【第1章1】リヒトとライ

「おい、リヒト!時間だよー」


 自分よりも一回り小さな手で、ゆさゆさと揺り起こされる感触がする。


閉じたまぶたの裏側から、わずかにチリチリと刺すようなほの温かい感触がくすぐってくる。


こんな暖かい陽射しの日には、二度寝するに限る。


 俺はまぶたを一度も開けることなく、肩を揺する小さな手を払いのけ、布団を頭まで被ると


「………んー…あと5分…」


と、二度寝では済まないような深い眠りの体勢に入る。


そこですかさず、自分よりも低い声の人物がため息と混じりに告げてくる。


「5分寝てもいいけど、その5分遅刻したら、大神官さまから1時間説教受けることになるけど…?」


「やっべ!!!」


ーーーーーー6ーーーーーー


「………であるからして。リヒトはともかく、ライまで遅刻するとは何事か………くどくど」


 結局、5分遅刻した俺達は、たった今大神官から説教を2時間(2人分)受けている真っ最中だ。


 長い代わり映えのしない説教を聞きながら、俺達について簡単に説明しておこうかな。



 俺の名は【Lichtリヒト】。


 生まれた日付も生まれた場所も分からないので、とりあえずもうすぐ10歳…ということになっている9歳だ。両親の顔も知らず、物心ついた頃からずっとここ大神殿で厄介やっかいになっている。


 そして、俺のとばっちりを受け、なぜか楽しそうに大神官から説教を受けているのは【Rayライ】。


 もちろん、俺と同じ孤児であるが、おそらくは高貴な顔立ちからして、名のある貴族の末裔まつえいではないか…と周囲から噂されている。


 さらに、ライは物心ついた頃から、何故なぜだか動物全般から好かれていた。それは動物だけに限らず、神官や信者に、孤児達。さらには初対面の人でさえ、ライの笑顔には誰もが心を開いた。


 俺自身もライとは血のつながりはないが、1つ歳上(10歳)の兄として小さい身長をからか…失礼。したっている存在だ。


 これじゃ馬鹿にしてるみたいではあるが、本当はライのことは物心ついた頃から尊敬して止まないのだ。照れ臭いから、本人には絶対に言わないけどな!


ーーーーー7ーーーーー


 ここは、龍神をまつる神殿の中でも、最も中心部に位置する大神殿と呼ばれる施設である。


 龍神を祀る神殿は世界各地に77ヶ所ほど点在しているが、その中でも大神殿と呼ばれるのは7ヶ所。この世界は大きく分けて7大陸に分かれているので、大陸に1つの大神殿がある計算になる。その頂点に君臨くんりんするのが、中央島に位置するこの第1神殿ーアインツテンプルである。神殿はツヴァイ、ドライと続くが…まあ細かいことはいいだろう。


 ここには大神官を頂点に、70人余りの神官、及び神官見習いと称した孤児たちが住んでいる。それに、大神殿の敷地の南東付近には、神殿内を守る守衛が30人ほど常駐している。


 大神官はここアインツテンプルに住んでいる大人の中では最長老で、噂では100歳とも120歳とも言われている。長い白髪をサイドに2つに縛り、白く長い髭をたくわえている特徴的な外見と、足首まである紫のロングローブと頭に被った背の高い三角帽子が大神官のトレードマークである。俺が物心つく前から皆が大神官と呼ぶため、彼の本名は知らない。


 そして、大神官の席に最も近いと言われているのが、No.2である【Schnauzer シュナウザー大神官補佐】である。影の実力者と呼ばれている人物で、若くして大神官の信用を勝ち取り、30歳にして異例の出世を遂げたらしい。


シュナウザー神官は現在34歳。穏やかな性格の神官が多い中では珍しく革新的で意欲的な性格で、かつ口が誰よりも上手いため、外部との連絡係兼交渉係として重宝されている。なので、ここ大神殿を空けていることが多く、俺もほとんど彼と話したことはない。


ーーーーー8ーーーーー


「リヒト?さっきから俺の顔じっと見てきてどうしたの?なんか顔についてる?」


 ライの風にふわふわと揺れる金色の髪の毛を、思わず見つめていたことに気づいたライに指摘され、俺はあわてて自分の黒髪をきながら話題をらす。


「え?いや、別に見てないし?そんなことより!今日は月に一度の買い出しの日だから、俺の方が先に仕事終わるだろうし、ライを迎えに行くよ。厩舎きゅうしゃだろう?」


「そうだね。15時までには終わらせるから、その頃に迎えにきてもらえる?」


「了解したっ♪ライ、ほどほどにしとけよ?」


「あ、うん。そうだね…あ、おはようみんな」


 ライは得意の笑顔を周囲に向けると、次々としたって寄ってくる年下の子供達の頭をで、教室へと入っていった。


 ライは10歳にして、100人ほどもいる子供達の約半数の勉強を1人でみているのだ。残りの半数は、勉強が必要のない子供達である。5歳以下の幼児か、12歳になる直前の歳上の者達である。ここにいる子供達は、12歳になると大神殿に残るか、ここから出て別の神殿で神官になる修行を始めるか、どちらかを選ばないといけない。


 さらにライはわずかに空いた時間で動物達の世話もしている。1日の大半を休みなく過ごしていることになる。本人は孤児達の世話も、動物の世話も趣味だというのだから、気がしれない。本当にいつ休んでいるんだか。


 おっといけない。昼過ぎまでにひと仕事終えとかないといけないんだった。


 俺は急いで中央神殿の最西部にある図書館へと向かうことにする。


ーーーーー9ーーーーー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る