【4】黒い箱

 いつも街に来ると必ず立ち寄る本屋の店主は、ライに書籍をいくつか差し出すと、俺には理解できないような話を2人で始める。


 俺は作者談議に花を咲かせている2人を横目に、さっきのお菓子がやはり気になって仕方がない。しかし、いくら露店を見つめていても、欠伸どころか赤いお菓子自体が見つからない。


それを、街の様子に驚いていると勘違いした店主が、ご自慢の髭をさすりながら楽しげに話し出す。


「にいちゃん達、こんなんで驚いてたら大変だぜえ。祭り本番はこんなもんとは比べもんになんねえ。18時過ぎたらもっと騒がしくなるし、ここの景色は一変する。きっと、にいちゃん達びっくりして、腰抜かしちまうかもしんねえな」


「祭り?もっと騒がしくなるって!?それって、もっと美味そうなものが食えるってこと?」


「おうよ!美味いもんだけじゃなく、世にも珍しい楽団も来るっていうからな!世界中を旅してる有名な楽団らしいから、にいちゃん達も見て行くといいぜえ」


「それって、それって!何か祭りの開始の合図とかあるのかなぁ?」


「おう、でかいほうのにいちゃん(リヒト)は祭りに興味津々かい?18時30分ちょうどに派手に花火が打ち上げられるから、それで楽団が見られるはずだぜ。去年はそれはそれは見事な花火が夜空に舞ってその後…」


「ライ、聞いた?世にも珍しい楽団だって!」


「横断幕にも書いてあった旅楽団のパレードか。18時半からか…って…おじさん、ありがとう!残念ながら俺達は18時前にはここを出るから、お祭りには参加できそうにないや」


「うぇぇ…ちょっとくらい過ぎても良くない?ぶーぶー」


ーーーーー22ーーーーー


「ほら、リヒト。時間もなくなってきたから行くぞ」


「ライのケチ~」


「ケチとかじゃない。俺も楽団は気になるけど、言いつけは守らないと」


 結局、ブーブー言いながらも、時間も17時を回ったこともあり、ここに来た1番の目的である生地屋きじやへとやってきた。


 外の喧騒けんそうからは隔離された異空間のように、内部はひっそりと静まり返っている。どことなく、肌に触れる空気も重く冷たい。


 店内の照明は薄暗く保たれており、壁一面に並べられたたなに、生地が所狭ところせましと並べられている。薄暗いはずなのに、生地のいくつかははっきりと柄が分かるほど、それ自体が光源を放っているように明るい。


「すいませーん」


 店に来てから5分ほど経過しているのに、一向に姿を現さない店主にしびれを切らし、俺は店の奥に向かって呼びかける。ライはとある生地を手に取り、夢中で眺めているようだったが


「お前さん、その生地が気になるかえ?」


「うわ…!」


と、背後から呼びかけてくるしゃがれ声に、思わず手にしていた生地を取り落としそうになる。


ーーーーー23ーーーーー


「ひあ…!」


 珍しく声を上げるライに驚き、俺の方が恥ずかしいほど頓狂とんきょうな声を出してしまった。


「お前さんの連れはまた随分…くふふ。まぁ、いいじゃろう。お前さん、その生地を気に入るとは、かなりの目利きのようじゃな。たくさんある生地の中から、何故なにゆえそいつを “ 見つけた ” んじゃ?」


「え?見つけ…?いえ、何となくです。本当に何気なく…いや…何でだろう?」


「まぁ、そういうもんじゃろうて。どうだえ?タダでそいつをやってもいいんじゃが?」


「あ…いえ。さすがに、タダでいただくわけには」


「そうかえ?いずれにしても、その生地が持ち主を選ぶじゃろうから…っと、これ以上はわしの言えることではなかったわい」


「……?」


 いつも時間には厳格なライが、すっかり時間を忘れ、不思議な布地に没頭ぼっとうしてしまっている。気づけば、時間もあっという間に18時10分前になってしまっていた。


ーーーーー24ーーーーー


「お、おい、ライ!もうこんな時間だぞ!?」


「まずい。生地屋のおじさん。大神官がお願いしていた例の生地は…?」


「ああ、そうじゃったわい。一応、念のために…証明書出してもらえんかの?」


「こちらですね」


そう言って、ライは上着の内ポケットから大事そうに1枚の黒い封書を取り出した。見たことがない封書には、宛名あてながなく、ただ金色のシーリングワックス(封蝋ふうろう)で封印が施されているようだ。


店主はその封書を取り出した虫眼鏡で入念に調べると、ライに再び封書を渡し、店の奥へスッと消えてしまった。


 そして数十秒の後、1mほどの長さの箱を、大事そうに両手に乗せて戻ってきた。


 その箱は封書と同じく黒色で木のような材質でできており、よく見れば箱の角がへこんでいたり無数の傷がついていたりで、酷く年代物のように見える。


店主はしわがれた手の上に乗せた箱と、俺とライとを交互に見ると


「この箱と封書とは、同じ人物が持ってはならぬ。ほれ、そこの力のありそうなでかい方の小僧」


と、俺に向かって黒い箱を差し出す。


ーーーーー25ーーーーー


「お、俺?」


「そうじゃ、お前さんじゃ。いいかえ?1度受け取ったら、大神官殿に渡すまで、くれぐれも手から離すんじゃないぞい?例え、手が痛かろうが、体が重くなろうが…何が何でも離してはならん」


