第2話 亜国大三壊乱


 初代亜王が周囲の部族をまとめ、統一国家として名を歴史に刻み、千年の時が経つ。その長きに渡る年月は平穏とは程遠い時もあるが、それでも窮地に陥ればその度に亜国は不死鳥のように幾度となく蘇った。

 しかし、今から十七年前、亜国全土を暗雲が立ち込む時期があった。誰しもが未来に絶望し、亜国は滅びるとまで言われ、歴史書に必ず記載される『亜国三大壊乱』の一つである。


 一番に違和感に気づいたのは天候に機敏な一人の農夫だと書物に記されている。いつものようにすきを手に持ち畑に向かった農夫は首をもたげる作物を見て「最後にいつ雨が降ったのだろう」と感じた。思えば、もう二週間も雨は降っていない。

 放っておけばせっかく育てた作物が枯れてしまう。農夫は近くの用水池を見にいった。手間だが桶で水を組み、作物に与えようと思ったのだ。

 しかし、用水池にあるはずの水はなく、農夫を出迎えたのは干からびた池の底だった。

 流石に変だと農夫は思った。今まで、何度か干魃かんばつに見舞われたことはあるが大人の背丈以上の深さがある用水池の水が全て無くなっているなどなかった。

 農夫はすぐさま役人に事情を説明し、事態を緊急と判断した役人はすぐさま——明鳳の父である——先王に話を通した。

 先王は原因を探るべく兵士と老師に川の上流を観察しに行くように命ずる。それまでは民には井戸を使うようにとの命を出すが頼みの綱だった井戸もすぐ枯れたことで亜国は傾き始めた。

 畑にやる水がないため食物は育たず、家畜は死に絶え、口にする食料や水がないため人々は空腹にさいなまれた。時が経つにつれ、じわじわと身体をむしばむ強烈な飢餓感に耐えきれず、少ない食物を求め争い、家族すら喰らう者がで始めた。

 最初は小競り合い程度の小さなものだったが、時が経つにつれ増す飢えと渇きにそそのかされ、それは大きな争いに発展した。






 これでは国は滅んでしまう。先王は城の倉庫に蓄えてある食料を民に与えるように命じるが一人の老臣が苦言を溢した。


「亜王様。それでは亜王様やお妃様方のお食事がなくなります」


 宮女、宦官を含めると後宮に在籍する人数は三千人をゆうに超える。いつまで続くかもあやふやな状況なのに備蓄を分け与えるのはやめろ、と老臣は言った。


「このような時期だからこそ、亜国に吉報を」

「子よりも先に亜国の平穏だ」


 先王は苦虫を踏み潰した表情で答えた。

 老臣が危惧しているのは干魃よりも世継ぎ問題であることは分かっていた。齢五十近いのに先王には御子が一人もいない。身篭った妃は大勢いたが、出産前に病没したり、腹の子を道ずれに自死した者もいた。中には出産に至った者もいたが、御子が産まれても一年も持たなかった。

 聞く耳を持たない先王を悲観した外廷は、先王の意思を無視して血筋を辿り、次期王を選別し始める。

 けれど、その判断は間違いだった。

 当時、次期王へと選ばれたのは近い血縁者と家柄だったのだが、血の濃さに比例するように自我が強い者ばかりだった。彼らは自分が亜王になる事を望み、他の次期王候補を暗殺する者や一官僚なのにまるで亜王の様に横暴に振る舞う者が大勢いた。

 外側からも内側から疲弊しつつある亜国を狙ったのは、亜国領土の近くに住む蛮族である。大国を落とせる絶好の機会を、蛮族は見逃さなかった。

 それにすぐさま気付いたのは先王だ。聡明な先王は、かねてより蛮族の襲来を警戒していた。

 しかし、問題が起こる。兵を徴収しようにも亜国の民は自分が生きるのに必死で、それに応じなかったのだ。干ばつが続き、民が飢え、兵は集まらず、城内は混乱している。立つ瀬がない、と頭を抱えた先王が遠方から訪れた占い師に尋ねた。苦肉の策だった。


「どうすれば亜国はまた平和になる」


 それに占い師は答えた。


「片目が金色こんじきの龍の子を妃に迎えなさい」


 占い師は「決して無下にしてはいけません。龍の子は特別な存在なのだから」と念押しする。

 藁にすがる思いで、先王はその預言を信じ、広い国土の端から端までを探し出した。

 そして、「片目が金色の者を連れてくるように」との勅命ちょくめいの元、二年の歳月をかけて迎え入れられたのが柳玉鈴だ。

 当時、柳玉鈴は齢十一。年端もいかぬ子供を後宮にいれるなど、と周囲は反対する者が多くいたが先王は有無を言わさず、彼女を後宮に召し上げると貴妃の位を与えた。


 柳玉鈴が後宮に入ると驚く程の速さで国は回復する。迎えた当日には天が祝福するかのように三日間、雨が降続き、晴れ渡った空には七色の光の輪が太陽を中心に光り輝いた。

 跡継ぎ問題も一年後に淑妃しゅくひとの間に待望の第一子である明鳳が生まれたことにより解決し、蛮族の襲来は同盟国からの援助があり跳ね除けることができた。

 この一連の出来事に、ただの偶然だという者もいたが先王は何も言わず、彼女の宮に三日と空けずに通い詰めた。その寵愛はとても深く、最期の時まで柳貴妃の身を案じていたほどだ。



 そして、先王の崩御後、後宮にいる女は全て出家し道士となるのだが、彼女に関しては亡き王の遺言により息子である明鳳の妃として迎えられることとなった。

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