【第2章1】未知なる力の芽生え

『リヒト、起きろって』


 ライの呼びかける声で、俺はハッと目を覚ます。


目に映るのは、蜘蛛の巣が張り巡らされた薄汚れた5mほどの高い天井と、照明1つない壁。上部に人の顔がやっとのぞける程度の小窓がついた扉と、部屋の反対側には3mほどの高さに窓が1つあるのみ。


室内はどこからともなく流れ込む冷気で、8月だというのにひんやりと冷たく、ひどく薄暗い。それに、室内の空気は少し湿っておりほこりっぽい。いかにも独房のような様相である。


 そうだ、思い出した。ここは “ 反省塔 ” と呼ばれる場所だった。


 昨夜0時過ぎ、俺達はオーディン校長に送ってもらい、大神殿へと戻ってきた。


 普段21時には就寝する大神官が、腕組みしながら待つ執務室しつむしつに通された時には、流石さすがの恐れ知らずの俺でさえ、背筋にひやりと冷たい感触が流れるのを感じたくらいだ。


執務室の扉を開けると、大神官の視線が痛いくらい注がれているのが分かる。いきなり怒鳴るでもなく、こちらが無言の圧力に根負けするのを待ってから、怒涛どとうごとく長い説教が始まるのだ。


《間違いなく、夜明けまで説教コースだなぁ》


などと思い、眠気と疲労を抑えるように、俺は口を押さえる振りをして小さく欠伸あくびをする。


ーーーーー50ーーーーー


「して。お前達。なにゆえ18時までに街を出られなかったのか?」


と、大神官はいつものように詰問きつもん口調で、俺とライとを牽制けんせいするところから始まる。


 ここですぐに返事をしようものなら、説教の時間が余計に長くなる。言い訳が大神官を怒らせるだけなのは、大神殿にいる誰もが知っている。俺とライは、いつものように黙って大神官が言葉を続けるのを待っていた。


 いつもであれば、ここで長々と説教が浴びせられるのだが、この日は様子が少し違っていた。


「まあ、良い。無事に黒い箱を持ち帰ったのだから、そこは不問にしよう。今夜は時間も遅い。お前達も疲れたであろう。自室に戻って、明日から通常通りの生活をするように」


と、小言の一つも言わず、俺とライが解放されかかった時…


 階段をものすごい勢いで駆け上がり、執務室に神官の1人が慌てた様子で飛び込んでくる。その手には、高級そうな便箋びんせんにぎられている。


 大神官は椅子を倒さん勢いで席を立つと、神官から差し出された手紙に手を伸ばす。普段は決して取り乱した様子を見せない大神官の手が、心なしか震えている気がする。


ーーーーー51ーーーーー


 恐ろしい形相で手紙を持ち、ガタガタと震えながら何度も何度も読み返していた大神官は、いきなり崩れ落ちるように椅子に腰を落とす。


 と、今度は大神官が手紙を机に置き、バンと机を打ち鳴らす。そして鋭い視線を俺とライとに向けると


「魔法学園からの招待状…だと?お前達、これはどういうことか!?」


と説教よりもずっと恐ろしい剣幕で、俺とライとを交互ににらみつけてくる。


 そこで間髪を入れずライが声を発したため、俺はもちろん、大神官が1番驚いたに違いない。何しろ、それまで優等生で聞き分けの良かったライが、珍しく自分の意見を押し通そうとしたのだから。ライは大神官の前まで歩み寄ると、りんとした表情で淡々と話し始める。


「俺…いや、私とリヒトには魔力があるそうです。魔力を持つ種族を “ ゼノ ” と呼ぶそうです。大神官様はゼノの存在をご存知でしたよね?魔法の使い方を学ぶため、未成年は必ず魔法学園に就学しなければならないとのこと。もちろん、大神官様は入学を許可してくださいますよね?」


 押し寄せる大波のように、ライがいつになく自信たっぷりに大神官に詰め寄り、大神官が勢いに押されて首を縦に振りそうになっていた。が…


ーーーーー52ーーーーー


ゴクリ


 と大神官が喉を鳴らしたそのとき、執務室の窓をものすごい突風が吹き付け、室内にいた全員が一斉に振り返る。その直後


ガシャーン


 とけたたましい音を立て、粉々に砕け散った窓ガラスと共に、室内に飛び込んできた物を見て、大神官の顔から血の気が一瞬にして失せる。


 大神官の目の前に降ってきたそれは、一見するとただの白い便箋に見える。しわがれた手で大神官が恐る恐る手に取ると、それは一瞬激しく瘴気しょうきを発して、音もなく消えてしまった。


 そして、執務室内には放心状態の大神官と神官1人、無言の俺とライと、静けさだけが残されていた。


「あ、あの…大神官様?」


 扉の入り口に立っていた神官が大神官を呼びかけると、先程までライに気圧けおされていた大神官の表情が、すっかり青ざめた後、一転して恐怖にゆがんだ。すると、いきなりツカツカとライの目の前に来ると、黒い便箋(オーディン校長からの手紙)をライに突き返す。


「ならぬ!お前達の魔法学園への入学は許可できぬ!」


「なぜです!?ゼノには魔法を習う権利も、義務もあるとオーディン校長もー」


「そんなことは金持ち達だけが許された権利だ!お前達は黙って神官見習いとして、ここで学ぶのだ」


ーーーーー53ーーーーー


「なんでだよ!納得いかねえ!俺達が神官にならなくっても、ここには神官よりも多くの子供達もいるじゃないかぁ。なんでー」


 思わず大神官の理不尽な物言いに、俺も思わず口を挟んでしまう。それを “いいから” と、ライは俺を抑えるように、肩を押さえる。しかし、ライがいくら冷静に詰め寄ろうとも、大神官はすっかり頭から湯気が出そうなほど憤慨ふんがいしてしまっていた。


