥恵は比呂巳とあんなことやこんなことしたいんだろッ! ならこの程度の露出我慢できなくてどうする!」


「兄貴……」と弥恵は少しの間俯いて悩んでいたが。


「よし、私、腹を括った。私、何でも着るっ!」と純に向って勇ましく宣言した。


 弥恵は布の多めの服を選ぶと、といっても露出は多めである、弥恵はエプロンを解いて、服を脱ぎ始めた。しかしシャツをたくし上げたところでピタッと服を脱ぐ手が止まり、正座をして準備をしている純を睨みつける。


「で? いつまでそこにいるのよ」


「ごめんなさい」


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