【3】ライとエレナ【ライ目線(前)】
リヒトとエレナが再会した頃ー
ライはとある作戦を実行するため、大神殿の一角に向かっていた。
作戦と言えば聞こえはいいが、現状況が分からない状態で取りうる最善策がこれしかなかったのである。それは、南東にある
厩舎は大神殿の敷地内でも唯一湖に面した場所に離れて建っているので、敷地内のあちらこちらで上がっている火の手も、ここまでは届いていないと予測できた。実際、厩舎は侵入者の存在にすら気づいていないのか、静かなものだった。
ー約1時間前ー
黒ずくめの男達からリヒトを逃した後、しばらくの間ライは意識を失っていた。ほどなくして目覚めると、見覚えのある少女が、自分のすぐ隣に拘束されていることに気づく。白い礼服と髪に白い花の髪飾りを付けた…
「エレ…ちゃん?」
「………ん……あれ…」
ライが呼びかけると、すぐにエレナが目を覚ます。どうやらエレナも黒ずくめの男達に捕らえられた後、気絶させられていたようだ。気絶させられていたときの後遺症だろうか、エレナは時折目を回すような仕草をすると、
ーーーーー101ーーーーー
「エレちゃん?大丈夫か!?」
「あ、ごめん。ちょっと頭痛くって。でも大丈夫だから、心配しないで」
エレナはそういうと、いつもやって見せるように、ペロッと舌を出しておどけてみせる。
「ああ、無事なら良かった。それにしても、まさかエレちゃんも捕まってしまってたなんて。守ってあげられなくてごめんね」
「ライ…お兄ちゃん…?あれ…私どうしてこんなとこに?」
「いいから、話さなくても大丈夫」
ライはそう言うと、遠くから聞こえる雑音(周囲の人間の思考)から、エレナの意識だけを読み取ることに集中する。
しかし、不思議なことにエレナの思考は真っ白で何も聞こえない。もしかしたら、ショックのあまり頭は
それに、ライ自身もこの “ サトリ能力(テレパシーのようなもの) ” を会得したばかりで、完全に使いこなせているわけではない。実際、意識を読み取りたい相手と直接接触していない状態でこの能力が発現するかどうかも、まだライには分からない。
「エレちゃん。しんどいかもしれないけど、ちょっとだけ捕まったときのことを教えてくれないかな?」
「確か…寝室で寝てたら、黒い大きな男の人達が部屋に侵入してきて、いきなり頭に袋みたいなもの被せられたの。その後は…気づいたらここにいた感じ…かなぁ」
「そうか…」
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ライがリヒトを逃したのには、理由がいくつかある。
まず、自分よりもリヒトの方が運動神経が良く、逃げ足が速いので逃げ切れる確率が高いこと。それに、彼がこの大神殿の敷地を1番理解していること。実際、駆けっこでは1度もリヒトに勝てたことはないし、隠れんぼでも彼が鬼になったときに、見つかる確率は50%を超えていた。特に、この1年はどんな遊びであろうとも、ライがリヒトに勝てた試しがない。本人はそのことに無頓着なようだし、気づいてすらいないのかもしれないが。
また、敵の侵入した目的の全ては分からないが、2人の内どちらかは確実に捕らえるのが目的だと言う。2人同時に捕まってしまっては、彼らの目的のいくつかが達成されてしまうことになるので、敵に明らかに有利になってしまう。(仮に情報を聞き出すことが目的で捕らえられたなら、2人の内どちらかが先に口を割るかで悩まされることになる。もしくは、お互いがお互いを盾にされる状況も考えられる。)
つまり、機動力のある自分かリヒト、どちらかが無事でいることが重要だということ。
それに、ライは自分1人ならば、
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さらに、大神官がまだ敵の手に落ちていないことも、大事な要素であった。リヒトにも伝えたが、大神官を探すことが最も重要で、聡明な大神官さえこちら側にいれば、全体の生存率が格段に上がる。
リヒトの魔力がどれほど開花しているのかは分からないが、彼は元々人探しが得意である。自分が知りうる限り、リヒトが最も有能で頼りになるし、彼ほど信頼している人はいない。
《リヒトなら大丈夫だ。きっと、なんとかしてくれる》
