1話
濃紺で揃えたブレザーに膝丈スカート。憧れていた制服で身を包み、華やかな女子高生生活に期待に中々膨らまない胸を膨らませ、
何度か来たことがあるはずだったのに、今日は何故だか門をくぐろうとする足が動かない。緊張しているのか。今になってようやく合格した実感が湧いてくる。
ふと気付くと、隣にいたはずの
「ごめん!」
葵はそう言って、勢いよく門をくぐった。
「桜、綺麗ね」
そよ風に吹かれ
ここ県立浜松高校、略して
この日の桜は今年一番と言えるほど満開で、新入生たちを出迎えるかのように、垂れた枝が桃色のアーチを造っている。
「ほんと凄いね」
葵はそう言って辺りを見回す。前方に和気藹々としている三人組の男子が目に入る。知り合いだろうか。それとも今日知り合ったのだろうか。
葵は一抹の不安を覚える。
「一緒のクラスだといいなぁ……」
甘えた声で呟く葵の言葉に、紗菜の整った顔がくしゃりとなる。
「葵、三年前と同じこと言っている」
「だって……! 私、人見知りだし……。友達作れるかな……」
「そんなこと言ってると、これから困るわよ」
「それは分かってるけど……」
「でも、同じクラスだといいわね」
桜のアーチを抜けると坂道も終わり、校舎が見えてくる。二人は入学式の受付を済まし、配布物を受け取る。葵は受け取った書類の中からクラス名簿を見つける。
「太刀川……太刀川……あった」
「何組だった?」
「一年六組だったよ。紗菜は?」
紗菜の表情が曇る。葵の胸に不安がよぎる。友達ができず、クラスで独りぼっちな自分を想像し震える。独りは嫌だ……。
しかし、それは杞憂だった。
「一緒だよ!」
紗菜の表情は
胸をよぎった不安はすっかり消え去り、葵は人目も憚らず紗菜に抱き着いた。
「もう……紗菜のバカ」
「ごめん、ごめん……葵、苦しい……」
「あ、ごめん、ごめん」
葵は抱き締める力を緩める。紗菜の髪からはトリートメントの香りがした。
一年生の教室はこの学校の最上階の五階にある。昇降口でスクールバッグから持参したスリッパを取り出し、ローファーと履き替え教室へ向かう。坂を登った後に上る五階まで続く階段は、運動不足の葵にはきつかった。
息を切らし、辛そうに階段を上る葵の姿に、紗菜は呆れた顔をする。
「ちょっとは運動したら?」
「なかなか時間なくて……」
「時間は作るものよ?」
「その通りです……。てか、紗菜はきつくないの?」
「毎朝ジョギングしてたし、このくらい余裕よ」
吹奏楽部の部長の傍ら生徒会長をしていた紗菜は、それだけでも多忙なはずなのに、運動神経抜群なこともあってか、運動部の助っ人として大会に出ることも多かった。それでいて学業トップで非の打ち所がない。
葵はそんな紗菜の事を尊敬すると共に、彼女だけ一日の時間が違うのではと思ってしまう。葵はこの一年受験勉強するだけで手一杯だったのだから余計そう思える。
五階まで続く階段をようやく登り切り、一年六組の教室の前まで辿り着く。教室の扉は開いており、葵は紗菜に続いて教室へ入る。
教室は既に多くの生徒がいた。葵と紗菜は、黒板に張られた座席表を確認し、それぞれ席へ向かう。葵の席は廊下側から三列目の一番後ろの席だった。
教室を見渡すと、初対面のせいかお互いに敬語とタメ語が混ざり合ってぎこちない感じで会話している生徒もいれば、すぐに誰とでも仲良くなれるタイプの生徒もいて入学式ならではの初々しさを感じる。
葵は不意に人見知りを克服したい衝動に駆られる。辺りを見回し、話す機会がないか伺う。
しかし、右隣りはまだ空席、左隣りは男子、前の子は女子だが、既にその子の隣の席の子と既に話している。葵は、男子に話しかける度胸も、話に花が咲いているところに割って入る勇気もない。今回は諦めて、受け付けで配られた書類をあてもなく眺めることにする。
暫くすると書類を見るのも飽き、ふと紗菜の方を見ると既に周りの子達と仲良くなっていた。急に寂しさを覚えた葵は肩にかかるボブヘアの髪を指先で弄る。しっかりケアしたと思っていた毛先に枝毛を見つけ落ち込む。やはりヘアアイロンは髪を痛めるようだ。
そんな事をしていると、前の扉から背の高い男性が入ってくる。黒髪に混じる白髪から四十台前後と言ったところだろう。男性は持っていたファイルを教団に置き、生徒に向かって言う。
「みなさん入学おめでとうございます。私は、このクラスを受け持つ
濱松が挨拶をすると、生徒達は疎らに頭を下げる。葵も、周りに合わせお辞儀する。葵の左斜め前の男子生徒が元気な声で、よろしく願いしますと言うと、
「坊主の君、元気がいいね! 野球部かな?」
濱松がそう言うと、その男子生徒は、はいと言い、恥ずかしそうに頭を掻く。その様子に教室の雰囲気が和む。
その時、教室の後ろの扉が勢いよくガラりと開く。葵は扉の方を向くと、そこには見覚えのある少女が立っていた。くりっとした丸い目に、整った鼻。可愛らしい顔立ちに似合う黒髪のツインテール。その少女の見た目は、お人形と言っても過言ではなく、最後に見た時から全く変わってない。
葵はその少女がここにいることが信じられず、口が開いたまま固まる。
「遅刻だね。次からは気を付けてね」
「すみません。電車が遅れて」
「名前は?」
「
濱松は座席表を確認すると、
「御手洗さんは廊下側から二列目の一番後ろだから、その空いている席だね」
「ありがとうございます」
紫音は淡々とした口調で言う。紫音は小さな頭を回し、葵の右隣の空席を確認すると、その瞳が葵を捉える。そして、大きな目をさらに見開き固まる。見つめ合う二人の間に流れる沈黙。
葵は空いた口から思わず声が漏れる。
「どうしてここに……」
紫音はプイっと目を逸らすも、その口元は何か言おうとしている。しかし、その言葉は濱松の言葉に掻き消される。
「それじゃあ出席取るぞ」
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