第17話 蠱術
「まだそうと決まったわけではありません。噂が独り歩きしている可能性もございます」
諭すように優しく話しかけたが、それで納得する性格を明鳳は持ち合わせていない。
「あれが大人しい理由がその証拠だ」
頬杖をつき、ふんと鼻を鳴らす。
「あいつの性格なら娘の元に訪れろだの言うに決まっている。娘を褒めて、俺の興味を引き、寵妃にしようとするはずだ。男児を産ませ、いずれ自分がこの国の政権を握りたいんだろう」
嘲るように口角を持ち上げた明鳳を見て、玉鈴はため息混じりに口を開く。
「はず、ということは憶測ですよね? 冗談でも憶測で物事を判断し、言葉に現してはいけません」
「いや、そうに決まっているはずだ」
「亜王様。貴方の言葉ひとつで臣下は首を刎ねられるのです」
それでも納得しない明鳳に、苛立った様子で玉鈴は声を鋭くさせた。
「言葉の重みをご理解なさいませ。貴方は亜王です。貴方が冗談で言った言葉でも、周囲は翻弄され、断罪される恐れがあるのですよ」
明鳳は唾を飲み込むと黙り込んだ。やっと事態を理解したらしい。
それを見て、玉鈴は小さく微笑み、優しく話かけた。
「この件も僕が引き受けますので亜王様はごゆっくりなさってください」
四頁程、読み込んだところで明鳳がくぐもった声で玉鈴の名を呼んだ。
「……呪詛の原因は分かっているのだろう?」
先ほどよりも力ない問いに玉鈴は頷いた。
「ええ、分かっております」
「それを聞くのも駄目か」
「いいえ。ただ、気分を悪くする可能性があります」
「構わない」
「猫です」
明鳳が顔をあげた。頭上には疑問符が浮かんでいる。
「猫を殺して、それを贄に呪詛を作ったのでしょう」
「わざわざ呪詛なんぞのために……」
明鳳は俯いた。
「
蠱道とも蠱毒とも言われる動物を贄にした古の呪術。壺や箱に数多の生物を閉じ込め、共喰いさせるもの。一週間、首だけを出した状態で土に埋めるもの。あげればきりがない。
「猫は九つの魂を持ち、その身には魔を持ちます。古来より、臓物を薬にしたり、人を呪うための贄にしたりしていました。それを応用したのでしょう」
事実を伝える玉鈴の言葉に明鳳と貴閃は信じられないと顔を顰めた。
どんよりと重たい空気が房室を支配する。
資料を読み込む玉鈴以外、口を閉ざす。そんな中、この場に似合わない嬉々とした声が響いた。離れた卓で縫いものをしていた豹嘉が軽い足取りで玉鈴の元に駆け寄ると料地を前に差し出した。
「玉鈴様! 見てくださいませっ。自身作ですわ!」
差し出された両手には先程と似た模様が挿された巾着が五つ程、重なるように積まれている。玉鈴はその内の二つを持ち上げて、表面に挿された刺繍を見つめ、
「いい出来栄えです。ありがとうございます」
目の前に座る明鳳と貴閃に差し出した。
「亜王様、これを肌身離さず持っていてくださいませ。大長秋様も」
二人は首を傾げながらも黙って受け取った。
「これは何のためのものだ?」
「呪詛避けです。猫の呪いというのは恐ろしいもので、対象者以外でも必要以上に近づけば障られる可能性があります」
短く悲鳴をあげながら貴閃はそれを胸に強く抱え込むと、首が痛くなるのではと思うほど首を上下にふる。
明鳳は巾着を右から見たり、頭上に持ち上げたりしてまじまじと観察する。指で押すと硬質な感触が伝わった。大きさは小指の関節ほどだ。中身の正体が気になり、紐を引っ張ろうとすると玉鈴は急いで止めた。
「決して開けてはいけませんよ」
「駄目なのか」
「開けると効果がなくなります」
明鳳はつまらない、と口を尖らせた。
「全てが終われば中を見るぞ。それならいいな」
好奇心旺盛な明鳳はどうしても中身を見たいらしい。巾着を手の中で揉みながら、中身はなんだろうと思考する。
どこかそわそわとしている明鳳を見て、玉鈴は目尻を下げると
いっそ、見事な変わり身である。明鳳と貴閃は呆気に取られた。先ほどの豹嘉の態度に怒鳴ろうにも、拍子抜けした気分だ。
「豹嘉はこういう
豹嘉の態度に気付いていないらしい玉鈴はどこか自慢気に言った。
「勿体ないお言葉ですわ」
その背後で玉鈴に褒められた豹嘉は自身満々に返事をする。
ため息を零しつつ、尭が早足で近づいたと思えば豹嘉の脇腹を軽く小突いた。硬く握られた
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