現代における剣術流派の巻物伝授
古い武術といえば秘伝書や巻物の伝授をイメージされる方も多いと思います。維新以前、旧幕藩時代には様々な流派が流派を修め上達した証拠として目録や免許の巻物を弟子へ伝授していました。藩によっては武士は家を継ぐために何らかの流派の目録(大ざっぱに言うと今の武道の二段三段程度)が必要な事もありました。また、村落部でも若者教育や娯楽として多くの武術が学ばれていました。なので古い御宅には先祖が授かった武術の巻物が伝わっていたりします。
維新後、旧藩時代に修行した人々が引退し、世代交代した大正昭和以降の話になりますが、特に剣術の世界で旧藩時代のような伝書(目録や切紙、免許など)が発給されない例が増えます。
(もちろん、昔のまま伝書を出している師範も多くいました)
これはどういう事かというと、それぞれに事情がありますが、一つには武徳会を中心に剣術の稽古体系と試合形式、および称号制度などが全国統一されていき、大正頃から「剣道」として一般化していった事が影響しているのではないかと思います。近代の中央集権とよく似た事が武術の世界でもおこったわけです。
旧藩時代は各藩によって習慣も社会もそれぞれ違いがあり、武術流派もそれぞれの藩や地方の師範や代々師範を勤める家系などがあり、権威あるライセンス(免許や目録)の発行権者が各地に多数いる状態でした。
近代以降は武徳会が結成、もっとも権威ある団体となります。旧藩時代に修行した人たちはともかく、その息子世代になると武徳会支部も全国展開し、さらに京都の武徳会や東京の有名道場で修行して地元に戻る人も多くなります。
・武徳会と称号
武徳会では全国の練達の武術家に称号を出しました。のちに
明治の武徳会では旧藩時代の師範たちによる剣道の学校教育への採用を目指す運動が進められ、色々ありましたが学校教育に剣道は取り入れられます。剣道教師の仕事は全国にあったため武道専門学校(武専)を卒業すれば職には困らなかったようです。(武専については、村上もとかの漫画「龍」の序盤で舞台になっています。興味ある方はぜひご一読を)
こうなってくると、伝来の剣術流派の免状には全国的には私文書の価値しかありません。(もちろん剣道が出来る証拠にはなるでしょうけど、国がバックについている武徳会と信頼度はけた違いです)
また、流派独自の技術もあまり意味がなくなってきます。たとえば埼玉のある念流の道場では、戦前、門下生は帝国剣道形(のちの大日本剣道形)のみを稽古しており、念流の形が出来るのは師範と師範代だけでした。これは帝国剣道形が出来れば武徳会の審査にとおる事や、学校教育で教える事ができたからです。
同様に明治末から昭和にかけて、多くの地方流派で後継者や見どころのある弟子を武徳会に研修に行かせたようです。例えば史上五人いる剣道十段は全員地方の伝統剣術道場の出身です。
小川金之助は旧尾張藩の加藤道場出身(北辰一刀流)
持田盛二は父から法神流を学んでいます。
中野宗助は久留米藩の
斎村五郎は福岡黒田藩の
大麻勇次は肥後藩新陰流和田道場の出身。
というように、明治中期以降、才能ある若者は警察や東京の有名道場、また武徳会で学び剣道指導者となっていきました。剣道十段だけではなく、類似の経歴を経て剣道指導者になった者の多くは、若い頃に学んだ流派剣術の形や稽古法を弟子に教えた例はほぼありません。これは現代に残っている流派の少なさを見ればわかると思います。
剣道十段の多くは昭和四十年前後まで存命であるのを見ればわかるように、第二次大戦後まで多くの剣術流派の経験者や師範クラスの人が残っていましたが、彼らの多くは武徳会剣道、のちの全剣連剣道のみを教えて流派剣術は教えなかったわけです。
・免許や目録の発給
前記のような社会背景では、流派剣術の形や稽古法をわざわざ弟子に教えるのは余程の理由が無いとありません。
ましてや、私文書でしかない流派の免状や目録をわざわざ伝授する手間をかける人も減ってきます。旧肥後藩の新陰流師範である和田家や横田家(その後継者の宮脇弾次)などは大正頃まで流派の目録や免許を出していますが、その後継者たちは全剣連の剣道のみを教えて、流派の免状を出していません。これは多数いた旧肥後藩の新陰流師範全体の傾向です。
上記熊本の例ですが、全国的な傾向と言えます。流派の形が残った例としては、剣道稽古のあいまに変わり者の(熱心な)弟子に流派の形を教えていた例、地方の剣道大会のセレモニーとして明治生まれの剣道師範が流派の形をやっていて、演武の相手役をやっていた弟子だけが形を知っていた例、あとは私道場の後継者だけ習ったとか極意の形数本だけ道場の大事な歴史として残した例なども見られます。
最近あったニュースで山口県の
このような状況ですので、わざわざ伝書を書いて伝授しない方が普通でした(流派の伝書より剣道の段の方が価値がある)。場合によっては亡くなる前に弟子が流派の資料として師匠がもらった免状や目録を受け継いでいる例もあります。
まったく逆の例になりますが、剣道の段(実は結構最近まで剣連と無関係に道場独自の段を出している例があります。)の代わりに目録や免状を出している例が見られます。この場合、目録に書かれている内容を習っていないというパターンが結構あります。
・現代の伝統剣術流派
現代日本でもそこそこの数の流派の伝承が残っています。
ですが、これまで書いたような理由で、多くの流派で伝書の伝授は一般的におこなわれていません。一刀流(中西、小野、無刀、甲源、北辰)、新陰流各派、二天一流、
会派によっては級や段を出していたりするようですが何も無い会派が多いと思います。
・最近の古流剣術における伝書について
そういった一般的な流派に対して、最近になって伝書の伝授を復活している場合があります。また、江戸時代の
これらは別に悪い事だとは思いませんが、伝書の伝授などが中断していた歴史を知らず
「伝書の伝授が無いのは偽物だ」
みたいなことを思う人もいます。古来通りの伝書の伝授が大事と思う人が多いのはわかります。ですが実際の現状は先のとおり、特に剣術に関しては伝書の伝授はしていないほうが一般的です。
というわけで、皆さんは
「免許巻物をもらってないから偽物だ!」
とか
「免許巻物をもらっているから本物だ!」
とか軽はずみに決めつけないようにしましょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます