第二章 夜は短し恋せよ女の子
第二章①
広瀬比呂巳は弥恵と同じ地元の中学に通う現在中学一年生である。比呂巳と弥恵は家が隣同士ということもあり、小さい頃から弥恵と双子の姉妹のように一緒に遊んでいた。比呂巳は今でも毎日のように顔を見せ、かなりの頻度で高野家の夕食を食べて帰り、また自宅でも食べるという家族公認の間柄であり、純も妹のように比呂巳をかわいがっていた。
少々内向的でかなりの恥ずかしがり屋の弥恵と違い、比呂巳はレフト方向にすらりと伸る茶色いポニーテールを振り回し、きりりっと光る白い歯を覗かせる元気娘である。比呂巳の髪の毛が茶色いのは塩素によって脱色されたためであり、そこら辺の不良娘でないことをあらかじめ断っておこう。比呂巳は中学では水泳部に所属していて、しかも持ち前の器用貧乏なところを発揮してちゃっかり一年生で水泳部のエースになったという話である。ちなみに弥恵は吹奏楽部に所属している。弥恵が語るところによれば、音楽室の窓から丁度学校のプールが見えるようになっているらしく、比呂巳の水着姿をちら見するたびに鼻血を出してしまうそうだ。弥恵は「だってロリで貧乳なのよッ!」と純に力説した。兄妹でも性別が変ると性癖が変るらしい。ロリコンなのは変らないけれども。
そしてその比呂巳ちゃんを弥恵ちゃんがものにすべく、明日の午後六時に高野家にてパジャマパーティーが開催されることが純に言い渡されのは、夜の十時を回ってからであった。
「明日までに比呂巳を落とす方法を考えてよねッ!」
弥恵は昨日のうちにすっかり板の付いたツンデレボイスで純にそう言い放った。どの辺りがデレているかと……まあ、そこは純の妄想が働いている。
しかし妹一筋の純は恋愛など現実の世界で繰り広げたことは皆無であることは有無を言わせずもちろんであるし、昨日風呂場で純がチャベスに告白したように一本のエロゲすら器用にこなせない、まさに恋愛音痴、レンチなのである。
そんな純に何を期待するのか。思春期のロリ娘は何を考えているのかと純は自身に情けなくなりながらもそう思わずにはいられなかった。しかも相手が女の子で幼馴染の比呂巳であるから始末が悪い。まだ男の純の方が現実味を帯びている。
純はそこまで思考を巡らしたところではっと我に返る。少し危険な自分の考えが嫌になったのだ。純は弥恵のことが大好きだが、いつまでも自分の近くにいてくれるなんて甘い考えは持っていない。いつかは弥恵も恋をして、純とは違う別の誰かの腕の中にすっぽりと入っていくのだろう。弥恵は可愛過ぎるから相手なんて腐るほどいるに違いない。しかし、それまでは中睦まじく兄妹をしていたいのである。たまに度が過ぎてしまうこともあるが、弥恵は純にとっての最優先事項なのである。もし弥恵以外のロリ娘に本気で恋をしてしまってもそれは変らないだろう、そう純は自負していた。
そんな風に純は弥恵のために一途であるので、しぶしぶ協力することに同意したパジャマパーティーであったが、もんもんと万年床の上でそのことを考えているうちにその企みを成功させたいと思うようになっていた。成功させるとは、すなわち弥恵と比呂巳をカップルに仕立て上げることである。それより先はあまり考えたくはない。女の子同士がどうやって……まあ、そんなプライバシーに関ることはどうでもいいだろう。
ということで、純は比呂巳を落とす方法を考え始めた。考え始めてすぐに純の脳裏には一つの大きな問題が思い浮んだ。それは比呂巳の趣味嗜好に関る問題である。思春期の芽生えとともにヒステリーを兄に向って行使する実の妹と違い、比呂巳は純の変態っぷりを軽々と容認し、困ったことに少々の悪影響を受けてしまい、そして影響は比呂巳の中で純粋培養され、誉れ高いBL腐女子の境地に辿り着いてしまっているのだ。そのことが判明したのは「兄貴は掘られたことありそうだよね」という衝撃の一言。純は必死でその道から引き摺り下ろそうとしたが、時遅く、既に比呂巳のジャポニカ学習帳には腐女子歓喜の妄想激が描かれていた。ペンネームはチョコレート・ムースだそうだ。
その性癖は同性愛という点で等しいが性別という点で百八十度違っている。この類似点と相違点をどう考えればいいか。純は次第にこの問題は触れることすら許されない未知の領域なのではないかと思えてきた。圧倒的にそっち方面の恋愛事情に関しての知識が純の中に乏しいのである。おそらく同性愛というものには偏見やドグマが付きまとうものであろう。フェミニズム、ジェンダーの議論が世界中でどのように繰り広げられていようとも、その議論の余波は哀しいかな、この紀の国の大地で悠々自適に育った純の耳には届いていない。純の乏しい百合知識の中にあるのは、どうでもいい第四話だけである。その第四話ですら内海曰く、上級者用であるらしいので応用の聞かない純の頭では到底、それをうまく裁いて、そこから実用的なサムシングを取り出すことは不可能である。事実純は第四話を深夜零時に見返してさらに分からなくなった。何が分からないかって、何が分からないか分からないのである。それほど上級者向けなのである。チャベスは寝てしまって久しく純に何も言ってくれない。
しかし、弥恵の恋心を偏見や無知でこじらせる様なことはしたくはない。問題の対象に身を投じ、腑分けするのでなければ真の解決はえられない。
そんなことをちまちまと考えているうちに純が半ば身を預けている『美しき生命』の部室に大量においてある内海曰く、布教用に設置した百合本の存在を思い出した。布教されるつもりはないが、弥恵の恋を成就させるためである。今の純にとって百合本を読むことはやぶさかではなかった。
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