【2】使節団と仮面の騎士

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「聞いてるの?リヒト?」


 にこやかに顔を覗き込んでくる馴染みのある顔が、いつも以上に楽しげに笑顔をたたえている。白い礼装に身を包んだライは、金色のふわふわと揺れる髪の毛が風に乗り、さわやかに軽やかにその精神状態を体現しているようだ。例え同性であっても、思わず見惚みとれてしまう。いや、そんなことより


「え…?あれ?なんで俺ここに?」


 俺はなぜか、門の前に立っていた。先ほどまで円形堂にいて…なにかを追いかけて…あれ…その先が全く思い出せない。


「ん?さっき、時間ぎりぎりにここに来たんだろう? “わりい、わりい” って、いつもならふざけた感じで来るのに、今日は黙ってるから機嫌悪いのかと思ったよ」


「あれ…そうだったっけ?うーん…全然記憶にないなぁ」


「変なリヒト♪  それより!さっきも説明したけど、念のためもう1回説明しとくよ?今から出迎えるのは “貴族院” の使節団で、“ドライ騎士団” と呼ばれているらしい。エレナの父親を最高指揮官に置く組織で、 この国では3番目に大きな軍を率いているのが、彼ということらしい。ご本人がいらっしゃるかは分からないけど、失礼な態度を取らないようにね」


「あ、了解。ライにそういうのは全部任せるよ。そうだ!シュナウザー神官帰ってきてたぞ。執務室でばったり出くわした」


「えっ!?シュナウザーさま、いつの間に。3ヶ月ぶりくらいだよね?会いたかったなぁ」


「ライはほんと、シュナウザー神官好きだよね。俺は何かあの人苦手…何考えてるか分かんないって言うか、怖いっていうか」


「あはは。あの方は真面目で、リヒトとは性格が正反対だから、何となく苦手意識があるんじゃない?」


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「苦手意識っていうより、俺、神官から嫌われてるんじゃないかなって思う」


「考えすぎだよ。リヒトも神官様ともっと話せば、きっと打ち解けると」


「そいえば、門が壊れたって言ってたけど、どうなった?見た感じは、壊れてるようには見えないけど」


「門?ああ、門自体が壊されたというより、これが壊されたらしい。ほら」


 ライが指差す方向には、小さな何かの像が門の両脇に飾られている。10年間、この像の存在に少しも気づかなかった。それもそのはずで、普段は門の影に隠れてしまうほど微小な像であるし、今は左側の像だけが壊されているので、両側のバランスの悪さで気づく程度である。第一、門の外に出られるようになったのもつい最近で、お使いに出る月1回のみなので、早々気づくはずもないのだ。


「こんなの初めて見た。なんか不思議な形してるなぁ」


 じっくり近づいて見てみると、どこかで見覚えのある形状をしていることに気づく。片方は壊れているし、もう片方も雨晒あまざらしにあっているせいか、形状がいびつに崩れ原形がほどんど分からない。


「あ!ほら、リヒト!そろそろ…!」


 ライの呼びかける声と同時に、遠方から馬のひづめの音が聞こえ始めた。


 砂埃すなぼこりを上げながら進んで来る隊は、近づくにつれその全貌ぜんぼうを明らかにした。真っ黒な馬にまたがる騎士は、全員が銀色の仮面を装着しており、その中でも一際目立つのがこの隊を指揮する者なのだろう。銀色の繊細な細工が施された仮面に、裏地が真紅の天鵞絨ビロード仕立ての漆黒のマントをまとい、遠目にもその姿は美しく洗練されている。


 目の前で隊列を組んだドライ騎士団は、実に壮観であった。


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 馬はすぐ目の前で歩を止めると、その中の1人が颯爽さっそうと馬を降り、俺達の前で軽く会釈えしゃくをする。隊の中で1番目立つ指揮官と見られる男である。


「貴公ら、出迎えご苦労。ドライ騎士団、指揮官代理の【Alfred Noir アルフレッド・ノワール】である」


「皆様、ようこそいらっしゃいました。私が大神殿を代表して皆様をご案内申し上げるー」


「堅苦しいのはよそう。君はライだね?」


 アルフレッドはそう言うと、右手をライの前に差し出し握手を求める。その手も体も大きく、おそらく身長200cmはあるのではないかというほどの大男である。普段接客に慣れたライも、さすがの巨漢に恐縮したのかその手を恐る恐る差し出すも、アルフレッドはやけに親しげに両手で握り返すと、子供のようにぶんぶんと振り回す。あたかも、子供が大好きなものを目の前にはしゃいでいるように見える。


