【6】赤い翼と旅楽団

「と、飛んでる!?どゆこと…!!?」


{見たままだろう。飛んでるんだよ}


 自分の周りをいくら見回しても、頭の中に直接話しかけてくる声の主の姿どころか、感触すらもない。上空に引き上げられているというより、自分自身が風になって、ふわふわと浮かんでいるような不思議な感覚がする。


「えっ?なんで?どうやって?」


{………人間のガキはこれだから面倒なんだ}


 謎の声は、声だけでも面倒臭がっているのが分かるほどに大袈裟おおげさにため息をつくと


{とりあえず仮だからな。大神殿までは送り届けてやる}


と、大神殿の方角へと方向転換をし、急上昇を始める。あれ…このまま戻っていいんだったか…?


「いや、だめだ!ライとエレナが、まだ街にいるかもしれない!助けに行かないと!」


{は?そんなこと私の知ったことか。私には一切関係がない}


 声の主は、今度は怒ったように酷く冷たい声色を出すと、俺がいくら話しかけようとも一言も声を発しない。無視を決め込んだようだ。


ーーーーー41ーーーーー


「おーい?おーい!」


{………}


「ねえ、そこの姿の見えないお方?」


{………}


ライのことだから無事に逃げた…とは思うが…いやでも、人1人抱えた状態だし…


考えれば考えるほど、不安が押し寄せてくる。もし、万が一ライ達が捕まってしまっていたら…


「やっぱりだめだ!街に引き返してくれ!」


{おい!暴れるんじゃない!}


「あっ!!!君はお菓子屋にいた、赤い翼の!!?」


 自分の背後を見上げると、さっきまで何もなかったところに、3mほどもある大きな赤い翼が見える。それに、自分の服を掴んでるのは、真っ赤な鋭い鉤爪かぎづめではないか。更によく見れば、黄金色にギラギラ光る瞳に、赤い角が2本、長い尻尾が後方で揺らめいている。この形状…どこかで…


「えっ…まさか!赤い龍!?」


{人間のガキのくせに、何故私が見える?}


「何故だろう…ってそんなことはどうでもいい!早く街に戻ってくれ!」


{………断る}


「そんなこと言わず、戻ってくれってば!」


ーーーーー42ーーーーー


 俺が叫ぶと、その瞬間不思議なことが起こる。再び視界が全方向に開け、遠く離れた街が拡大して見えるようになる。自由自在に拡大したり縮小したりして見え、すぐ目の前にあるように、街の様子が手に取るように分かる。


 大広場の少し上の、坂の中腹ちゅうふくにある巨大なテント。そこに、たった今連れて行かれるライ達の姿が、はっきりと映し出される。


「よし。街に戻れ」


{命…令…する…な………それより…ちか…らが抜け……………}


 意識を街へと向けると、体が一気に街へと急降下を始める。というより、これは街に向かって落ちている感覚に近いのかもしれない。


「これ、どうやってコントロールするんだ?」


{……………}


「お、おい?おーい!?赤い龍さん…!?」


{……………}


「あ…まずい…俺も力が…意識が………」


 街の上空を飛び、大広場の噴水の水しぶきを感じた辺りで、俺の意識は遠のいていった。


ーーーーー43ーーーーー


 目を開くと、すぐ目の前に心配そうに俺の顔を覗き込むライと、少し後方からバツが悪そうにチラチラ視線を向けるエレナの姿があった。


「…………ライ?」


「リヒトーーー!良かった…良かった…!」


「気絶しちゃって…リヒトってばかっこわるー」


「エレちゃん?そんなこと言うもんじゃない。リヒト、なんでテントの上から…いや、どうやってテントの上に登ったんだ?」


「気絶…?ああ、俺テントに落ちてきたんだっけ…?よく覚えてないや」


 テント上方を見上げると、俺が落ちてきたらしき箇所に大穴が開いている。そこから、偶然にも下には馬用の飼葉かいばが敷き詰められていたため、俺はかすり傷で済んだらしい。


 そういえば、一緒に落ちてきたであろう、あの巨大な赤い龍はどうしたのだろう。テント内を見回しても、赤い龍の姿は見えない。


「あ…れ…?赤い龍さんは!?」


「赤い…龍…とな?」


 テントの入り口から、低くりんとした何者かの声で呼びかけられる。


ーーーーー44ーーーーー


 何者かは近づくほどに重い空気を引き連れてきた。ピリピリとした空気を全身にまとい、1歩ずつ距離が縮まるごとに、自分の拍動が速まっていくのが分かる。


「そなた、リヒトと申したか。具合はどうだ?」


 ライの背後から顔を覗かせた何者かは、腰まである長いひげと黒い眼帯をしているが、気配からは想像もつかないほど、優しい目をしていた。


「体は軽傷だけみたいです。あな…たは?」


「私はオー…いや、旅楽団のただのしがない楽団員の一員だ。して、赤い龍についてだが…」


と、オーと名乗る男性は周囲に目配せをすると、人払いをしてくれた。エレナも不満げな表情を浮かべながらも、ライと一緒にテントから出ていくときには、すっかりご機嫌な様子だった。


