第3話 命日 

「ただいま」

「おかえり」

同居人が帰ってきた。

冷蔵庫を開けた同居人は、中の箱を見て首をかしげる。

「今日なんかの記念日だったっけ?」

「まあね」

「…覚えてないって言ったら拗ねるよね~?めんどくさいな」

「おい。聞こえてるぞ」

苦笑して向き直ると、マジで焦ってると言わんばかりの顔。

「今日はね、俺の命日」

後ろ手に構えていた包丁を、無防備な手のひらに押付けた。

「病気になっちゃった」

シャツのボタンを外す。

外気に晒された胸が、ひくりと上下した。

「種…まさか、」

節くれだった指が、心臓の真上をなぞった。

「まだ発芽はしてない。だから、まだ死なない」

だから。

「殺して?」

この病気になった者を殺しても、罪には問われない。

患者が、殺人に同意していた場合に、限って。

同意書にサインする前の俺みたいに、震えた手をとって。

包丁ごと自分の胸に導いた。

「多少痛くても、文句言わないから安心しろよ」

「やだ、なんで俺が」

冷たい包丁が、震えた。

「なんで、」

まあ、冷静に考えて。

「無理か、帰ってきたら『殺してくれ』とか。俺だったら嫌だね…」

カランと落ちた包丁と、抱きしめられる裸の胸。

肩を濡らした、大粒の涙。

「生きたくないのかよ、馬鹿野郎…」

ズヒッズヒッと、みっともなく泣くもんだからさ。

「バイキング帰ってからにしろよ~!なんでいっつもタイミング読まないかな!?」

「おいおい、そっちかよ」

泣きじゃくる背中を、あやすのが精一杯だったんだ。

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