3話

「あー、体重……」

 身体測定が終わった葵は、自分の体重が思っていた以上に増えていたことに驚き、悲しさのあまり体育館の隅で落ち込んでいた。

「日ごろの運動不足が原因じゃない?」

 昨日と同じようなことを言う紗菜に、葵は断固として認めない。

「いや、これは昨日のハンバーグのせいだ」

コツン、不意に頭にげんこつを食らう。

「痛っ……なにすんのよ!」

 紗菜は叱るときげんこつをすることが多い。今回も同様、軽めのげんこつを食らった。

 紗菜は厳格な性格で自分に厳しいが、親しい友人にも厳しいことを言うことが多い。今回も、毎度言っていた事を葵がなかなか聞かないためにげんこつをした。

「私だって昨日同じの食べたでしょ。でも体重去年と変わってないわよ」

 そう誇らしく語る紗菜の身体を葵はまじまじと見つめる。スラリとした足は腰辺りで絶妙な曲線を描き、ウエストはキュッとして、それでいて上半身は出るとこ出ていて、顔が小さく長身、モデルと言っても過言ではないほどスタイルがいい。おまけに容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群の数え役満である。

 一方の葵自身は特に目立っていいところはなく、しいて言うなら顔は悪くない(自己評価)くらいで、最近は少し顔が丸くなった気がする。今の自分と紗菜と比較して悲しくなる。葵は少しくらい紗菜の言うことを聞いて運動をしようと決意すると、

「あの……太刀川さんですよね?」

 見覚えのない人物に話しかけられる。その人物は、身長は低くきゃしゃな体躯、髪はショート。葵は出会った人物の中から彼女の名前を探すが思い出せない。

「えーっと……」

「私は千堂海美せんどう うみです。同じクラスの」

「ごめんなさい、私まだクラスの人の名前と顔覚えられてなくて……」

「いえ、全然大丈夫ですよ。私もまだ全然覚えられてないし」

 そう言って、海美は表情を緩める。第一印象から海美の人柄の良さが伝わってくる。

 葵は海美の表情を見てホッとし、顔の緊張がほぐれる。

「実は私の妹、太刀川さんのファンなんです。実は私、中学の時陸上やってて……太刀川さんは部活とかは? やっぱり陸上部?」

 葵はその言葉に、リラックスしたはずの身体に緊張し、胃の奥の方にツンとした痛みが走る。

 紗菜は少し心配そうに葵の表情を伺う。

「そうだったんですね……。えっと、部活は……」

「ちょっと葵怪我してて、悩んでるんだよね?」

「そうそう。今怪我してて入るかどうか悩んでて」

 紗菜のフォローに助けられる。葵は海美に誤魔化しの言葉を言う。すると、海美は少し残念そうな顔をする。

「そうだったんですね……。私の妹、太刀川さんのこと凄く憧れていて――」

「海美行くよー」

「今行くー」

 海美は「それじゃあ」と言って友達の待つ方へ去って行った。

「よかったじゃん。葵のファンだって」

「ちょっとやめてよ……。私はもう……」

「はいはい」

「もう……」

「私たちも教室戻ろっか」



 教室に戻って暫くするとホームルームが始まる。ホームルームで濱松から来週の頭にテストがある事を告げられると、クラス中で大ブーイングが起こった。葵も実際テストがあると聞き、顔が真っ青になった。一応、入学前に出された課題はしっかりやったのだが、入学していきなりテストをやるとは予想してなく、自称進学校の意識の高さに絶望する。自分の学力に自信のない葵にとって入学して早々順位をつけられるのは酷な話だった。濱松は「今日はこれで終わりだがくれぐれも羽目を外し過ぎないように」と言い、ホームルームは終了した。

 ホームルーム後、大ブーイングをした生徒たちの間に謎の一体感ができ、野球部の子が音頭をとり、教室が大騒ぎに。葵は少し引いた眼でその様子を眺めていると、紫音は呆れた顔をして足早に教室を去って行った。葵はこういうノリが苦手という事もあって、他の先生に怒られる前に紗菜を呼び教室を出る。それと同時に、隣のクラスの先生が葵のクラスに入って行った。そして、案の定、怒鳴り声が聞こえてきた。



「タイミングよかったね」

「少し遅かったら巻き添え食らってたよ……」

 葵は持っているサブバッグを抱きかかえながら俯く。

「はぁ……。テストあるなんて聞いてないよ……」

「どうせ課題から問題が出るでしょ」

「紗菜は頭が良いからそういうこと言えるんだよ……」

 葵はそう言って大きなため息をつく。学校から出された課題は中学受験レベルの内容だったが、葵はその課題を終わらせるのに苦労していた。特に数学は元来苦手な科目で、テストで数字を変えられたら解けるかどうか怪しい。葵は軽々と課題から出ると言える紗菜を羨ましく思う。

「ところで部活見学どこ行く?」

「あ、そうだったね。吹部は見に行かなくていいの?」

 葵の言葉に紗菜は「んー」と唸り声を出す。

「とりあえず掲示板見に行かない?」

「おっけー」



 二人が掲示板に向かうと、まだ他のクラスはホームルームが終わってないようで誰もいなかった。

「ラッキー!」

「人が混んでなくて良かったね。さて、どんな部活があるのかしら……」

 掲示板には色とりどりのポスターが貼っており、サッカー部、野球部、バスケ部、吹奏楽部、家庭部などそれぞれ個性が溢れている。ポスターには新入生歓迎の言葉文句と部活の活動時間が書かれており、新入生はその時間内であれば自由に見学できるようだ。

葵はじっくりポスターを一枚一枚見ていく。葵の目にはどの部活も面白そうに見え、入学前は帰宅部で青春を謳歌しようかと考えていた葵だったが、色々な部活を見学してみるのもありかなと思い始める。

「吹部は今日休みみたいね」

「紗菜はどこか行きたい部活ある?」

「んー……陸上部とか?」

 そうニヤニヤしながら言う紗菜の脇腹に葵は肘打ちを食らわす。紗菜は「痛っ」と短く声が出る。葵は紗菜のことを気にもせず「ふん」と言って頬を膨らませそっぽを向く。

「ごめんごめん、冗談だって」

「もう知らない」

「ねぇ葵、ちょっと見て。これ面白そうじゃない?」

 紗菜はそう言って、ポスターの内の一つを指さす。葵はそっぽを向いた顔を戻しそのポスターを見て、

「おもしろそう! でも、ちょっと不安……」

「大丈夫よ。見学したからって強制入部ってわけじゃないし」

「そうだよね……よし、行こう!」

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