【4】仮面の男

 再び眠りに落ちた俺は、不思議な夢を見た。


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 真っ暗闇の中、ボウっと浮かび上がる薄ぼやけたものがひとつ。


 その薄い光をまとった何かが、ゆっくりとこちらに近づいて来る。


 そして、ようやく闇の中でも目視できるようになったところで、それが仮面であることが分かる。いや、これは仮面と言うよりは…生首なのだろうか。首だけが高さ約1.8mのところで浮かび、こちらを表情もなく見据えてくる。表情がないというのは適切ではないのかもしれない。まるで死人のように青白い首は、目に光もなく、口を開けるでもなく、ただただ真っ直ぐ自分と向かい合わせになっているだけである。


 しばらく眺めていると、うつろな目をした首がゆらゆらと揺れ、いきなり目に光が戻り、口を開けて何かを発した。お経のように唱えていたが、そのうちにある言葉が聞き取れるようになる。


「どこだ… “あれ” をどこに隠した?そこにあるのは分かっている」


 怒りに満ちた表情へと変貌へんぼうした生首は、意味不明な言葉を叫ぶと、その場で破裂して消えてしまった。


ーーーーー68ーーーーーー


 空間に暗闇が再び戻ると、背後から呼びかけてくる者が現れる。


「決して、誰にも赤いたまの存在を知られるではない。例え、友であっても…だ」


 低く落ち着きのある声が心地良い。その声は先ほどの生首の恐ろしい叫び声とは真逆の、心を穏やかにしてくれる響きをはらんでいた。


 声の主の方へと振り返ると、一瞬だけ銀色の仮面が目に映る。しかし、次の瞬間には仮面は消えてしまう。


“あなたは、誰?” と呼びかけようにも、声がうまく口から出てこない。口は動くのに、声帯だけが体から切り離されたように、カツカツと歯が合わさる音だけが鳴り響く。


 そのうちに仮面があった場所から、再び重低音を利かせた声が聞こえてくる。


「よいな?誰にも見つからないよう、お主が隠すのだ」


 何もない空間から声だけが響き、意味深な一言を言い終えると、馬のひづめの音と共に走り去ってしまった。


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ーーーーー69ーーーーー


『おい!リヒト!おーい!』


 頭の中にひどく焦った様子のライの声が響き、俺はベッドから勢い余って転げ落ちる。


《いってぇ…んん…?どうしたんだよ、君らしくないほどに焦っ……》


『大変なことが外で起きてるらしい。というより…何も “起きてない” のがおかしい』


《へ…?》


『ちょっと上手く説明できないな。そこの小窓から外は見れない?俺は無理だけど、リヒトの運動神経なら3mの高さの窓にもよじ登れるだろう?』


《あ、うん。ちょっと待ってて》


 俺はライに言われるように、頭を使うより体を使う方が得意なほど、運動神経がいい。ん?誰だ?筋肉バカって呼ぶとか思ったやつは。まあ、いいや。


 壁は幸いにも煉瓦れんがを積み上げた石壁になっているので、所々欠けており足場になる箇所が多い。その欠けた部分に手と足を引っ掛け、一気に3mの壁をよじ登り、上部にある小窓の枠に手をかけ、外の様子を伺ってみると…


 そこには、あるべきものが何もなかった。


 光も人影も、音も何もない。


 今が何時なのかは分からないが、おそらくはほんの数時間うたた寝した程度だろう。


ーーーーー70ーーーーー


『さっきから色んな人の声を聞こうとしてるんだけど、誰も起きてないみたいなんだ。というより、いくら深夜であっても門番がいるのだから、敷地内にいる全員が寝ているなんてことはありえないはず』


《え?そんなことある?聞こえないだけじゃない…?》


 そんなやり取りをしながらも、俺の中では少しずつ不安が募っていく。何しろ、小窓から外を覗いた景色には動くものの気配ひとつなかったのだから。


《やばいよ…。外に何も見えない。すでに夜なんだろうと思うけど、明かりひとつ灯ってないなんて…》


 俺はここに来て、ひとつのことに思い当たる。


 この光景、夢に見なかったか…?確か、暗闇の中にそのうちに明かりが1つ…2つ…と灯って…


 頭の中の映像と呼応したかのように、窓の外で明かりが1つ灯る。


《ライ!誰か外にいるみたいだ》


『え…?そんなはずは…あ!本当だ。1人だけ起きてる者がいるかもしれない』


《ちょっと待ってて。ここから呼びかけてみるね》


『うん。あ…いや、待て!なにかがおかしい。声をかけてはいけない気がする』


ーーーーー71ーーーーー


 危うく声を発しそうになったところで、ライに制止され、俺はその場で言葉を飲む。


 見覚えのあるナイトドレスに身を包んだその人物は、松明たいまつを持っているが、スタスタと門の方へと歩いていくではないか。わずかな光で、この広くゴツゴツした地面も多い道を迷いなく歩けるはずがない。


《あれは………エレナ…だ》


 自分で発した名前に驚いた。


 見覚えのあるナイトドレスで、この大神殿の既製服でもある女性専用衣装であることは分かるが、夜を怖がるエレナがあろうことか暗闇の中1人で出歩くなんて、到底ありえないことなのだ。


『まさか…そんなはずは。エレちゃんの声も聞こえないし、気配も感じないぞ?リヒトの見間違いじゃ…?』


《いや、あれは確かにエレナだよ。それに…なぜか門に向かってる。え…?》


キィィィィィィィィン


 その時、ひどい耳鳴りが襲い、思わず窓枠から手を離しそうになる。ライも同じだったらしく、苦しげにうめく声を最後に、通信は途絶えてしまった。俺も俺で意識を保つのがやっとの状態で、なんとか窓から地面に降りると、そのままベッドに倒れ込む。


 そうして、薄れゆく意識の中で聞いたのは………激しい爆発音と、なにかが崩落する音だった。


ーーーーー72ーーーーー

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