【4】シュナウザー神官【ライ目線(中)】

 東側にあるこの寝殿の裏口から出ると、歩いて2分ほどの距離に守衛室がある。


 守衛室の扉に近づくと、中からヒソヒソと話す人の声が聞こえてくる。恐らく5人程度は中にいるに違いない。


 ライが扉をトントンと叩くと、扉の上部についている覗き窓がカタンと音を立てる。その覗き窓に2つの光る眼が、暗闇の中からライを真っ直ぐ見つめている。


「誰だ?名を名乗れ」


「俺です、ライです。それに、エレナも一緒です」


「本当だな?お前達、2人だけか?」


「当たり前ですよ、


 警戒していた声は、“ りんさん ” という名前を聞くとホッとしたのか、すぐにかんぬきを外し扉を開けた。


「ライくん、無事で良かった…っ!」


 守衛のりんさんは扉を開けると、ライに抱きついてきた。その顔は、すでに涙でぐしょぐしょに濡れている。トレードマークのりんごのように真っ赤な髪は、黒い男達の襲撃時には寝ていたのだろう…寝癖がついて、毛先があっちこっちにピンピン跳ねていた。


「りんさんこそ!無事で本当に良かった!」


「とりあえず、中に入りなよ」


そう言うと、りんさんはライとエレナの2人を手招きし、守衛室の中へと通してくれる。2人が中に入ると、周囲を幾度も見回して警戒をし、再び扉を締めると閂を下ろした。


ーーーーー111ーーーーー


 中にはりんさんを含め、2人の大人と、3人の子供達がいた。全員がライが日中勉強を教えている子供達である。


「みんな!無事だったんだね!本当に良かった…!」


「ライお兄ちゃん!」


「おにいちゃん、怖かったよぉ」


「僕達、いい子におとなしくしてたよー」


「ライ氏が来てくれれば百人力だね。どうにかなりそうだ」


 3人の子供達はライの姿を見ると飛びついては、口々に不安や安心感をライにぶつけ始めた。ライはあまり話したことはないが、去年ここ大神殿に赴任ふにんしたばかりのりんさんの後輩の守衛さんも一緒で、彼もさぞかし不安だったのだろう。10も年下のライの姿を見て、ようやく安心できたとばかりに、ホッと胸を撫で下ろしている。


「もしかして、今日はりんさん非番だった?」


 ライは守衛室の扉の小窓を小さく開け、外の様子をそっと伺っているりんさんの背中に話しかける。


「そう。こいつと2人で非番だったんだよ。いつも通り22時には就寝してたんだけど、門の方があまりにも騒がしくって、一緒にいたやつに門の見張りに言伝ことづてを頼んだんだが。そいつも帰ってこないし、門番からの連絡も一向になくってね。そしたら、外を怪しい仮面を着けた男どもが駆けて行ったもんだから、慌ててここに隠れたってわけさ」


「この子達は?」


 ライは自身の体に引っ付いて離れない3人の子供達の頭を撫でながら、りんさんへの質問を続ける。


「そいつらは、すぐ東側の寝殿で寝てたらしくって、さっきここに逃げ込んできたんだよ。すでに、そいつらより前にー」


「もしかして、守衛宿舎には30人くらい隠れてる?」


「そ!そうなんだよ!すごいね!何で分かったんだ!?そうそう。宿舎にはすでに20人ほど送り届けたから、これから俺達もそこに移動しようかと思ってね、外の様子を伺ってたところだったんだよ。君達が来てくれて、ちょうどタイミング良かったよ」


ーーーーー112ーーーーー


 りんさんや子供達、それにエレナの身の安全を考えれば、ここ守衛室よりも奥まった場所にある守衛宿舎の方が遥かに安全に思える。守衛宿舎は背の高いトウモロコシ畑とりんごの木々に囲まれた場所にあるため、大寝殿の地理に明るくない者には到底見つけられないからである。移動するならば、付近に人の気配がない今のうちが最も都合がいい。


 ライは10秒ほど周辺に気を配ると、少なくとも門や守衛室、守衛宿舎の辺りに人気がないことを確認する。


「りんさん、みんな。とりあえず、この場を今すぐ離れよう。この守衛室は門から近いし、今は黒仮面の男達が付近にいないからといって、また彼らが来ないとは限らない。迅速こそ命だ。大丈夫。今は外は安全だ」


「分かった。ライくんがそう言うなら間違いない。すぐに移動しよう。みんな身の回りの物は準備できたかな?」


 りんさんの幾分明るくなった口調に、子供達が口々に返事をする。すると、早々に身支度を終え、ものの30秒もしないうちに扉のする前に全員が集合する。普段からどんなに小さくても仕事や役割を割り当てられている子供達は、ライが思っていたよりもずっとしっかりしていた。


