第2話 宣告
「起動パルスが確認されました」
「そんな、」
胸の異物感が不快で、病院を訪ねた。
起動パルス。
最悪の結果に、思考の一切が停止する。
「辛い選択を、してもらわなければなりません」
「…はい」
言葉とは裏腹に、差し出された承諾書に迷いはなく。
言葉とは裏腹に、震えてペンを取り落とし、ノックすらまともに出来ない、震える利き手。
【私はやむを得ない殺処分および自害に同意します】
「血判を」
「はい」
朱肉に押付けた指先は、血を流したように真っ赤で。
「俺は、こんな風に血を流すんでしょうか?」
「この病の対応策として、特別な薬品を使った安楽死が認められています。痛みや苦しみを感じることはありません。眠るより早く、楽になれます」
せめてもの慈悲、か。
白い紙に自分の朱い指紋をべったりとつける。
差し出されたタオルで指先を拭うと、医師は傍らのスキャナで、書類をデータ化した。
「発芽が確認され次第、入院していただきます。これを」
検査結果が出たときから、一式用意されていたのだろう。
逃亡防止の首輪と揶揄される、バイタルデータ採取用の端末を、有無を言わさず手首に巻き付けられる。
「特別防水仕様ですので、そのまま入浴していただいて構いません。体調に変化があったら、すぐに受診してください」
「はい」
「後悔の、ないように」
会計を済ませ、バスに乗る。
途中下車して、中心街に立った。
その中の一軒、洒落た外観の店で、特別な日にしか買わないケーキを買う。
いつもは健康のためと歩く道を、今日はバスに乗って帰った。
「ただいまー」
同居人は、言いつけを守って、皿を洗ってから家を出たらしい。
人気のない、生活感に溢れたマンションの一室。
冷蔵庫にケーキをしまって、ベランダに干していた洗濯を取り込んだ。
『今度の週末さ、空いてる?』
『空いてるけど、どうした?』
『ケーキバイキング!付き合ってください』
『いいよ』
ああ、そうだった。
ふと思い出した週末の予定。
そんな話をされる前に、胸の不快感はあったのに。
『胸が痛い?』
『なんかね。息苦しいっていうか、なんというか』
『病院行きなよ、もー…チケットとる前に言ってよ…』
大袈裟に顔を顰められて、ちょっとだけ罪悪感。
『明日仕事半休とっていってくるわ。週末はキャンセルしなくていいよ』
『フラグたてんなって?はいはい、なんともなきゃいいね』
心配してんだか、してないんだか。
「ごめん、」
せっかく乾いた洗濯物が、溢れた涙で濡れていく。
「ごめんな、ごめん…!」
堰を切ったように溢れ出す涙は、自分の意思じゃ止めようがなかった。
「ごめん、ほんとごめんごめん、ごめん、ごめんなさい…!」
手にしていたのは、同居人のTシャツだった。
お気に入りで、夏になるとよく着た半袖のシャツ。
真っ白な生地を涙が濡らした。
「ごめん、な」
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