【2】絵本と赤い珠

 神官達の主な仕事は、祭事を執り行うことと、孤児達の身の回りの世話をすること。さらに、神殿を頼ってくる身寄りのない者や周辺住民のお世話など、多岐たきに渡る。


 孤児たちにもそれぞれ神殿内での役割が与えられ、俺とライにはそれぞれ2つの役割が課せられている。


 ライは前述した通り、孤児達の半数に勉強を教えるため、週に5日は教鞭きょうべんをとり、残りの2日も個別に勉強をみているくらいに忙しい身である。さらに、大神官がどこかに外出する際には、常に大神官に付き従っている2名の神官とは別に、 “ 秘書 ” と呼ばれる付き添い業務もこなしている。


 俺の役割の1つは、古文書こもんじょなどが納められている図書館を掃除すること。図書館…と呼べないくらい小さな書庫であるが、中には禁書と呼ばれる門外不出な書物もあるため、ここの掃除はよほど神官からの信頼を得ていないと行えない。


 ここにはよくライも通っており、時間があるときは大体図書館に入り浸っている。


いつだったか本の虫と化しているライに、 “ そんなに本が好きなら、図書係を買って出たら良かったのに ” と聞いたところ、“ 好きなものは仕事にしない方がいい。だって役割だと思うとわずらわしさが出てしまうし、俺には子供達に勉強を教えるという大事な役目もある。それに、活字中毒になりすぎて、自分の好きな本が読みたくなくなるかもしれないじゃない?” と、ライははにかみながら答えた。活字が苦手な俺には、まったく理解できない話だ。


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 ここ図書館には、子供達が自由に閲覧できない禁書の他に、一般書籍、教養書などさまざまなジャンルの書物が置いてあるが、俺がその中でもとりわけお気に入りなのが、これだ。


『1匹の龍』と表紙に書かれた本を、俺は手に取った。パラパラとめくり、最初の数ページを音読してみることにする。


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『1匹の龍』


 昔々、まだ人が魔法を知らず、お伽話《とぎ

ばなし》や神話を信じていた頃。


心優しい1匹の龍が、森の奥深くに住んでおりました。


その龍はあまりにも優しすぎたため、仲間の龍たちにも情けないといつも馬鹿にされていました。


本当に優しすぎたため、元々住んでいた先祖代々受け継いだお城も、悪どい龍によって奪われ、今はひっそりと森の奥深くの質素な小屋で1匹、つつましく暮らしていました。


 龍は通常他の生き物からは恐れられるものでしたが、この龍だけは人間はおろか、動物たちから慕われており、いつも小屋の周りには大勢の生き物で溢れていました。


ですから、1匹で暮らしていたとは言え、決して龍は孤独ではありませんでした。


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 ある朝、太陽がようやく上り始めた頃、小屋の扉を叩くものがありました。


あまりにも小さな音に、よほどじっくりと耳をすまさなければ聞こえないほどか細い声が、扉の外から聞こえてきました。


 当然のことながら、警戒心を持ち合わせていない龍は、何の躊躇ちゅうちょもなく扉を開けました。


開けてみれば………


そこには巨大な扉を開けた風圧でさえ飛ばされそうなほど小さな少女が、倒れ込んでいました。


 龍は身の丈が15mほどあり、扉も20mほどの大きさです。

対して少女の身体は龍のてのひらほどの大きさしかありません。


 長い爪を持つ龍は、そっと爪に少女の服を引っ掛け、つぶさないよう反対の掌に少女の体を乗せると、落とさないようゆっくり…ゆっくり…と小屋の1番奥にある巨大なベッドの枕の上に下ろしました。


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っと、いけない。またまた無駄話をしてしまった。


 俺はあわてて絵本をたなの1番下に戻し、図書館を後にする。


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 そして、もう1つの役割が俺の1番のお気に入りでもある、神殿のご本尊ほんぞんでもある龍神像を磨くことである。


 龍神像は大神殿の1番奥にある立入禁止区域にあり、大神官とごくごく一部の上級神官及び、掃除をする者(俺)だけに入室が許可されている。神官でさえこの龍神像をはいしたこともない者もおり、さらに言えば、存在すらも知らない者がほとんどである。


 その理由は、俺にも何となく分かる。


 龍神像は7mほどの巨大な像であるが、特に素晴らしく美しく目を引くものがその手ににぎられている。


 それは【龍珠ーリュージュー】と呼ばれる直径50cmほどの赤い宝玉ほうぎょくである。


 真紅しんくに鈍く光る宝珠は、外部からの光がほとんど射さないこの円形状の室内であっても、時折 またたくような鮮やかな光を放つ。見る者によっては、この美しい宝玉に魅せられ、その場に凍りついたように数時間でも見続けてしまう。