「じゃあ、行こう」


 扉を開けた守衛の後にライが続いて外に出ようとしたとき、最後尾にいたりんさんが何かを思い出したように


「あ!10秒で戻ってくるから、ちょっと待ってて」


と手を挙げると、りんさんは守衛室の奥にある食料庫に行ってしまった。宣言通り、10秒も経たないうちに、りんさんはパンパンに膨らんだ何かの袋を肩に下げて戻ってくる。


「これ」


りんさんはいつも門の前でするような仕草で、袋から赤いものを取り出すと、ライに投げてよこす。


「りんごね」


「腹が減っては戦はできぬ。だからね♪」


ーーーーー113ーーーーー


 守衛2人にはさまれる形で、ライ、子供達、エレナと1列になって守衛宿舎へと移動する。


 ライが最後尾につこうとしたところ、


「こういうの(しんがり)は、大人の役目だから」


と、りんさんは率先して1番危険な場所を受け持った。


本当ならば周辺の音が聞き取れるライが1番最後尾に適しており、りんさんにだけは “ サトリ能力 ” について話しても良かったのだが、今は緊急を要するときなので仕方がない。


 守衛室から出ると、すぐに大きなりんごの樹がある。それから秋に収穫されるはずの、子供達の身の丈よりも大きなトウモロコシ畑の中を、なるべく音を立てないように静かに通っていく。トウモロコシ畑を抜けるとすぐに、寝殿の半分ほどの大きさしかない建物が見えてくる。守衛室から宿舎まで、時間にして子供の足でも10分ほど。


 ライ達一行が建物に近づくと、気配に気づいた守衛の1人が宿舎の大きな扉を開け、中から “ こっちこっち ” と手招きをする。


 子供達とエレナを真っ先に中に入れ、りんさんを残した全員が中に入り、ライが外にいるりんさんに呼びかけようとしたところで、背後で大きな爆発音が上がる。さらに爆風により巻き上げられたであろう木々や建物の破片が、一斉に遠くの空に舞っているのが見える。西側にある寝殿辺りから火の手が上がっているのが見える。


「りんさん、急いで!」


 ライが叫ぶと、しんがりを務めていたりんさんがトウモロコシ畑の中から飛び出してくる。


ーーーーー114ーーーーー


 すると、りんさんの後ろのトウモロコシの葉がカサカサ動いていることに気づく。


夜目にも分かる特徴的な赤いナイトガウンと、月明かりに照らされた眼鏡のガラス面を光らせながら走ってくる人物が、トウモロコシの葉を押し退けて飛び出してきた。


「シュナウザー神官さま!」


「君達、無事か!?」


「シュナウザー神官さまこそ、ご無事で!とにかく、中へ」


 ライが扉を押さえている間に、りんさんとシュナウザー神官は、急いで守衛宿舎の扉の中へと飛び込む。


 扉を閉めるや否や、シュナウザー神官がライにつかつかと歩み寄り、矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。早口なのはいつもと同じだが、どことな冷静さを欠いているように見える。


「ライくん。私はたった今門を通ってきたんだが、門は壊れているし、門番もいなかった。それに、門の外にあるべき守護像も壊れていた。遠くからも分かるほどに空が赤かった。遠方では建物も燃えているのではないのか?何か一大事が起きているのではないのか?」


「シュナウザー神官さまも、ご存知ではないのですか!?もしかして、外出されていて、ご無事だったのでは?」


「そうだ。昨夜遅くに大神官からとある用事を言付かっていたので、外に出ていたのだよ。用事が思ったよりも早く済んだので、1日早く戻ってきてみれば…いったいこれはどうしたことだ!?」


「ああ、シュナウザー神官さま、本当に良かった。何者かは見当もつきませんが、先程から黒い仮面の男達に大神殿は襲われているのです」


「なるほど………」


ーーーーー115ーーーーー


シュナウザー神官はしばらく黙り込むと、玄関ホールにいる全員の顔を見回した。


「俺は宿舎にいる子供達に、無事を知らせてくる。さ、エレナさんもこちらに」


と、りんさんはエレナを引き連れて、部屋の奥に行ってしまった。シュナウザー神官のただならぬ様子に気づいたのかもしれない。


 中央神殿より遥かに小振りで、東西神殿よりは幾分小さな玄関ホールに、ライとシュナウザー神官と2人取り残された。


 シュナウザー神官はライと2人きりになったことが分かると、それでもライにしか聞こえないように近づき、驚くべき言葉を告げた。


「黒い、仮面と言ったね?それは確かかい?」


「はい。私だけじゃなく、りんさんや他の子供達も仮面の黒い者達を見ています」


「ライくん、私はその者達に覚えがある」


ーーーーー116ーーーーー

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