【第4章1】招かれざる客

 その日も、結局反省塔で過ごすことになった俺とライは、夕飯を食べる間もなく、すぐに照明もない場所へと送られた。アルフレッドが散々大神官をなだめてくれたものの、大神官は聞く耳を持たず、エレナを医務室へ送るよう神官達に言いつけると、俺達…とりわけ俺に対して憤慨ふんがいした表情を向けた。とは言え、 “心の中にまで思い浮かべるな” というのも無茶な話である。


 前日と違うのは、俺とライとが同室だということくらいか。


「驚いたな。リヒトが長年あの龍の珠と接していたとはね」


 隠し事の一切なくなった俺は、こうやって明かりもない中で1人用ベッドの上ライと2人で身を寄せ合い、魔法のこと、魔法学校のこと、ドライ騎士団についてや、それに龍神像や龍珠リュージュについてライと話し合っているところである。


俺とライとは仮面の騎士団を見たせいもあり、興奮が少しも冷めやらず、すっかり目も冴え眠れなくなってしまっていた。おそらく反省塔に送られてから、優に3時間は話している。あたかも、深夜に布団を被って子供が大人に隠れてこそこそと内緒話をするように。こんなにライと長い間話し合ったのは、何年振りだろうか。


「そうなんだよ。別に俺としてはライに隠し事なんてしたくなかったんだけど、あの珠は恐ろしいものらしい。大神官が言うには、あの珠のある部屋に近づいただけで、ほとんどのものは錯乱状態になって、珠を見たものは魂を抜かれるとかなんとか…」


「なんだよ、それ。めちゃくちゃ恐ろしい魔力でも放ってるのかな?それとも、呪いとか…?」


「分かんないけど、俺は今のところなんの影響も受けてないよ」


「まあ、それは本当に良かったよ。俺にもどんな影響があるか分からないし、できるだけ近づかないようにしよう」


という言葉を残し、1日の疲れと夕飯が食べられなかったことによるエネルギー不足により、ベッドに横になるといつの間にか就寝していた。


ーーーーー87ーーーーー


「リヒト…リヒト…?」


 小さな手でゆさゆさと揺さぶられ、目を開ける。


「んんー?なんだよーライ」


「しっ!大きな声出さないで」


と、ライは俺の口を手でふさぎながら、周囲を見回すと、音を聞き取るように集中し始める。しばらく息を止めて待っていると、ライがおもむろに塞いでいた手を外し、今度は頭の中に話しかけてくる。


『大神殿の様子が今日もおかしいんだ。というより、人の起きてる気配が一切なかった昨日と違って、今度は人が大勢起きてる気がする』


《ええっ!?今何時なんだろう?まだそんなに夜遅くないのかなぁ?》


『いや…時間はもう夜中の2時を回ったくらい…かな?』


《ええっ!!?それ、おかしいよね?》


『おかしいし、いや…なんだこれは…なんだか知らない人達の話し声がする』


 ライはいつの間にか寝間着から、普段着へと着替えている。不安そうなライの顔を見ながら、俺も外にただならぬ気配を感じ、すぐにベッドから起きだすと、いつでも外に出られるように身支度を始める。


 ちょうど服を着替え終えたところで、ガチャガチャと扉の鍵を開ける音がし、扉を開けた者の姿を見て、俺とライとは思わず叫び声を上げそうになるほどの衝撃を受ける。


ーーーーー88ーーーーー


「神官様…!?」


 扉を開けたのは神官の1人、大神官の2人いる側近のうちの1人であった。しかし、驚いたのは彼がなぜここにいるかということではない。その体が、夜目よめにも赤く染まっていたから。


 すぐにライが駆け寄り、神官の体を抱き起こすが、神官の意識はすでにない。その体からは無尽蔵むじんぞうに滴り落ちる血で、ライの服がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。