「そなたには、赤い龍が見えたというのだな?」


「見えた…というより、赤い龍と話した…気がする」


「なんと!リヒト、そなたは龍と会話まで交わしたというのか。よもや…何か約束でもしたのではないのか?」


ーーーーー45ーーーーー


 俺は何となく “契約” について話してはいけない気がして


「あ、いえ。特に約束なんてしてないです」


と、とっさに嘘をついてしまった。


「ふむ………しばし待たれよ」


 オーと名乗る男性は、真っ直ぐに俺の顔を見つめると、何かを悟ったようにうなずく。そして、両の手のひらをパン!と打ち鳴らすと、次の瞬間には手の中に楽器のようなものが握られていた。そして、間髪かんぱつを入れず


「さあ、リヒトよ。何も考えず、この楽器を鳴らしてみよ」


と言うと、大きな手で俺の手を引くや否や、有無を言わさず楽器を乗せてくる。


「鳴らすって?俺楽器なんて弾いたことないですけど」


「いいから、思うがままに弾いてみよ」


《弾いてみよって言われても、何をどうしたらいいのか…あれ?これは…?》


 楽器の隅をよく見ると、小さく刻印のようなものが記されており、その刻印が今、わずかに動いた気がする。驚いて楽器を取り落としそうになったものの、何故か楽器自体が手に引っ付いているように離れない。


ーーーーー46ーーーーー


 それどころか、楽器を握る俺の手に刻印が近づき、い上がってきては、巻きついてくるではないか。蛇のようにうねうねと動くその刻印は、感触すらしないが、腕を締め上げながらも、腕の中に侵入しようとしている…!?


「刻印が…刻印が…!」


「ふむ…なるほど」


「取って…取ってください!」


「いや、そのままで後少し耐えよ」


 腕に巻きついた刻印が次第に薄くなり、腕の中に溶けて消えた…!!!


と、次の瞬間にはどこからともなく不思議な音色が流れ始める。大広場から流れていた陽気な音楽とも違う、門があるべき場所で聴こえてきた優しく懐かしい音色に近い。


 そして、その優しい旋律せんりつに重なるようにして、いくつもの音色が重なり始める。1本だった旋律は、2本…3本…無数の和音となり、荘厳そうごんなオーケストラとなって美しいハーモニーを生み出していく。


 この音色を聴いていると、恐ろしく心地が良く、不安も恐怖も消えていく。それどころか、体の内側から自信と力が満ちあふれ、やれないことはこの世に何もないのではとさえ思えてくる。


ーーーーー47ーーーーー


「そこまで!」


 不意にパン!と手が打ち鳴らされる音がテント内に響き渡り、その瞬間音楽が一斉に鳴り止んだ。


と同時に、外に出ていたライが血相を変えてテント内に飛び込んでくる。


「大丈夫か!?」


「心配するでない」


 オーと名乗った男は、ライを制止すると、うやうやしく被っていた帽子を脱ぎ始める。そして、改まって右手を差し出すと


「リヒト、ライ。そなた達には魔力が宿っておる。私はこの休みの期間を利用し、世界中を旅楽団の一員として旅していた。そなた達のように、隠れた魔力の持ち主を探すためだ」


「魔力?なんですか、それ?」


「ライには先程すでに説明したが…この世界には、大きく分けて魔力を持つ者【Xenoゼノ】と、持たない者【Nemoネモ】と2種類の生物が存在する。そなた達は魔力を持つ者、選ばれしゼノなのだよ」


ーーーーー48ーーーーー


「ゼノ?選ばれた?魔力?というか、おじさん何者??」


「ああ、紹介が遅くなりすまなかったな」


 オーはひげで隠れている口元に手をやると、おもむろに咳払いをし、何かをぶつぶつと唱え始める。


 すると、旅楽団の派手でラフな衣装が、またたく間に、おごそかで繊細な礼装へと変わっていた。背中には重厚なクローク、頭には顔のサイズよりも大きな山高帽やまたかぼうが乗っている。


「私はこの世界に7校ある魔法学校のうちの1つ。最も中央に位置する第一魔法学校、そこの校長をしている、オーディンという者だ。そなた達に、魔法学校への入学許可証を進呈しんていしよう」


ーーーーー49ーーーーー

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