6話 

「はー……。終わった」

 葵は机に顔を突っ伏す。課題はしっかりやった。土日に見直しもした。そして挑んだ今日のテスト。葵は撃沈した。内容自体は基本的に課題と同じ内容だったが、聞かれている場所が違った。数学に関してはより応用な問題が出て、社会は選択問題だったのが記述になり、英語は空所補充が増えた。理科は課題の問題とほとんど同じだったのと、国語の文が読みやすかったのだけが救いだった。絶望感に浸っている葵に、紗菜は後ろから「どうしたの?」と声をかける。

「紗菜……、わたし無理かも」

「何々どうしたのよ。テストできなかった?」

 葵は突っ伏したまま頷く。紗菜は「確かに難しかったね」と言って、空いている前の席に腰かける。

「そんなこと言って、どうせ紗菜はできたんでしょ」

「まぁそこそこ」

「紗菜の頭が欲しい……」

 葵はそう言って「はー」と大きなため息をつく。ヘアアイロンで作った前髪がため息で揺れる。

「もう終わったんだし、切り替えなよー」

「紗菜はできたからそんなこと言えるんだよ」

 テストも終わったこともあり教室は解放感で溢れていた。生徒たちはテストのことなんてすっかり忘れ遊びの予定を立てたり、部活の話をしている。一部の生徒は課題のテキストを開き、間違えたところを確認しているが、三年後の受験勉強なんて忘れ、今は青春を謳歌しようという生徒が多い。恐らく地頭が良い子が多く、「できなかったー」と言ってもそれほど悲観するできではないのだろう。しかし、葵の地頭はそこまでよくなく、無理してこの県浜に入ったこともあり、今回のテストで自分のできなさを改めて痛感した。こんなできで果たして進級できるのか。心配している葵とは違い、紗菜は葵の制服を摘み、「早くお昼行こー」と急かす。

 ガタッ――。

 不意に隣の席が音を立てる。葵はふと横を見ると、紫音が席を立ち、葵に向かって何か話しかけようなとしている。

「ちょっといい?」

「うん……」

 突然、声を掛けられたことで葵は一瞬面食らう。入学式の後、紫音と話したとはいえ長い間会っておらず、また紫音に黙って陸上を辞めたこともあって気まずい。紫音は入学式の時とは違い、気まずそうな雰囲気はなく、何かを決意したように思える。

「今度、陸上部の見学に来てくれない?」

 覚悟はしていたが、面と向かって誘ってこられると戸惑う。葵が戸惑っている様子を見た紗菜は葵の代わりに答える。

「え! おもしろそう!」

「ちょっと紗菜……」

「いいじゃない、見学くらい」

 紫音はリュックを肩にかけ、教室の外へ出る。ちょうど扉にさしかかったところで葵の方を向き、

「じゃ、待ってるから」

 そう言って教室を去って行った。

「もう、ちょっと紗菜」

「ごめん、ごめん。でもいいじゃない見学くらい」

 紗菜の軽いノリに少し苛立ちを覚える。葵には自分が抱えている陸上に対しする複雑な感情があり、それについてもう考えたくないと思っている。そんな私にまた陸上を思い出させるのか。

 葵は「ふんっ」と言って、机にかかっている鞄を手に取り、紗菜を置いて教室から出ていく。

「あ、葵、ちょっと待って!」


 

 二人は浜松駅にあるハンバーガー屋に来ていた。平日ということもあり、店内はさほど混んではいない。新しく駅中に「さわやか」ができたことも一つの理由かもしれない。葵は普通のハンバーガーセットを頼み、紗菜はコーヒーとフィレオフィッシュの単品を頼んだ。

「よくミルクと砂糖なしでコーヒー飲めるね」

「なんでだろう。気づいたときには飲めてた」

「大人……」

 葵はすぼめた口でポテトを食べながらコーヒーを飲む紗菜の姿を見つめる。制服とは言えど、その姿はとても大人っぽい。将来、キャリアウーマンとして働いている姿が目に浮かぶ。

「それで、今日はどうする?」

「どうしよっか」

「そしたらさ、女子高生っぽい事してみない?」

「女子高校生っぽい事?」

「せっかく今駅にいるんだし、このまま街で買い物して、映画見て、プリクラ撮って――」

「賛成! ってことは、今日は紗菜とデートってことだね」

「そゆこと」

「私ちょうど見たい映画あったんだ」

「じゃあそれを見に行きましょ」



 二人はハンバーガー屋を出ると駅中にあるショップモールに向かった。二人は映画までの空いた時間で洋服屋や雑貨屋を見て楽しんだ。雑貨屋に行くと可愛いグッズが多並んでいて、必要でなくてもついつい買いたくなってしまう。その度に家族から無駄遣いを指摘される。妹からまたいろいろ言われることを想像し、葵はそんな衝動をなんとか我慢した。その後、時間が来たので映画館に向かった。