「う…わぁぁぁ…神官様…死………!?」


「落ち着けリヒト!大丈夫、まだ呼吸はしている。ただ、すぐにでも医務室に連れて行かないと、手遅れになってしまう」


「そ、そうか。じゃ、急いで行かないと…!」


と、俺もライの元に駆け寄り、2人で神官の体を担ぎ上げようとしたとき、強い力でそでを掴まれる。それは、意識をかろうじて取り戻した神官の力だった。


「だ…めだ。医務室…いけな…」


「しかし、神官様!このままでは、あなたのお命が危ない!」


「ここは…も…だめだ。お前達だけで………逃げ………ぐはっ」


「神官様、しゃべらないで。頭の中を読み取るから、じっとして体力消耗しないでください」


 ライは急いで意識を集中して、神官の意識を読み取ろうとしていたようだが、ほどなくして神官の意識は途絶えてしまった。


ーーーーー89ーーーーー


「ラ…ライ。神官様は…?」


「うん…。長くは保たないと思う。何とか読み取れたところによると、全身黒ずくめの者達が数人、ここ大神殿に侵入してきたようだ。神官様は大神官様にその報告をしに行く途中で、何者かに襲われ、急いで俺達のところにきた…らしい。というところまでしか分からなかった」


「やばいじゃないか!俺達も逃げないと…!というより、みんなの様子が気になる!助けに行かないと!」


「そうだね…神官様がこんなに恐怖を感じることがあるなんて…」


 暗闇の中でも、ライの顔がすっかりあおざめているのが分かる。意識を読み取るのがどれだけ大変で恐ろしいものなのか分からないが、ほうけてしまったライが正気に戻るのを待っている暇はない。


「おい!ライ!?しっかりしろ!」


 俺は思い切りライの頬を平手打ちすると、パーンという弾ける音が部屋中に響き、と同時にライの困惑した声が聞こえる。


「い…ってぇぇ!リヒト、お前思いっきりぶつことないだろ!?」


「ライのあほ!俺の手だって痛い!呆けてる場合じゃないだろ!?こういう時こそ、何も考えずに行動!!!お前がいつも言ってることじゃんか!」


「ハッ!そうだった!とりあえず、外に出るぞ」


ーーーーー90ーーーーー


 神官様の体を横たえると、俺とライは急いで階段を駆け下りる。ちょうど反省塔の3階から2階に差し掛かる途中で、下から何者かの声が聞こえてくる。


《誰か下からくるよ?呼びかけてみようか?》


『ちょっと待て』


「………キを捕らえろ」


 声を発そうと口を開きかけたところで恐ろしい言葉が聞こえ、戦慄せんりつする。それは、こう続いたから。


「ガキ2人はできるだけ生け捕りにしろとのことだ。もしも捕らえられなければ、他の者達同様、殺しても構わないとのおおせだ」


《他の者達同様…?他の者達は…?みんなは…すでに………!?》


『………』


《…ライ?ライ???》


『ああ…悪い。大丈夫だ。それより、このままじゃ俺達も捕まってしまう。屋上に行くぞ』


《ああ!俺、屋上なら何度か登ったことあるから、分かるよ!屋根伝いにどこにでも行けるから、逃げ道もすぐに見つかるよ!》


ーーーーー91ーーーーー


 この時のライが心の中で何を思っていたのか、俺には知りようもない。しかし、その後のライの行動が、俺を思いやってやったことに他ならないことだけは、確かだった。


 屋上に出てみると、遠目にも分かるほどに空が真っ赤に燃え上がっていた。大神殿の敷地内にあるほとんどの建物が炎に包まれていたのだ。火がついていないのは、見える範囲内ではここ反省塔のある鐘撞堂かねつきどうだけで、他は大小の差はあれ、広場の木々にすら炎が上がっていた。


《ライ!どうしよう…屋根伝いに行こうと思ってたけど、あっちの屋根にも火の手が上がってるし…逃げる場所がないよ》


『………うん。まずったな。まさか、ここまで敵が残忍とは思わなかった。さあ、どうしようか。とりあえず、ここからの逃げ道を手分けして探そう』


 とりあえず、屋上から見える場所に逃げ場はないか、俺とライは慌てながらも冷静に探してみることにする。下から迫る刺客が全ての部屋を調べ尽くし、屋上に辿たどり着くまでは、もって数分というところだろう。