「おお、おお!噂には聞いてたけど、君は噂以上の美少年だね!いや、会えて嬉しいよ!そして…そちらがリヒトかな?」


「え、は!はい!初めまして、リヒトでー」


 言い終わらぬうちに、強い力で全身が締め付けられる。それが “抱擁ほうよう” というものだと知ったのは、随分後になってからであった。


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「うーん。君はかわいいな!それに “いい子” の匂いがする」


「く…苦し…は…離し………うわぁぁぁぁっ」


 ようやく体を締め付ける力が弱まったかと思えば、今度は抱き上げられ高く持ち上げられてしまった。2mと言っていたのは訂正しよう。この巨漢の男は恐らく2m40cmはあるに違いない。持ち上げられると、目線はライの倍ほどにもなり、俺はあまりの高さに目の前がクラクラし始めた。


「うん、決めた!君達、我々の騎士団においで」


「は、はい?」


 唐突とうとつにアルフレッドが言い出したことに、俺もライも驚きのあまり同時に顔を見合わせた。騎士団に入る?魔法学校にさえ行けるか分からない俺達が、騎士団…ましてや貴族のいる騎士になれるのだろうか?


 疑問に思ったのはライも同じようで


「おたわむれならご遠慮ください。私達は身寄りのない孤児です。将来はほとんどが神官になるべく教育され、それ以外の道を選ぶこと自体が難しい…それは貴方あなたがたもご存知なはず。そもそも12歳にも満たない者。大神官様が早々お認めになるとは思えませんが」


と、半ばあきらめ顔で小さくため息をつく。すると、アルフレッドは高々と持ち上げていた俺の体をようやく地面へと下ろし、ライの前へと進み寄ると、目の前でかがみ込み真顔で答える。


「そうか。君達には何も知らされてないんだね。孤児達は身寄りがないし、“所属” も “所有者” もいないから、一般的には神官になるしかない。ただし、所属すれば何にでも、誰にでもなることができるんだよ」


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 この先制パンチには、さすがにライも驚いたらしく、冷静なライにしては珍しく激しく動揺を始める。ライはキョロキョロと大神殿とアルフレッドとを交互に見ると、


「え…では!魔法学校に進学した後に、アルフレッドさんの所属する騎士団に入ることも可能なんですか!?そんなこと…今まで考えたこともなかったな」


と嬉しそうに顔を輝かせている。普段から笑顔の絶えないライであっても、これほどに心から嬉しそうにしている様子は久しぶりに見る。


「魔法学校の件は私には分からないが、魔法学校に行かずとも君達には素養そようがあるから、こちらできたえてもいいが?」


「俺…いや、私は魔法学校に入り、一から勉強をし直したいです。何しろ、ここで得られる知識は、どうやら時代錯誤なようで、まだまだ勉強は不十分だということが分かってしまいましたから。けれど、将来に希望が持てました。ありがとうございます」


 希望に満ち溢れた笑顔のまま、ライはアルフレッドに向かって深々とお辞儀をする。その後頭部を見ながら、俺は居ても立っても居られず、背後から大きな声で叫んでしまっていた。


「お、俺!騎士団に入りたい!魔法学校よりも、騎士になりたい!」


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「リヒト!?一生のことだぞ!?そんな軽々しくー」


「軽々しくなんて考えてない。俺、ライと違って本読むの苦手だし、勉強も嫌いだし…だったら騎士になりたいよ。才能があるっていうなら、勉強以外で身につけられるものを生かしたい。それっていけないこと?」


「オーディン校長はどうするんだよ。目をかけてくれて、すぐに学園への招待状も届けてくれたんだぞ?それに、それじゃ俺達離れ離れになっちゃうじゃないか。俺はリヒトと一緒に、もっと過ごしたいよ」


「お…俺だってライと一緒にもっといたいよ。だったら、ライが騎士になったらいいじゃないかぁ」


「お前なあ。それじゃ、会話が堂々巡りだろう」


 すっかり会話の終着点が見えない俺達を見かねて、アルフレッドは俺を右腕で、ライを左腕で軽々と持ち上げると


「はっはっは♪楽しそうでいいじゃないか。2人が神官以外の道に進めるって分かっただけで、今は十分だろう。進路については、おいおい考えたらいい。魔法学校も、騎士団も逃げて行きやしないんだからな♪」


と、豪快に大口を開けて笑い始める。俺達もつられて笑顔に戻り、ついには笑い声まであげてしまった。


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