【5】黒い爪【ライ目線(後)】

 ライは聞きなれない言葉に、すっかり自分の中に興奮という名のたぎる炎が湧き上がってくるのを感じていた。


“ Schwarz Nagel (シュヴァルツ ナーゲル) ”、と話し始めたシュナウザー神官の目も、同様に興奮で眼鏡の奥が光っていた。


「シュヴァルツナーゲル、つまり “ 黒い爪 ” と呼ばれる組織がある。リーダーが誰か、何人で構成されているのか、など一切の情報は得られなかった。この組織の実態を知る者こそいないが、組織の狙うものは分かる」


 シュナウザー神官はごくりと喉を鳴らすと、ゆっくりと告げる。


「大神殿奥深くにまつられている、秘宝」


「秘宝!?」


「という話だ。詳しくは分からん」


 シュナウザー神官によると、黒い爪という組織については、以下のような事柄が主に確認されている。


数年前、新勢力として台頭してきた大規模窃盗団である。

神殿や全世界に7つしかない大神殿を主に狙っている。

特に大神殿では、内部からとある秘宝を盗み出している。

黒い衣装と仮面を身につけた姿が、方々で目撃されている。

いくつかの神殿は、黒い爪により壊滅的なダメージを受けている。

行方不明者は数知れず、犠牲者の数も計り知れない。


などである。


ーーーーー117ーーーーー


「実は、私自身も大神官から直々に依頼されていてね、内密に黒い爪について調査をしていたところだ」


「もしかして、昨晩から出かけていたのも?」


「今回の外出の目的は違う。完全なる別件だ。大神官代理として、とある会議に出席していた。これは、君の知るところではない」


 この話を早く切り上げたいのだろうか、シュナウザー神官は再び黒の爪について話し始めた。


「幾度か下っ端の構成員とまみえる機会があったんだが、ことごとく尋問に失敗してね。連中、口々に同じ言葉を発したかと思えば、決まって同じくらいの時間で自害を図るんだ」


「同じ言葉ですか?」


「そう。組織の人間は、何やら聞き慣れない暗号のような言葉を用いるようだが、その中で唯一聞き取れる言葉がある。 “ Drache ドラッヘ ” つまり、龍だな」


 ここにきて、ライは1つの事柄が脳裏によぎった。リヒトや大神官が、周囲からひた隠しにしてきた “ 龍珠リュージュ ” である。しかし、何年…下手をしたら数百年もの間、歴代の大神官達が秘密にしてきたものである。それを、自分の意志だけでシュナウザー神官に告げていいとは思えない。


「ん?どうした、ライくん。さっきから様子が変だが。なにか…?心当たりでも?」


と、ライの顔をいぶかしげに覗き込むシュナウザー神官に


「いえ。特にはなにも」


と、ライは返すに留まった。


ーーーーー118ーーーーー


 気まずい空気が漂う玄関ホールに、空気を一新する存在がやってきたのは、守衛宿舎にきてまだ間もない頃であった。


「シュナウザー!おーまーえーーー!」


 怒号を従えてやってきたのは、この神殿でNo.3と言われている神官。【Adler アドラー神官】である。


 アドラー神官は、年齢はシュナウザー神官よりも30歳は上の、60歳代(推定)である。黄色い派手なロングローブがトレードマークであり、黒々とした髪の毛を後ろに1つに束ねている。年の割には足腰がしっかりしており、。シュナウザー神官がやってくるまでは大神官を継ぐ者として、名実共にNo.2の座をほしいままにしていたため、シュナウザー神官が大神殿に来て以来目の敵にしている。


「なんだ。あなたでしたか、アドラー殿。相変わらず、ツイてるらしく、結構なことですね」


「なんだ、じゃないわ!この大神殿の一大事に何やってたんだ!?」


「何、と?大神官様希望で、代理として会議に出席してきただけですよ。アドラー殿こそ、一大事に何してらっしゃるんですか。大神官様はどうなされた?いつも、大神官様に金魚のふんのようにつきまとってたわけじゃなかったのですか」


「ぐぬぬ。うるさいわ!生意気な若造め。っと、そんなことはどうでもいい。私はライに用事があって来たんだ。シュナウザー、お前はどっか行ってろ」


 アドラー神官はそういうと、面倒臭そうにシュナウザー神官をしっしと追い払った。


ーーーーー119ーーーーー


 ライと2人きりなったことが確認できると、アドラー神官は慌ててライに駆け寄ってきた。幾度も転びそうになっている様子から、かなりの緊張感が伝わってくる。


「ライ、無事でなにより。ところで、リヒトはどうした?一緒ではなかったのか?」


「アドラー様こそ、ご無事で本当に良かったです。リヒトとは、黒い仮面の男達に捕まりそうになった際に、はぐれてしまいました」


「なっ!?なんと…そうか…」


 アドラー神官は考えていることがすぐに顔に出るため、非常に分かりやすい。用があったのは、本当はではなく、であったことが容易に推察される。


ここでも、ライの胸がチクリと痛んだ。


「リヒトに何か御用でしたか?」


「あ、いや。この際、リヒトじゃなくて、良い。わしはとある大事なものを持っていてな。これは、大神官様とわしともう1人の神官しか持っていないものだ。ライよ、秘密にできるか?」


「もちろんです。お約束いたします」


「特にシュナウザーには絶対に悟られるよう、良いな?」


 再度アドラー神官は玄関ホールにライと2人きりであることを確認し、厳かにロングローブの中に隠してある物を取り出した。


ーーーーー120ーーーーー


「まずは、これ」


しわがれた神官の手のひらには、1つの鍵が握られていた。


「これ…は?」


「大神官執務室の鍵だ。これがないと、執務室は開かないことになっておる」


 ライはアドラー神官の震える手から、銀色のびついた鍵を受け取った。


「わしにはやつら(黒い仮面の男達)から身を隠して移動することが難しいのでの。身軽なお前にたくした」


「お役目、引き受けました」


「それから…」


 アドラー神官は、ますます身を強張らせると、ライにおいでおいでと手招きをする。


「お前は、例の大神殿の本殿奥にある秘密の部屋…つまり龍珠について、すでに聞き及んでおるのだったな?」


「はい」


「ならば、話は早い。次に言うことは、確実にリヒトに伝えてくれないか」


 ライの胸が激しく締め付けられる。動悸どうきは速まり、息も苦しくなってくるのを感じる。それでも、ライは顔に出さないようにして、アドラー神官に深く頷き返した。


ーーーーー121ーーーーー


「龍珠を、絶対に台座から離してはいけない」


「分かりました。それを、リヒトに伝えればいいのですね?」


「そうだ。ライにしかこれは頼めぬことだからな。よろしく頼む」


「伝言と、鍵はしっかりと受け取りました。ご安心ください、アドラー様」


 念を押すように、アドラー神官は鍵を握るライの手を上から握ってくる。


「良いな。何があってもだ。絶対に、だぞ」



 時間がないこともあり、エレナや子供達をりんさんに託し、ライは当初の目的である厩舎へと向かうため、1人守衛宿舎を後にした。


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魔法学園 ーゼロー 月冴(つきさゆ) @Tsukisayu

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