大神官 いわく “お前(リヒト)のように、この龍珠を見て何とも思わない者こそ珍しい” そうだ。


 とは言え、俺が初めて龍珠を見て “何も感じなかったわけではない”。


他の者のようにきつけられたり、畏怖いふこそ感じなかったが、言いようのない妙な感覚に襲われた。それは何かに包まれたような、くすぐったいような、味わったことのない不思議な感触だった。


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 っと!いけない。


こんなこと悠長ゆうちょうに話してる場合じゃなかった。


ここの掃除が終わったら、買い出しに行く役割のためにライを迎えに行くんだった。


 俺は手早く掃除を終えると、ライの役割の1つである厩舎きゅうしゃへと向かう。


 ここ大神殿はほとんどの物は自給自足でまかなっている。さらに足腰の弱い高齢の神官達にとって、足となる馬はなくてはならない。馬や牛、鶏やうさぎなど、ありとあらゆる “この世界に存在する動物” が、この厩舎にはいるのではないだろうか。


 厩舎は大神殿の広大な敷地内の最北東に立地している。厩舎に行くには、東西に分かれる寝殿の東棟の裏口を経由するか、いったん門の前まで行き、敷地をぐるりと取り囲むへいの内側にある農道を通るしかない。


 俺はいつも通り、農道の方を通って厩舎へと向かっている真っ最中だ。


農道は大寝殿の敷地の周囲をぐるり一周でき、全長5kmほどもある。子供達は滅多に通らないし、神官達が徒歩で通ることはまずない。俺がここを通るのは、湖の遥か向こう側にある街が一望できるからである。


街はここ大神殿と違って、いつも明るい音楽や人々の笑い声が絶えず、何より美味しいものがたくさんある。見ていても腹は膨れないが、俺はただ街を眺めるのが大好きなのだ。


そう言えば、ライは街は苦手だと言っていた。いつだったかその理由を聞いてみたが、何だかんだはぐらかされて、結局理由は聞けずじまいだった。


 そうこうしているうちに、厩舎の入り口が見えてきた。


ほら、噂をすれば。厩舎の入り口の前で、すでに馬を2頭準備しているライの姿が見える。


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「ラ(イ)…っつ…!?」


と、俺が声をかけるより前に、横を疾風しっぷうのように駆け抜ける衝撃しょうげきで、思わずその場に倒れ込む。


「おい!エレナ!」


「なに?ああ、リヒト。いたの?」


「いたの?じゃねえ!人のすぐ側を馬で走らせるなって、神官達に言われてるだろ!?これが俺だったから良かったものー」


「ライお兄ちゃん♪」


 まるで何事もなかったかのように、少女は華麗に馬の横腹を軽くると、ライの元まで駆けていってしまった。


 【Elena エレナ】は俺と同い年の9歳で、この大神殿では珍しく孤児ではない。とある名のある貴族から預けられたそうだが、彼女がここに来てから4年間、代理の世話役が何回か訪れた程度で、両親は1度として姿を見せてはいない。


 本人はそのことを少しも気に病んではいないようだが、というより…


「ライお兄ちゃん、リヒトばっかりずるーい!リヒトの代わりに私を連れてってー!」


からも分かるように、ライと一緒にいられれば満足なのだろう。


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「よしよし…ごめんね。街は女の子には…特にエレちゃんみたいに可愛い子には危険だから、一緒に連れていくことはできないよ。第一、エレちゃんは暗闇が苦手だろう?」


「そ、それは怖いけど…!でもでも~」


「そんなこと言わず、俺達のいない間、子供達を頼むね。はい♪これお守り代わりにあげるから」


と、ライはエレナの頭に綺麗な白い花でできた髪飾りをして


「うん♪かわいい」


と、すっかり慣れた手つきでエレナをなだめている。


我儘わがままでやりたい放題のエレナを黙らせることができるのは、ライくらいなものであろう。


「リヒト!もう来てたんだね!遅れたら大変だし、さぁ、行こうか」


「あ、そうか。18時前には戻らないといけないもんな!」


 大神官が俺達が街に出るのを許可してくれるのは月に一度。それも時間が決まっており、必ず18時までに街を出ないといけないと、強く言い聞かせられている。その理由は深く聞いたことはないが(聞いたところで怒られるだけであろう)、他の神官によると、 “夜は子供には危険” なのだそうだ。


 街までの距離は馬で30分程度だが、すでに時間は15時を回っている。


 しかも、今日のお使いは大神官がご所望しょもうの布地を引き取りにいくため、時間厳守で戻らないといけない。


「よし、急ごう」


 俺とライはすぐに馬に乗ると、街に向かうことにする。


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