「なに!?何だか怖いんだけど…」


「いいかえ?目も離してはならんぞい?」


「えぇっ…!」


「覚悟せい、小僧!」


 いきなり店主は大きな声を上げると、恐る恐る差し出す俺の両手の上にいきなり黒い箱をドン!と乗せてきた。


 しかし、何てことはない。箱はたいして重くもなく、両手に何か衝撃があるわけでもない。ただの黒い古びた箱であった。


「なーんてな!ふはは。冗談じゃ。離すなというのは本当じゃが、何もそう恐れずとも良い」


「なんだよー。脅かすなよー」


「おじさん、意地が悪いなぁ」


若人わこうどをからかうのは実に愉快愉快!」


 その時、ふと背後に違和感を覚える。笑い声の響く薄暗い店内で、3人しかいないはずの空間に、別の “何か” がいる気配がする。それは人の視線というよりは、何か別の… “第4” の存在とも言えるような不思議な熱量を持っていた。熱いでも冷たいでもない何かが、自分達を遠くから観察しているようであった。


ーーーーー26ーーーーー


「ねえ、おじさん。このお店に、俺達以外の誰もいないよね?」


「?妙なことを言う小僧じゃな。カーニバルの準備で、本日は朝から店仕舞いしておるぞい。客はお前さん達だけじゃ」


「そう?だよね。うーん。おかしいなぁ」


「あはは。おかしいのはリヒトの方だよ。ところでおじさん。この箱について、俺達に教えられる限りの情報いただきたいんだけど。さすがに俺の大事な友達(リヒト)に持たせるには、ある程度の情報をいただかないと、恐ろしくって持たせられないよ」


「そうじゃな。儂もこの箱について、さして知っていることはないんじゃ。ただ、“ 100年に1回は大神殿の方に届けなければいけない ”んじゃと、先々々々代…つまり儂のひいひい爺さんからの事付ことづけでの。何でも、中には “とある魔物が封じてある ”とか、あるいは “ とある魔物から見えなくするため ” だとか…これ以上は儂の口から言えることは、何もないのじゃ」


「ふーむ。とりあえず、黒い箱自体は危険はないってことでいいんだよね?」


「そうじゃ。黒い箱と封書とが、ただ接触しただけでは、反応をすることはないはずじゃ。他に、重要な条件がそろったとき、箱が開くとか何とか…おっと!言いすぎてしまったわい。くれぐれも大神官殿には、ご内密に頼むぞい。まあ、箱がとって食いはせんから、安心せい」


ーーーーー27ーーーーー


 ライと店主が話しているところを、見るともなしに眺めていた俺の視界に、サッと何か黒いものが入る。その黒い影は、俺がまばたきをしている間に消えてしまったものの、背後からの気配が再び背中に注がれているのに気づく。



「ちょっと…なあ。やっぱり何か変だ。外に誰かいない?」


「あはは。リヒト、何を言って………」


 ライは最初こそ笑っていたが、不意に表情を曇らせると


「うん、確かに誰かいる…!?」


と店の入口に向かってスタスタと歩いていってしまった。


「ライ?お、おい」


「入口の扉も開く音はせんかったし、来客はあるはずないんじゃが…」


 店内に残された俺と店主とで顔を見合わせる。店の扉が開く音がし、その後再び扉が閉まる音がする。そして、まもなくホッとした表情のライが戻ってくる。しかし、ライの影の背後に何か黒い影がもう1つあることに気づき


「安心して。念のため店の周囲も見てきたけど、誰もいなかったよ」


「ラ…ライ!!!う、後ろ」


 振り返ると同時に、ひときわ驚いたライの声が店内に響いた。


ーーーーー28ーーーーー


「エレちゃん!!?何故ここに!?」


 そして、続けざまに店内にいた全ての人間が叫び声を上げた。


「あっ…きゃっ!」


「うわぁぁぁ!!!」


「ひいいっ!!!!!」


 それは、エレナを呼ぶ声に驚いた俺が黒い箱から目を離した一瞬のすきに、手に何か大きな衝撃が触れ、俺が黒い箱を落としそうになったこと。


次に、俺が落としそうになった箱を、ライが手で受け止めてしまったこと。


と同時に、箱がわずかに開き、何かが疾風のように飛び出したこと。


そのすぐ直後に、店の扉を開けていたエレナが、何かに突き飛ばされるようにして転び…俺とライが抱えていた黒い箱の上にエレナの体が乗ると、箱もエレナも宙に浮いたまま、店の外へと出て行ってしまった。


 全ての人物が叫び、その状況を把握しているのはどうやら店主だけだったが、ライはすでに店の外へと駆け出していた。


「まずい…まずいことになった。何で箱からアレが…いや、それより!こ、小僧!あの箱から…いや…箱を追うんじゃ!」


「分かった!!!」


ーーーーー29ーーーーー


 前を走るライの向こう側に、チラチラと宙に浮かぶ黒い箱と、黒い箱の下に何か赤いものが見える。しかし、赤いものは蜃気楼しんきろうのように、かすれては消え、消えてはわずかに実態を現す程度で、はっきりとは目には映らない。


「ら…ライ?赤いの!箱の下に赤いもの見える!?」


「は?何にも見えないぞ?それより、あと少しで手が届きそう!」


 黒い箱に少しずつ、けれど着実に近づいていく。


 ライの手が黒い箱に届くところまで、あと30cm…20cm…10cm…5cm…3、2、1cm…


というところで


ゴーン!ゴーン!ゴーン!


街中にけたたましい鐘の音が響き渡る。18時を告げる音のようだ。


 鐘の音に驚いたように、ほとんど同時に黒い箱が跳ねて転がり、エレナの体が宙に舞う。が、地面すれすれのところで、ライが彼女を受け止めたようだ。すでに黒い箱に乗り上げた時点で、エレナは気を失っていたようだったが、投げ出された衝撃で目を覚ましたらしい。


俺は俺で、転がった黒い箱の上に重石おもしのように乗っかり、ようやく捕えることができた。


ーーーーー30ーーーーー

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