ライは胸にかすかな違和感を覚え、思わず胸を押さえる。
ライは人知れず努力をして、全てにおいて1番を治めてきた。勉強も遊びも。
ライにとって、神官達や子供達の期待を一心に受け、裏切らないのが生き甲斐でもあった。
どんなにつらいときでも笑顔を絶やさず過ごしてきたのも、笑顔でいれば嫌われることもないし、
それなのに、自分の気分次第で行動し、気に入らないことがあれば喧嘩もじさないリヒト。神官の言うことは聞かなければ、大神官の言いつけさえ守らないこともある、大神殿始まって以来の問題児。その結果怒られようとも、まったく気に病むこともなければ、更に困らせることをしでかす。それなのに、いつの間にか周囲の誰もが笑顔になってしまい、気づけばリヒトのペースで動かされてしまう。
最終的には誰よりも愛されている、それがリヒトという男なのだ。
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そんな1つ歳下の男に負けないよう、再び寝る間も惜しんで努力する日々。ここ最近では、努力すること自体が辛くなってきていた。いつからか、ライは全てから逃げ出したいと望み始めていた。大神殿からも…仲間からも…
そう思っていた矢先の、リヒトの 「“ 特例 ” を使い、大神殿から出ていく」発言だ。
聞いたときには、なんて
それは、ライの中にこれまで沸き起こらなかった、不思議な感情だった。
ライの胸が、再びチクリと痛んだ。
《リヒトは本人すら気づいていないが、物凄い潜在能力を秘めている。だから、彼には自由に羽ばたいて欲しい》
そう心から願い、ライは大神殿に残留することに決めた。
《悔しいからリヒトには言わないけどな》
「とりあえず…ここから逃げることが先決だな」
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幸い、手の拘束はすぐに外れた。相手が子供だと思って、敵が油断していたのかもしれない。あるいは、手錠を外したところで、この監獄のような部屋からは脱出できないと、たかを
しかし、そこは持って生まれたライの器用さが発揮されることになる。
ライはエレナの拘束を解くと、すぐに室内の状況を把握するために、薄暗い室内の壁や扉、床の隅々に至るまで念入りに調べ始める。壁も床も石造りでできており、壁はレンガが密に積み重ねられている。反省塔の造りに非常に
「ここ、反省塔に似ているな。けど、窓もないし、部屋の作りも鏡に映したみたいに正反対だ」
そこを入念に叩いて調べているとき、エレナが妙なことを言い出した。
「ねえ、ライお兄ちゃん。知ってる?ここって、女の子達の間でよく話されてる都市伝説があるの」
「都市伝説?」
「うん。本殿の廊下や、寝殿のあちこちにある鏡の前をね、真夜中に1人で通るとね…」
「う…うん」
「なぜか、鏡の中に映る自分が止まるんだって。それでね…?こっちを覗き込んできて、じーっと見つめたまま動かなくなるの。でね…?その時に、不思議な音楽が聴こえてくるのね…」
「ええっ!?聴こえて…?」
「そこで、 “龍神さま、龍神さま。どうか好きな人と両想いになれますように” って、音楽が流れてる間に唱えるとね」
「うん…?」
「翌日には、好きな人に告白されるんだって」
「へ?」
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「どう?素敵な話でしょ」
「なんだ…怖い話かと思った」
「怖いでしょ?だって、もしも翌日に好きな人から告白されるより前に、自分から告白しちゃったら、その子は死んじゃうんだよ」
「ええっ!?それ、本当?というか…俺そんな話初めて聞いたよ。エレちゃんその都市伝説、もしかして信じてるの?」
「どうかなぁ………?実は、私も昨日の真夜中に起きたときに、廊下の鏡の前で覗き込んでみたらね、覗き返されたの。それでね…噂通り音楽が聴こえてきたから…唱えてみたら…」
「そしたら…?」
「そうしたらね……………続きは内緒」
「内緒かよー!」
エレナは楽しげにくすくす笑うと、急に真顔になって、心なしか不機嫌になる。
「だって、言ったらご利益なくなるじゃない。んもう…ライお兄ちゃんなんて知らないっ」
