第一章⑤
「磯臭い」
弥恵は純を吊るし上げたまま、有無を言わせずに風呂場に放り込んだ。まるで牛乳をこぼしてしまったリビングのカーペットのようなぞんざいな扱いである。確かに純の体は先ほど精霊の力とやらの行為によって浴びせ掻けられた海水が半乾きで、周囲に昆布が腐ったような匂いを放っていたのだが。
純がしばらくの間しょぼんとしょぼくれているうちに、チャベスは半開きになっていたドアを器用に押して風呂場にやってきた。何事も無かったような涼しげな表情をしている。
「どうした少年。そんなにしょぼくれた顔をして」
純は天国から地獄への階段を一気に転がり落ちてきたような濁った目でチャベスを見た。反応が鈍い。
純は「はっ、チャベスがしゃべったッ!」といって、ドタッと肘から崩れた。
どうやらチャベスがしゃべれるようになったことをショックのあまりに一時的に忘れてしまったようである。
「おいおい、寝ぼけているのか、少年」
チャベスはやれやれという風に純の懐にこつんと頭突きをした。
「ああ、しゃべれるんだったな……ってチャベスッ! 弥恵の俺に対しての仕打ちをどう説明してくれるッ! 精霊の力とやらはどこのどこにどこいったんだよ!」
純は磯臭い頭をくしゃくしゃと掻き乱し、煩わしそうに頭を掻いているダックスフントを問い詰める。精霊の力をあまり信じていなかったくせに、純は全ての責任をその力に擦り付けようとしていた。そうでもしなければ妹に吊るされたことの悲しみで精神が破綻してしまう。
感情が体の中を一回りしたのか、純は「ぐすん」と弱々しく涙を流し始めた。
「や……弥恵に……ぐすん……嫌われちゃったよ……ぐすん」
チャベスはやれやれと短い前足を純の膝にぽんと置いた。
「まあ、フロに入って涙と一緒にお互いの汗を流そうじゃないか。な?」
やけにじじ臭いことを言う犬がいたもんだ。純は涙を拭いて頷いた。
まあ、裸同志で語り合おうということになった。
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