第16話 四夫人


 玉鈴は手に持つ資料に視線を落とした。そこには流れるような文字が綴られている。


「それは生家に関係しているのか?」

「こう言ってはあれですが、才昭媛様のご実家はその、少々気位が高い方が多いため恨みをよく買っているみたいなのです」


 言いづらそうに玉鈴は言葉を濁す。

 明鳳も理解したようで「ああ」と遠い目をした。


「あれは自分の意見をごり押しするな」


 明鳳は項垂れた。

 その様子を見て玉鈴は思い出した。才昭媛の父は外廷に勤める高官だ。明鳳も才家の気性を身をもって知っているのだろう。


「亜王様、一つお伺いしたいことがございます」


 玉鈴は思い立ったように顔を持ち上げた。

 空になった茶器を貴閃に差し出しながら、明鳳は「なんだ、言え」とぶっきらぼうに答えた。しかし暇を持て余していたためか、声をかけられてどこか嬉しそうである。


「才翠嵐様はなぜ昭媛の位なのでしょうか?」

「どういう意味だ?」

「才家は高官を多く輩出する名家です。過去には丞相や太保の地位に上り詰めた殿方が多い。それゆえ降嫁こうかされた公主は他の家とは頭一つ抜き出ております。血筋で見れば、四夫人でもおかしくはありません。それなのに昭媛の位にいるのを少々疑問に思いました」


 明鳳は玉鈴の疑問に思考し、背後で茶器に茶壺から茶を注ぐ貴閃の名を呼んだ。


「説明しろ」

「御意に」


 やっとの自分の出番に、貴閃はこころなしか嬉しそうに一歩前に踏み出た。その際、名鳳の目の前に湯気が立ち上る茶器を置くと親指を折り曲げた右手を見えやすいように掲げた。


「現在、四夫人の座におられますせつ徳妃様は皇后様の妹君の子女でございます。父君は蛮族を退けた英雄である薛将軍。将軍は先王様の御代みよから長きにわたり、亜国の発展のために心血を注いで貢献してくださいました」


 人差指を折りたたむ。


よう淑妃様は外廷に勤める高官の子女であります。大将を任されてます兄君は、薛将軍の右腕として活躍し、武勲をいくつも与えられておられます。曽祖母は亜王様の遠縁にあたるお方でございます」


 中指を折りたたむ。


ちょう賢妃様は国士学で鞭を取る博士を父に持ちます。母君は他国の王族の血を組む名家のご出身。ご本人も多彩な才能を持つ才女であらせられます」


 薬指を折りたたむとこほんとわざとらしく咳払いをし、玉鈴をちらりと一瞥した。


「貴妃の位を賜るのは龍の半身であらせられます柳貴妃様でございます。先王様の遺言により、今は名鳳様のお妃様でございます」


 嫌味が混じる物言いに近くで資料を調べる尭がむっとした表情で片眉を持ち上げた。しかし、妹とは違い多少の常識を持つ尭は自身を落ち着かせようと深く息を吐き出した。

 その嫌味に気づいたはずなのに玉鈴は「ありがとうございます」と感謝の意を示す。


遜色そんしょくはない、ということですね」


 つまり、今の段階で才翠嵐には四夫人に入ることはない。ということである。


「才昭媛様のご尊父そんぷは娘が昭媛の位で満足している様子ですか?」

「才昭媛の父親は特に何も言わないな。あいつから娘の話を聞くことはない」


 玉鈴の問いに可笑しい事に気付いたのか明鳳は両目を瞬かせた。


「いや、矜持が高いあいつがそれで納得するはずはないな」


 ぽつりと呟かれた言葉に貴閃はなにかを思い出したように「あ」と小さく言葉を漏らした。そこに四対の眼が何事かと集まる。

 主人の言葉の遮ったことに貴閃は顔を真っ青にさせた。


「申し訳ございません」


 床に這いつくばり、謝罪しようとするのを明鳳は片手で制する。


「何を思い出した」


 眉根を下げた貴閃はもごもごと口を動かすと、歯切れ悪く口を開いた。


「いえ、その噂なのですが、才昭媛様の母君はその奴婢ぬひだったと聞いたことがございます。明鳳様のお妃様に向かっての言葉ではないとは重々承知しております。ほんの噂です」


 ――なるほど。そういうことか。


 玉鈴は納得したように唇を持ち上げた。

 明鳳は奴婢という身分をよく知らないらしく、不思議そうに首を傾げている。


「奴隷身分の者のことを指します。貴族の中には家畜のように扱う者も多く存在しております」


 亜王としていかなることかと思いながら、玉鈴は分かりやすく説明をする。


「つまり、俺は奴隷の娘を妻に貰ったというわけか」


 明鳳は舌を打った。父が高官で血を引いていても、母が奴婢であれば子は奴婢となる。その話が真実であれば才家の当主は黙認して、翠嵐を亜王に嫁がせたということだ。それは亜王に対する侮辱ともとれた。


「道理で娘のこととなるとどこかよそよそしいわけか。おい貴閃。林矜りんきょうの身の周辺を調べろ」


 林矜。それが翠嵐の実父だというのは資料に記載されていたので玉鈴はすぐさま理解する。それと同時に怒りで双眸を鋭くさせた明鳳の名を呼び、怒りを鎮めようと思案した。このままでは明鳳が翠嵐もろとも才家を取り潰す可能性があった。性格に難があろうとも永く亜国に従事した才家を潰せば多少なりとも反感を買う事だろう。ただでさえ、明鳳は父王と比べられ舐められている。自由気ままに振る舞う少年王に、周囲の不満は少しずつ蓄積されていた。それを機に謀反むほんを起こされる可能性もある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る