第二章②
次の日。チャベスのお腹の中からはお通じと一緒にお守りもあっけなくコロンと出てきた。純はひとまず胸を撫で下ろすと水洗い、ファブリーズ、熱湯消毒、ドライヤーで乾燥の処置を繰り返し、制服のうちポケットに入れて学校へ向った。チャベスは急がなくていいといったが、持っていると不幸な惨事に見舞われるというお守りである。弥恵のキスを頂戴できたことはこの上ない幸福であったが、出来れば一刻も早く手放してしまいたい代物だ。並木教員が今日も学校にいるとは限らないが、一応会って話せる日を決めておきたかった。
昨日と同様、殆どの生徒は野球部の応援に出ずっぱりのため、学校はがらんどうとしていた。案の定、並木教員はいないようだ。職員室では日直の先生が一人でアイスコーヒーをすすっていた。確か三年生の物理の担当の先生であると純は記憶している。白衣よりもスーツを好む少し奇特な先生だ。職員室の中は冷房が制限されているのか、少し蒸し暑い。その先生はクールビズのいでたちで日誌に目を通していた。
「どうした?」
純が声を掛けると怪訝そうな表情をしてその先生は答えた。今日初めて人にあったようなぎこちなさがある。
「並木先生はいつ学校へいらっしゃいますかね?」
純は並木教員がいつ学校に来るかを訊いた。
しかし、返ってきた答えに純にとって予想外のものだった。
「並木先生は昨日学校をお辞めになったんだよ」
「えっ?」
無気力が学生の特権であると公に謳う純にしてみれば、いつになく力のこもった驚きが漏れた。昨日の今日である。この教師は一人の時間に介入してきたアホ面の名の知らぬ生徒に意地悪を仕掛けているのではないかと純は早合点してしまいそうになった。
「まあ驚くのも無理ないよなあ。私も今日の朝校長から知らされてな」
「一体どうして?」
「詳しくは知らないけど、放浪の旅に出るとかなんとか。行き先不明。軽い失踪だよな」
「はあ、旅ですか……」
そこで純は昨日のやり取りを思い出した。
純が純正の嘘十割で塗り固めた、壮大なプロジェクトを披露したときの並木教員はなんだか乗り気であったような気がしないでもない。もしかしたらまだそのときは旅に出ることを迷っていたのではないだろうか。そして協力を断ったときに見た並木教員の嬉しそうな顔と、その合間に見せた寂しそうな表情も思い出される。確かに今にも俗世から旅立たんばかりの孤高の雰囲気を醸し出していたともいえなくもない。
もしかしたら純が最後に会話を交わした生徒ではないのだろうか。そして並木教員は純に理想の生徒の姿をみて旅立つことを決心したのではないだろうか。
そう思うと後味が悪い。俺を歴史の分岐点のように利用するな。人を自分の将来のきっかけにするな。
……しかし少し胸が痛むのはなぜだろう。
並木教員から滲み出ていたオーラは確かに純の心の中に植付けられていたようである。
「さすが倫理の教師。哲学者って感じだよな。物理の教師にそんな大それた真似できないよ。せいぜい宇宙に思いを馳せるくらいだ。で、並木先生に何のようだったんだ?」
訊かれて言葉に詰まる。さすがに精霊云々の話は言えない。
「……並木先生から本を借りていたもので」
おそらく哲学書なんて一生開く気のない純であるが、借りるくらいのことはまああるかもしれない。
「連絡先とか分からないですか?」
とりあえず、お守りをそのままにしておくわけにはいかない。もう片方のお守りの方を持っている人間の目星はある程度付けておかなくてはいけない。推測できるのはこの学校の生徒の誰かの手にあるかもしれないということだけである。いくら時限爆弾のように期限に迫られていないとはいえ、このまま不幸のお守りを所持しているなんてごめんだ。というか不幸のお守りのせいで並木教員はどこか行ってしまったんじゃないのか。
純はとりとめのない自分の不幸の際限の果てに思い巡らし、途方にくれた。
「あの人、今時携帯も持ってなかったしなあ。どこに住んでいたかは分かるけど、今日の朝一に日本を出たとか。一体どこに旅立ったんだろうねぇ」
そんなに急ぐ旅でもなかろうに。不幸を置き去りにして旅立たれて困る人間のことを考えてほしい。並木教員におそらく不幸を残していった直接の罪はないのだろうが、度重なる「探すな」といわんばかりのその素行を呪わずにはいられない。
純の青ざめた顔を見て物理の教師が心配そうに尋ねてくる。
「どうかしたか?」
「……い、いえ。何でも」
一応、純は並木教員の元の住所だけ訊いておいた。あまり期待してはいないが何か手がかりが残されているかもしれない。しかし、手がかりが残っていたとしても不幸のお守りがどうにかしてしまうんじゃないか、以下堂々巡りの議論になるのでこの辺で打ち切っておく。今度、チャベスと出かけてみよう。それだけ決めて純は頭の中を弥恵専用のピンクカラーに染めた。
せっかく暑い中電車を乗り継いで学校まで来たのだ。もちろん収穫なしでは帰れない。というか、ここからが本題である。
純は鍵を借り、これまた長い廊下をせっせと歩き部室まで歩いた。
部室に着くと真っ先にしたのは冷房をつけること。部室に込められた罪悪で修辞しなければ失礼であろう偉大なる不快指数は、純が感じ取ることの出来る数値を軽く凌駕していた。純はパイプ椅子にぺたっとすわり、うなだれ、冷房が効いてくるのをひたすら待つ。しばらくして、純は年代ものの狭い部屋に不相応な巨大な温度計に目をやった。メモリは丁度二十八度。冷房の温度は学校の規則によって二十八度以下には出来ない。いつまでもへばってばかりいられない。純はせいっと椅子から立つと部室の東側の壁一面に広がる本棚に向き合って腕を組む。
部室の本棚の一角にはおそらく今まで誰も手を触れたことのないだろう内海専用の百合本が意気揚々と陳列されていた。免疫の無い人間がそれを目の前にしたら思わずちょこんと鎮座してしまうに違いない。
内海曰く、古今東西の有名どころの百合本は網羅されているということである。純は満を持して人差し指でタイトルをなぞっていくが、有名どころといっても聞いたことがある作者は谷崎潤一郎ぐらいのもので、しかもそのタイトルも『卍』である。文学に滅法弱い純はナチスかよと勘違いしながら、その本を見事にスルーした。
「何やってるの?」
「うわっ!」
いきなり後ろからやさぐれた戸松遥ボイスが聞こえたかと思うと、案の定、ドアにもたれるようにして内海はどでんと立っていた。汗一つ掻かずに、いつものようなフルアーマーな衣装を纏って、徹夜明けのくすんだ瞳でギラギラと純を睨みつけている。弥恵の開かずの引き出しを物色しているのを見つかったときのように気まずい。しかも純の手には驚いてとっさに本棚から抜き出したコミック百合姫が掲げられていた。まるで預金通帳を持った泥棒が家主と鉢合わせになったみたいだ。
「えっと、」
内海の凸レンズが純の手にあるコミック百合姫にピントが合う。レンズの奥に隠れた表情が疑惑と怪訝でじっとりと歪み始める。
「……昨日突然百合に目覚めまして」
純はとっさに言い放った。さすがに妹の恋を成就させるための手がかりを探しに先輩の棚をあさりに来ましたとはいえない。が、かろうじて嘘は言ってないだろう。純は昨日の夜に突然百合の必要性に迫られたのである。
そもそも純はメンバーたちには妹がいることを内緒にしていた。もし純が目に入れても痛くない可愛いロリ巨乳娘を妹としているということを天野あたりに知られたら、下心が全面に出尽くした友好条約を持ち出してくるに決まっている。そして何より、今まさに目前にいる百合愛好者の内海の存在が一番危険だ。思春期で悩み事の多い弥恵である。ころっと騙されて、どうにかこうにかされて、最終的に食べられてしまうかもしれない。
「ふうん」
「……っ!?」
いつの間にか内海は純のすぐ側までやってきていて、純を検分するように内海は顎に手を当てて、上から下までなんだか嘗め回している。アライグマに睨まれたように純は動けなくなった。アライグマの行動基準は純が最も謎にしていることの一つである。まさかアカハライモリまで洗って捕食するとは予想外であった。
「で、何がきっかけなの?」
「は?」
内海の声音は、犯行動機は何だ、という刑事さん的な調子であった。そんな高圧的な態度に一体何のことを言っているのかと純は一瞬と惑ってしまう。
純が目じりの辺りにはてなマークを浮かべていると、
「だから何がきっかけで百合に目覚めたの?」
戸松遥声は一回で分かりなさいよ、という風に不承不承にご機嫌を悪くしていらっしゃるようである。まさか会って五分も立たないうちに話がこういう方向に進んでしまうとは、百合愛好者とは末恐ろしい。
興味の端緒など些細なことではないか、と純はやり場の無い主張を抱いた。
しかし内海の凸レンズの向こう側は変わらず純を睨みつけているままである。おそらく内海の問いに対して曖昧な返答をしてしまったらただでは済まないだろう。怠惰な生活に歪められた純の本能がそう継げている。
きっかけ、きっかけ……。
純はきっかけを探すが、当然のように趣味嗜好として純が百合に目覚めたわけではないのできっかけなどあろうはずがない。故にでっち上げなければならぬ。純が知っている百合アニメはもちろんあのアニメのどうでもいい第四話しかなかった。
「あの、第四話」
言って純は即座に後悔した。内海の反応は明らかに犯人の証言に矛盾を見つけた刑事さんの流し目具合、信憑性の欠片も無いと判断したような頷き具合である。
「ふうん。そう。じゃ、どういうところがあなたの心を震わせ、魅了したのか、私に教えてくれない?」
純はその妖艶な声音にどきりとしてしまった。内海は鎌をかけるように容姿に似合わず、可愛い声を出したのだ。陰鬱で、陰湿なのは相変わらずであるが。
って、意表を突かれた様に発せられた声音にいちいち一喜一憂している場合ではない。目の前の上級生は魔女裁判にかけるように百合裁判をこのクーラーの利きの悪い八畳の個室で始めたわけだ。
といっても裁かれるのは百合のゆの字も知らぬ、自慢じゃないがロリッ娘大好き普通のオタク高野純である。
純は必死に第四話のエピソードを思い出す。不幸中の幸いにして、本日の深夜にその話を視聴していた。が、全くといっていいほどあらすじが思い出せない。思い出そうとすれば思い出そうとするほどその不鮮明な記憶は小走りで忘却の彼方へと駆けていってしまう。
そして純の手元に残ったのは唯一記憶に焼きついたあの場面だけであった。純は意を決して口を開く。
「親友がおねしょをしてしまったときの愛梨の一言だ」
「その一言とは何?」
内海の問答が入り込む。それは純の恥じらいを打ち消す、絶妙な誘導であった。
「いい加減にしないと、もう一緒に漏らしてあげないんだからねッ!」
演劇部も思わず嘆声を漏らすほどの純の猿芝居とともにその一言が部屋中に轟いた。さすがに高校生男子の女声は聞いていて胸糞悪い。更に言おう、気持ちが悪い。しかし熱情に満ちた壮大な一声であった。純の瞳は凸レンズ越しに内海の瞳に見据えられたまま動かない。
内海は青白く不健康な眉間に少しむっとしたようなしわを作るとくるりと純に背を向けた。
純は息を吐いてうなだれる。
……駄目だったか。しかし不思議と気持ちが清々としている。このまま内海にどうとでもされて構わない。年上で、ロリでないことはいただけないが一応女子である。さあ、どこからでも掛かって来い。
純はばっと腕を広げた。まるで生贄、いいや、まるで自ら神に身を捧げた殉教者のように至高の微笑を浮かべている。
しかし、純のMの決意と裏腹に返ってきたのは内海の予想外の反応だった。
「……あら、意外とあなた話が分かるじゃない。あの話は上級者向けだから、素人が見たって本当に大事な部分を取り出すことはできないの。あなたを魅了した愛梨の発言は物語の局面を大きく左右する重要な一言。悔しいけれどあなたが目覚めたことは本当のようね。……疑ったりして、その、ごめんなさい」
内海は伏し目がちに、ゆっくりと純の方に向き直ると小さく頭を下げた。そして恥ずかしそうに顔を赤らめ以下のように続けた。
「……だ、だってあの話から目覚めてしまう人なんていないと思っていたから。日本に、いいえ世界に五人いれば充分。あなたのセンスを認めなければいけないようね。うん、少し見直した……ただのロリ巨乳なら見境のない腐れ外道かと思っていたけどね」
少し声が弾んでいるように聞こえるのは純の気のせいだろうか。ともあれ、最後の一言は少なからず純にショックを与えたが、内海の心に純の熱意が曲がりなりにも届いたようである。純はほっと胸を撫で下ろす。
しかし内海はまだ何か言いたそうに純の目の前から動こうとしない。
「あ、あのー」
「どんなのが好みかしら?」
またしても唐突にそう言い放った。検分が済んだら済んだで、純を百合色に済め上げる気であるらしい。百合に目覚めてしまったことが第三者に確定されてしまった手前、断ることなど出来るはずがない。
しかし、この機会を利用しない手はないだろう。丁度純は百合という数学よりも不可解な未知の課題を前にして一人で手をこまねいていたところでもある。
「……同い年の幼馴染で」
純は弥恵と比呂巳を想像しながらそう呟いた。
「幼馴染ね」
内海は本棚にスタッと向き直り、真剣に、いや、どちらかといえば若奥さんが一歳の娘の洋服を選ぶように楽しげな表情で百合本の吟味を始めた。つまり純にはその本の何がいいかは分からない。
「これなんてどう? ああ、これも捨てがたいわね。幼馴染でしょ、あー決めがたいわね」
内海は子供に服をあてがう若奥さんのように次々と本棚から取り出し、純に本の表紙を一瞥させてはテーブルに並べていった。おそらく内海の頭の中には話の内容が全て詰まっているのだろう。しかし純はその本群の中身を一切知らないので呆然とその作業を見つめるばかりである。
「あ、あのー。……そんなに悩まれなくても」
内海があまりにも真剣に選んでいるので純は恐る恐る声を掛ける。
「駄目よっ! 何事も出だしが肝心なの。最初に見た作品、呼んだ作品が人生感、いいえあなたの百合感に大きな影響を与えるの。あなたはセンスがいいのだから変な癖をつけてしまってはいけないわ」
内海の底知れぬ善意に圧倒され、純はおよおよとたじろぐばかりである。
気付けばテーブルには五十冊以上の百合本が並べられていた。小説、漫画はもちろんなにやら研究書のようなものまであり、背表紙が百合色に光っていらっしゃる。これらの本の全てに百合で幼馴染が書かれているのだろう。幼馴染だけでこれほどの数の百合物語が展開されるわけだ。百合の奥深さに純は眩暈がするようだった。今までロリで巨乳であれば見境のなかったつけがここに来て回ってきたらしい。
内海は並べた百合本を前にして、なにやら聞き取れないほどの小さな声でぶつぶつと何か言っている。ふと途方にくれている純のほうに顔を向けると「今日のご夕食は何をお召し上がりになる?」という風に、
「どんなシチュエーションがお好み?」
と聞いた。もちろん考える必要はない。シチュエーションは既に現実にあるのだから。
「……幼馴染の同級生の二人が中学に上がって、思春期を迎えるとAがBに恋の感情を抱いていることに気付いて、満を持してパジャマパーティーを開いて告白するっていう感じでお願いします」
純は弥恵と比呂巳を想像しながら人差し指を天井に向けて頼んだ。
すると内海はなぜだか不思議そうに純を見つめた。「何でお前がそのことを知っている?」という風な驚きの表情に見えないこともない。
あれ? なにか、まずいこといったか?