 隣接した屋根も燃えているし、外に取り付けてあったはずの階段は、いつの間にか取り外されている。下を見ても煙がもくもくと上がり、視界の悪さと息苦しさに思わずき込む。


ーーーーー92ーーーーー


 その咳の音を聞き取った敵にさとられてしまい、振り返ったときには屋上の入口に黒い仮面をつけた者が数名立っていた。


「こんなとこにいたか。ガキ2名生きたまま捕獲したと、お頭に知らせるように」


すると、何を思ったか、ライがいきなり両手を挙げて、敵へと話しかける。


「あーあ。捕まっちゃった。降参するよ、おとなしく投降する。俺達の身柄が、できれば無傷で欲しいんでしょ?」


「お、おい!ライ…!?一体何を…?」


「聞き分けの良いガキじゃねえか。おう、そうだぜ。お前達が無傷なら、俺達の報酬は10倍になるから、それに越したことはねえ」


「やっぱり、お金なんだ。それは2人一緒じゃないとだめなの?例えば俺1人じゃ、価値が下がる?」


「さあ、どうだっけなあ?捕らえればいいって言われただけだし、ガキのどちらかは必ず生きて捕らえろって仰せだったな」


「ふーん、じゃあ、俺だけでもいいんだね。それにおじさん達、無理に汚い言葉遣いしてるけど、本当は高貴な出でしょう?」


「おいガキ。お前、なんで…それを!?」


「お、おい!無駄話すると、お頭にどやされるぞ!!!相手はチビのガキ2人だ。こっちは5人もいるんだから、つべこべいわず捕まえようぜ。そんで、とっとと大神官の捜索に移ろう」


ーーーーー93ーーーーー


 その中ではリーダーとおぼしき仮面の男が、ライの腕を掴み拘束具をつけようとしたところで、ライが急に俺の方に向き直る。


「………やっぱり気が変わったよ。リヒトも一緒に連れてくから、ちょっと待ってて」


 ライは男の腕を振り解くと、大の男達5人を手で制止し、俺の方へスタスタと歩いてくる。


「ライ!?お前、気は確かか!!?あいつらに捕まったらー」


『いいから、俺を信じて』


 頭の中にライの声が響く。その声には、焦りも絶望も一切なく、澄んだ水のように清らかだった。


『リヒト、俺に調子を合わせて』


「本当に参ったよね。こうなったら、大人しく2人で投降して捕虜になろう」


「そうだね、ライ。もう、お手上げだよ」


《こんな感じでいいの?》


「本当だよ。それに、こんなに火の手に囲まれたら、逃げ場なんてないしね」


『うんうん、上出来だ』


「そうそう。逃げ場なんてないしー」


 と、突然背中に強い痛みを感じ、振り向こうとしたときには、すでに足に地面の感触はなかった。ライに背中を押され、反省塔の屋上から下に突き落とされたのだ…と気づいたが、そのときには体は煙の立つ地面の方向へと真っ逆さまであった。


ーーーーー94ーーーーー


 このままでは、地面に叩きつけられる!ああ、おしまいだ!


 最期さいごの瞬間を見たくなくて、俺は目を思い切りつぶる。しかし、地面の硬い感触を覚悟した俺の体に触れたのは、柔らかい水の感触であった。


 反省塔のすぐ側にある、小さな貯水庫の中めがけて落ちた…いや、ライに落とされたようだ。


『無事か?悪い!リヒト。あいつらの心を読んだら、どちらか一方が生きていれば他方は生死を問わない、ってリーダーらしき男が考えてたから、こうするしかなかった』


《やっぱり!って、ライも一緒に逃げれば良かったのに!なんで!?》


『それじゃ、だめだよ。2人で逃げたら、あいつらますます躍起やっきになって俺達2人を追ってくる。今度こそ捕まったら、リヒトの命が保証されない』


《そんな!じゃあ、じゃあ…ああ!逃げ延びてる人達もいるかもしれないから、彼らを探したら、すぐにライを助けにいくよ》


『だめだ!俺のことはいい!大神官を探して、そのまま逃げ………』


《おい?ライ!?》


 そこまで言いかけて、ライからの通信は途絶えてしまった。


 聡明なライのことだ。このままみすみす捕まった訳はない。きっと何か考えがあるに違いない。


 俺は今の自分ができることだけに集中するため、一旦ライの救出を後回しにすることにした。


ーーーーー95ーーーーー

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