 映画館に着くとキャラメルポップコーンの良い香りが鼻を満たす。葵はこの匂いが大好きで、街に来ると特に映画を見る予定が無くてもふらりと立ち寄ることがある。葵はこの匂いに釣られ、足が勝手にポップコーン売り場へ向かう。

「ちょっと葵、先こっち」

紗菜に後ろから紗菜に襟を掴まれる。

「ぐへー」

「先にチケット買うわよ」

 そう言って二人はチケット販売機へと向かう。葵が見たい映画は、過去にヒット作を何本も生み出している監督の新作アニメーション映画だ。原因不明の寝たきりになった少女を救うべく、少女の幼馴染二人が協力して事件を解決するストーリーで、公開してすぐ面白いと話題になっていた。葵自身もこの監督の作品を何本か見ており、絵のタッチや作り上げる世界観に魅かれファンになった。この監督が創る作品には毎回テーマがあり、今回は夢がテーマだそうだ。

「席どのへんにする?」

「空いてるしいつもと同じく真ん中にしよう」

「了解―」

 紗菜はそう言って販売機のタッチパネルを操作する。お互いに映画が好きでよく来るため、タッチパネルの操作はお手の物。いつも通りの席を選ぶ。二人はここの映画館のカードを挿入する。二人ともこの映画を見れば一本映画視聴が無料になる。

「ちょうど今日でポイント溜まるね」

「私ちょうど見たい映画あるのよ」

「そしたら次は紗菜のチョイスで来よう」

 紗菜は発券機からチケットを取り出すと、いつもどおりカードを裏面にしてシャッフルする。

「んー……。こっち!」

 葵は裏向きになったチケットの左の方を選ぶ。チケットを表にすると葵はスクリーンから見て真ん中の左側だ。

「毎回これやるけど正直どっちでも変わらないよね」

「どっちでもいいからこそやるのよ」

 二人は開演までの間グッズ売り場で時間を潰し、入場時間が近くなるとキャラメルポップコーンを一つ買って、お目当ての映画のやるスクリーンへと向かう。



「始まる前に無くなりそう」

「ちょっと、二人で一つなんだから我慢しなさい」

 つまみ食いする葵の手を紗菜はびしっと払うと、葵は「ちぇっ」といって頬を膨らます。紗菜は葵の膨らんだ頬を左手の人差し指でぎゅうっと押す。

「ちょっとやめてよ」

「タコみたい」

「何それ」

 二人がじゃれているとスクリーンがだんだん暗くなる。それと同時に、次に公開される映画の予告が流れ始めた。

「そろろそ始まるわよ」

「うん」



「うー感動した!」

 紗菜は目をウルウルさせ熱く映画の感想を語る。葵がチョイスした作品だが、どうやら紗菜にも刺さったらしい。葵は紗菜も満足してくれたことに安堵する。流石ヒット作品というべきか、とても作り込まれていて最後のエンドが葵の心にも深く刺さった。子供向けのアニメかと思いきや、学生や大人にも考えさせる作品。二人はあふれ出る感想をお互いにぶつけながら映画館を去る。

「次どうする?」

「プリクラ撮ってカフェに行こう!」



 二人は映画館の下の階のゲームセンターでプリクラを撮り、映画の半券を使ってUFOキャッチャーをした。毎回、映画を見るたびにやって失敗し反省するのだが、またこのゲームをやる頃には前回のことはすっかり忘れ反省を生かせないことが多い。今回も収穫はゼロだった。

「あーむっずこれ」

「よく学校で男の子たちが自慢してたけど、これ取れるの凄いね」

「ほんとね。また映画見た時にやりましょ」



その後、二人はカフェで延々と映画の感想を延々と駄弁った。気が付くと既に外は暗くなっていて、二人は母から連絡が届いていた。

「そろそろ帰ろっか」

 二人は街灯の灯った街中をバス停に向かって歩く。街には人だかりができていて、大学生や社会人はこれから飲みに行く話をしている。葵はビルのガラス窓に映る自分の姿が憧れの制服に身を包んでいることに気が付き、自分が女子高生である事を改めて実感する。

「これが青春か」

「どうしたのよいきなり」

「一年前の自分を想像すると信じられなくて」

 紗菜は葵の肩を両手でバッと掴みながら、

「葵の努力の結果よ。これから三年間続くんだし、高校生活楽しみましょ!」

 そう言って紗菜は二ッとハニカム。葵は紗菜の姿に表情が綻ぶ。

「そうだよね。ありがとう紗菜」

 葵は初めて味わう青春に新鮮さを感じながら、ゆっくりと家路へと向かうのだった。

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あおいそら 結城 佐和 @yuki_sawa

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