ライは照れたような困ったような笑顔をエレナに向けると、不意に壁の一角の前で立ち止まる。
「じゃあ、俺からも都市伝説1つ。ここは元々
ライは話しながら、、壁のレンガの1つに手を置く。それから、レンガを内側にグッと強く押してみる。
「こういうところに…秘密のスイッチがあって」
すると、強く押したのとは離れた場所にあるレンガの1つがポロッと床に落ち、崩れ落ちる。 ぽっかり空いた部分に、取っ手のようなものがあった。
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ここまで来たら、怖いなどとは言ってられない。外に見張りがいないことを確認し、ライは
壁の向こう側からガタガタゴトゴトと、何か硬いものが移動する音が響き、間もなくレンガの壁にぽっかりと穴が出現した。
「本当にあった…!」
「すごい!ライお兄ちゃん、あったまいい!」
「驚いたな。神官達の単なる噂話かと思ってた」
穴の中は真っ暗だが、中からは風が室内に向けて吹いてきている。この穴が、どこかへと通じていることは確かなようだ。
「案外、都市伝説には真実が含まれてるものなのかもしれないね」
ライは部屋の壁に掛かっている
「エレちゃん?」
「………」
「心配しなくても大丈夫だよ。松明の火が灯っているということは、この穴の中には空気が満ちているということ。風の流れを
「………」
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すっかり黙り込んでしまったエレナの吐く息を背中に感じながら、ライは真っ暗な穴を進んでいく。相変わらずエレナの思考は聴こえてこないが、真っ暗闇の中からできるだけ急いで抜けないといけない。
そうこうしているうちに、遠くの方に小さな灯りが見えてくる。監獄のような部屋から、距離にして500mほどだろうか。途中分岐する細い道はいくつかあったが、壁に左手を付き、壁伝いに進んでいく方法をとったおかげで、迷うことなく反対側へと到達する。
「予想通りどこかに通じているようだ。ほら、エレちゃん。明かりが見えてきたよ」
「………」
明るくなった出口を抜けると、そこは守衛舎にほど近い寝殿の廊下であった。どうやら扉代わりに設置してある鏡が半透明状になっており、明るい外からは暗い内部がほとんど見えないようになっているため、ここに隠し通路があったことに誰も気づかないと推察される。
「都市伝説の元ネタは、もしかしたら隠し通路を知ってる誰かが仕掛けた “ いたずら ” かもしれないね」
その時、不意にライの頭の中に声が聞こえてくる。
『ライお兄ちゃん…怖い…私怖い…』
その声は、消え入りそうな声でライを呼びかけるので、思わずライは振り向きざまにエレナの腕を掴んだほどである。
「エレちゃん?どうした!?」
しかし、エレナはいきなり腕を掴まれたことに驚いたのか、
「触っ…るなっ…!」
とライの腕を振り解くと、2、3歩
しかし、次に顔を上げたときには、いつも通りの笑顔に戻っていた。
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ライは1m離れたエレナの顔を心配そうに覗き込む。本当は気の利いた言葉の1つでもかけたいものだが、なぜだか今のエレナにかけていい言葉が見当たらない。
「エレちゃん。本当に大丈夫なの?もし怖いなら、俺が先に外を見てくるからー」
「ねえ。この間からずっと不思議だったんだけど…」
「ん…?」
「もしかして、人の心が読めるの?」
「そんなわけないよ。人の心が読めるだなんて、ありえないよ」
エレナがいきなりライの話を遮るようにして質問するもんだから、ライはとっさに嘘をついてしまった。エレナはガラス玉のように澄んだ瞳でライの顔を覗き返すと
「そう?赤い珠の話は?龍の瞳については?」
と詰め寄ってくる。
「あれは、リヒトや大神官様のお話だから、俺は詳しくは知らないよ」
ライはできるだけ平静を装っていたが、内心は心臓が飛び出そうなほどバクバクしていた。
「そう。だったらいいんだけど。さ、行きましょう」
エレナは再び笑顔を浮かべると、
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