【3】アインツベルグの街

「やあ!リヒトくんに、ライくん。今日もお使いかな?精が出るね」


 門を通過するときに、門のすぐ横にいる男性が声を掛けてくる。日中の門番を務めている守衛さんだ。この守衛さんは高齢の神官達とは違い比較的年も若く、子供達にも気さくに話しかけてくれるので、みんなの間では “りんごのお兄さん” 、もしくは “りんさん” と呼ばれて親しまれている。それは、赤い髪がりんごのようだという理由と、これだ。


「りんさん!おひさしぶりー!そうなんだ♪1ヶ月ぶりの街に、お使いに行ってくるよ♪」


「そっかそっか。今日は風の噂によると、街でなにかが行われるらしい。だから、ってわけでもないけど、はい♪いつものこれ、持っていきなよ」


と、りんさんはポケットからトレードマークであるりんごを1こ取り出し、投げてよこす。育ち盛りの俺達にとって、間食はとても貴重な栄養源となる。大神殿では徹底した節制が行われているため、おやつはなかなか許してはもらえない。なので、りんさんは孤児達にとっては救世主のようなものなのだ。


「俺達がいない間、大神殿を守ってよね」


と呼びかけるライに対し、りんさんがいつものように顔をくしゃっと紙を丸めたような笑顔で返す。


「お兄さんにまっかせなさーい!それに、ここを守ってるのは俺だけじゃないからね。ちゃんと、門には守り神様が宿ってるんだよ」


ーーーーー17ーーーーー


 大神殿は巨大な湖にぽっかり浮いており、ここから外に出るには、1本しか掛かっていない跳ね橋を通過しないといけない。1度だけ “外敵から守るため” この立地なのだ、と神官達が話しているのを盗み聞いたことがある。


「そいえば、ライ。君は来年には12歳だよね?11歳になったら、将来の配属について決めないといけないけど、どこに行くか決めた?」


「うーん…そうだね。誘いはいくつか受けているんだけど、俺はここの大神殿が好きだし、責任も感じているから、ここで修行を続けようと思っているよ。リヒトともずっと一緒に居られるしね」


「あれ、言わなかったっけ?俺は12歳になったら、ここから出て行くつもりだぜ?」


「え?まさか… “特例” を使うつもり?」


 ライの言う通り、ここで育った孤児達はもれなく神官の職にかないといけないことになっているが、その中でも選ばれた者だけが “特例” によって別の道に進むことができる。その特例に選ばれる条件は明らかにされていないが、過去にたった1名だけ神官以外になる道を選べたらしく、俺は密かに希望をもっているのだ。


何しろ、つまらない神官になるなど、まっぴらごめんだからだ。


「ライも当然特例を狙ってると思ったんだけど、違ったんだね」


「俺は…うん…大神殿への恩義は忘れてはいけないと思っているから」


「そっかぁ。じゃあ、将来は別の道に進むことになるな」


「そうだな。って、リヒト気が早くないか?」


ーーーーー18ーーーーー


 そうこうしているうちに、遠くに街の入り口が見えてきた。


俺達の唯一の “ 娯楽の街 ”【アインツベルグ】だ。


 街に着く前から、なんだか街の様子がいつもと違う。


 入り口には大きな横断幕おうだんまくかかげられており、人々がせわしなく行き来していたり、よく見れば街の上空には大量の風船が飛ばされている。


「もしかして、今日はカーニバルの日かもしれないね」


 俺が口を開くより前に、並走していたライがまぶしいものを見つめるように目を細めながら、街の方を指差す。


「カーニバル?」


 俺は耳慣れない単語に、ただただほうけた表情をライに向けたに違いない。


「ぷ!あはは。そんな顔するなよ。俺も詳しくはないんだけど、年に1回、夏の終わりに世界各地で収穫をお祝いするカーニバルが行われるって、書庫で文献を読んだよ。大神殿の神官達はお祭りには無頓着むとんちゃくだからか、誰も口にしたことはないけどね」


「さすがライ、物知りー♪じゃ、この美味しそうな匂いも、カーニバルとやらのおかげかな?」


ーーーーー19ーーーーー


 街の外に馬を横付けしたところで、どこからともなく香ばしく美味しそうな匂いが漂ってくる。


「本当だ。これは…いい匂いだね。ちょっとだけ用事の前にのぞいてみようか」


「だろ?よし♪ライの気が変わらないうちに行こうぜ」


 俺達は馬を門のすぐわきつなぐと、足早あしばやに門へと歩を進めていった。


 街の大きな門を抜けると、いつもにぎやかな街の中が、さらに華やかにいろどられていた。


 街のあちらこちらに色とりどりの飾り付けがされており、街の中心部にある巨大な噴水がある大広場を中心に、扇状に露店が並んでいる。さらに、普段は閑静かんせいな裏道から住宅街まで、ずらっと露店が続いている。


 しぼりたてジュースや、焼き立てのパン、香ばしく焼かれた鳥の丸焼きなど、目移りしながらも、俺達はその中からいくつか購入し、食べ歩くことにする。


「こんな美味いもん食ったことないや。ライもこれ食う?」


「いや、俺肉は食わないからー」


「ライ!あれはなんだ!?」


ーーーーー20ーーーーー


 ひときわ大きな露店に、子供達が大勢群がっている。その中心には、見たことがないカラフルな不思議な形のお菓子が並べられており、その香りがやたら食欲をき立ててくる。


「ライ!あれも美味そう!ちょっと買ってー」


「いかないよ?大神官様にあんまり買い食いするなって言われてるだろう?しかも、リヒト食い過ぎ。夕飯食べられなくなって、また怒られても知らないからなー?」


「いや、成長期だから余裕で入るもんね」


「ハイハイ」


 そのカラフルな得体の知れないお菓子屋を通り過ぎようとしたとき、ふと…鳥のような翼のついた赤いお菓子が欠伸あくびをした気がして、俺はあわててライの袖を引っ張る。


「ラ、ライ!今の見た?」


「へ?何を見たって?」


「だからっ!あの赤いお菓子が動いたって…あれ?」


「ん?赤いお菓子って、どれのこと?」


「あれれ…おかしいな。赤い翼のあるお菓子が店主のすぐ後ろにあったはずなんだけど…」


「よっぽどあの妙なお菓子が食いたいんだな。帰りに時間があったら、また寄ればいいよ」


 馴染なじみのあるひげの店主を見つけ、赤いお菓子が気になりながらも、ライにうながされ仕方なく向かうことにする。


ーーーーー21ーーーーー

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