「では、許可できない理由を我々にも理解できるよう、しっかりと説明していただきたい」


「うるさいうるさいうるさい!とにかく許さぬ!聞き分けのないお前達には、これから1週間の反省塔行きを命ずる!大人しくそこで頭を冷やせ!!!」


 そんなこんなで、今俺とライとは、大神殿の西側にある鐘撞堂かねつきどうのすぐ真下にある塔の中にいる。


 それぞれ別の部屋で幽閉されており、石壁も厚いため、壁越しに話すこともできない。もちろん、外からの音も小さな小窓しかないため、ほとんど聞こえず、反省するにはうってつけの場所なのだ。


ーーーーー54ーーーーー


 昨夜この部屋に送られてから、どれくらい時間が経過したのだろう。することもなく、普段与えられている役割もこなせず、ただ黙々と、昨日の不思議な街やオーディン校長とのやり取りを思い出していた。


 街は18時を過ぎた途端、一変した。それまで祭りといえば、神殿内で年に何回か行われる多少大掛かりな礼拝くらいしかなかったので、あんなににぎやかな場所自体が初めてだった。


 日中は子供達がはしゃぎながら列をなす露店、美味しそうな色とりどりのお菓子や食べ物、風船や軽やかな音楽が流れていた街。


 夜になると露店から人はいなくなり、街全体が見たこともないほどまばゆあかりに照らされ、そこに花火も加算されると、下手すると日中よりも明るいほどであった。そこに、不思議な動物の面…ではないのだろう。恐らく何かしらの魔法によって変身した者達が、あの場に集まって祭りを楽しんでいたのだろう。


《あいつらが、ゼノなのかなぁ。だとしたら、魔法って何にでもなれるってことか?》


『ゼノは恐らく魔法を使える者達で、昨日いた動物の顔をした者達もゼノの一種なのだろうね』


《やっぱ、そうだよな。しっかし、ゼノってやつはすごい怖いな!何か “ 飼う ” だとか、“ 許可 ”だとか、色々と知らないこと言ってたよなぁ》


『 “ 所属 ” がどうとか、“ 所有者 ” がいないとか、まだまだ俺達には分からないことがたくさんあるみたいだね』


ーーーーー55ーーーーー


《だよなぁ…だからこそ、魔法学園に行きたかったなぁ…………ん!??》


 ちょっと待て。俺は今、誰と会話してるのだ!?


 室内をくるくると見回しても誰の姿もない。


隙間風が扉の上下から吹き込み、ヒューヒューと音を立てているだけで、他には物音も人の気配もなにもない。


《誰!?誰だ!!?》


 俺は心の中で呼びかける。すると、聞き覚えのある笑い声がクスクスと頭の中に響いてくるではないか。


『あははは。誰って、声で分からない?俺だよ、ライだ』


《はっ!?意味分かんねえ!なんで頭の中に、お前の声が聞こえてくるんだよ!?》


『昨日、反省塔に送られてから寝る気も起きなくてさ、自分で色々魔法が使えないかな?と思って、試してたんだよ。そしたら、リヒトの声が聞こえてきたから、もしかして?と思って話しかけてみた♪』


《はぁ?はぁぁ!?なんだそれ!それって、すごくないか?ライ、お前もう魔法使えるのか!?》


『なんか、使えるみたいだ。ほら、リヒトの声以外にも、色々と聞こえてくるよ。神官達の無駄話とか、神官見習いのみんなが役割サボってるとことか…あはは…エレちゃんなんてサボって、厨房ちゅうぼうでお菓子をつまみ食いしてるみたいだ。あ、今、厨房のおやっさんに見つかってめちゃくちゃ怒られてる』


ーーーーー56ーーーーー


《ライ!お前、ほんとすごいな!俺にもそのやり方教えてくれよ》


『教えてって言われてもなあ。うーん…どうやるんだろ?無意識?』


《無意識。無意識…ってそれ難しすぎ》


『あはは。俺にも何が何だか分からないよ。人々の会話はある程度聞こえるみたい。リヒトみたいにでっかい独り言とかね?』


《ちょっ!俺、また独り言言ってた?恥ずかしいからっ》


『あ………ちょっとごめん。神殿内がざわついてきてるみたいだ。そっちに意識を集中させるから、リヒトは自分で魔法使えるか試してみて。じゃね♪』


《うおーい。待った!じゃねって…》


 呼びかけてもライからの返事はなかった。頭の中のライからの通信が途絶えてしまったようだ。


 静まり返った室内で、当然幽閉されているのですることもないため、ライの言う通り “無意識” とやらで意識を集中してみる。まずは、すぐ隣の部屋にいるライから。


 とりあえず、深く息を吸い込み、ライの姿を脳裏に思い浮かべる。うんうんうなりながら意識を集中してはみるものの、どうしても意識ががれてしまうのか、まったく話しかけられる気がしない。それに、


《話しかけるのは “ライが他に意識を集中していること” の邪魔になるよなぁ》


と思い、何となく彼の姿を想像していると、一瞬ライの姿が壁越しに薄っすらと映し出されてきた気がする。室内を歩き回りながら、耳に手を当てて………と、そこで脳裏に浮かべた映像が途切れてしまった。 その後は、何度試しても映像が動くことはなかった。


《あーあ。やっぱり俺にはまだ無理かぁ》


と完全に集中力が切れた俺は、バネの壊れかけた寝心地の悪い反省塔のベッドにボフっと寝そべる。そして、そのまま真っ暗な室内で意識が遠のいていった。


ーーーーー57ーーーーー

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