「……なんだか実際に犯行現場を目撃してきたように言うのね?」
純は心を見透かされているような気がしてギクッとなった。内海はじっとりとした視線を眼鏡越しに純に向って送っていたが「まあ、いいわ」と重たい黒髪を払い、こう続けた。
「……でもありきたりすぎるわね。あなたの想像力のなさを痛感して先が思いやられるわ」
そう毒づきながらもとてもうきうきと、声音が戸松遥に酷似してきたのは純の気のせいだろうか。
そうこうしているうちに内海は純のシチュエーションに沿う物語の選定を済ませたようである。一冊の本を手に取ると、パイプ椅子を引いて腰掛ける。
「まあ、さすがにパジャマパーティーそのものを題材に描いた作品はないけれど、」
そう断って内海はその本を純の前に置いた。
「お泊りをして、お風呂やベッドの中っていう非日常の空間で急接近するパターンは意外と多いの。誰にも邪魔されない場所だからね。でも誰かに邪魔をされてしまうっていうのは秘められた恋には付き物でしょ。それは百合作品にも例外ではなくて、特に百合は恋そのものが秘密を孕んでいるようなところがあるから、そういう場所が好まれるのよね。王道といえば、王道であまり捻りはないかもしれない」
「はあ」と純。
「でもね。いつだってドキドキさせられちゃうの。胸をキュンと締め付けられてしまったのなら、その物語の尊さを認めないわけにはいかないわ。人間はどこか合理的に裁きたくなるようなところがあるじゃない? けれど恋っていう感情に限って、……恋っていう感情に満たされてしまったのなら非合理って言うのかな、説明のつかない気持ちを正直に受け止めなきゃいけないと思うの。多分その人が心の底で求めているのはそういった切ない気持ちであるから」
内海はどこか遠い眼をして、手をぎゅっと胸の前で軽く握り締めながら、思い出を整理するようにしゃべっていた。その横顔には赤みがさし、語る口元には実感が込められていて、どこか寂しげで、儚げである。純はそんな風に感じて、内海が経てきた過去に何があったのだろうかという想いを抱かずに入られなかった。そう語らせている、内海の奥にあるものはなんだろうか。純が堪らずに口を開きかけたところで、内海の言葉の続きがそれを遮った。
「『愛し愛され恋をする』。この本は私にそういうことの大切さを教えてくれたわ。この本の内容を話し出すとネタばれしそうだからやめておくけれど、あなたが百合に求めていることが見つかると思う。少なくともあなたがどのようにこれから百合と接していくかっていう手がかりは、つかめるはずよ」
純は目の前に置かれた、薄い文庫本を手に取り、ペラペラと捲ってみた。本嫌いの純でも読むことの出来そうな比較的簡単な言葉で書かれているようである。純はお礼を言って内海に頭を下げた。
「ちゃんと読むのよ。そして感想を拵えてくること」
そういう内海の顔からはさっきのような寂しげな表情は綺麗さっぱり消えてしまっていた。だから純はなんだか訊いてしまってはいけないような気がして心に抱いた疑問をそっと奥の方に押しやった。その代わりに内海にどうしても訊いておきたいことがあった。
「……先輩、一つ訊いてもいいですか?」
「なに?」
「普通の恋愛と女の子同士の恋愛、何か違いがあるんでしょうか?」
弥恵は比呂巳への恋心をどのように受け止めているのだろうか。
純は弥恵と比呂巳の恋を成就させると決心したが、弥恵の気持ちは全くといっていいほど分からない。だから内海の本棚にやって来たのだ。
内海は少し考えるような仕草をしておもむろに口を開いた。
「あるわよ、もちろん。女の子同士の恋愛のほうが綺麗だし、ドキドキしちゃうし」
そこまで言って内海は頬杖をついた。
「……少し、怖いしね」
「怖い?」
純はなぜ怖いのかと聞き返した。純は一度も女の子を怖いと思ったことはない。いや、女の子同士だから怖いのだろうか?
「怖いのよ。いろんな意味でね。女の子ってヒステリーの塊のようなものだから」
そういって内海は純に珍しく笑いかけた。
確かに弥恵はヒステリーの塊のようであるけれども、と純はさらに分からなくなる。
「でもね……私は本質的な違いはないと思ってるの。……人は誰でも自分にないものをもった誰かに惹かれるものじゃない。そして好きになってしまったのならその人しかみえなくなっちゃう。そう考えれば、同じでしょ」
純は頷いた。内海の言葉は純の弥恵に向ける気持ちを代弁してくれていた。純は弥恵に惹かれ、弥恵のために、弥恵のことを考えている。弥恵の比呂巳への気持ちもそうなのだろうか、と純はなんとなく思った。これを読めば分かるのだろうかと『愛し愛され恋をする』と銘打たれた本に純は少しの期待を寄せた。
「そういえば先輩は何で学校にいるんすか?」
「少し用事があって……それに」
「それに?」
「気持ちがざわついていたから」
内海はふうっと息を吐くと「じゃあね」と部室から去っていった。
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