第2話

 どうやら朝の5時を今日も迎えてしまったようだ。コケーと嫌がらせのように大きい鶏の声が、上半身裸のセイル・ザックを一瞬で覚醒させた。


「後5分……」


 積まれた藁の下にごそごそと割込む。

そもそも、何故こんな時間に起きねばならぬのかと疑問が浮かび、少し腹が立つ。そして、髪を掻きむしり起きようかと考えている頃には、もう自然に瞼が閉じている。


万力で瞼を閉じられているのではないかと思うほどに綴じられた瞼は重く、気持ちの良いまどろみの中に再び飛び込む。


 すると、タンクトップとハーフパンツ姿の毛先のカールした黒髪の少女、ソフィーがザックの部屋に入る。


「もう起きてます?ご飯食べてくださいよ」


ゾフィーは、情熱的な女なので返事がないザックに多少イラついた感じで語尾を上げて話しかける。


「ねぇ!この私が起こしに来てやってんのにまだ無視する気?それって、生意気じゃあないの?」


ザックに反応は無い。呑気に愉快ないびきが聞こえてくる。ゾフィーの右瞼が痙攣している。キレた。


「そう?Sランの私を最下層Fラン魔術師が無視するんだ。へぇ、そうなんだ。もう、知らないよ」


扉の入口から中に入る。入口地面に撒かれた油に滑り、体勢を前に崩す。


「メロンボール・ジャックポットッ!!」


ゾフィーが、小さな声でそう言うと、右腕が魔法で強化され、空気中に舞う水分を腕に氷結させ、白く輝く。その後魔法陣が腕を縛り、悪魔のタトゥーが入った。


触れたもの全てを凍らせる白い腕に触れた透明な糸のブービートラップは、糸を空間に氷漬けにして作動出来なかった。矢を空間ごと凍結させ、止まった時の瞬間殴りつけ弾頭を容疑者に向ける。


鉄板入の藁ベットが貫かれる事はなかったが、ベットに刺さる鏃の先に寝返りを打ったザックの左頬が掠め血が出た。


「あっぢぃ!」


 飛び起きると、眠そうな顔の少女がザックの眼前に迫っていた。手に能力を解放させ氷の塊を作り出している最中だった。持つ数秒目を閉じるのが遅ければ、ザックが目覚める事は二度と無かっだろう。


「なんだ起きたの?つまんないの」


「ゾフィー、上司の頭をぶち抜こうとしといてなんでつまんないとか言うの?処す?処すよ?」


 そう言うと、呆れた顔で顔を横に振って下を向いた。


「つまんないこと言ってないでさっさとご飯食べて修練道場に行きますよ。組手で負けた人が当直勤務ですからね」


 左手を腰に据え、右手の人差し指でボクを指さす。動作のせいで彼女の黒のタンクトップに包まれた豊満な胸がブルンと揺れ、照れて視線を逸らす。ザックはこいつ、こんなに胸大きかったのか。と、そう鼻息荒く思ったが顔に出さず


「それ、俺が負けるじゃ」


ゾフィーと目が合った。思わずセリフを途中で切上げ、顔をガードした。ゾフィーの胸を見ているのがバレて、「このどスケベ」と呼ばれビンタの予備動作を開始した。


「おめのー乳なんぞ見るかァァァ!!」


と言おうという意思もあるのだが、腕を振る瞬間揺れる胸が目に入ってしまい生唾をのんでしまい腰の入ったビンタを頬に食らう。


ザックのとっさにとった腕のガードなど何の意味を持たない。身体ごと吹っ飛ばされる。右頬に霜がついた。


「ありがとね。完全に目が覚めたよ」


ゾフィーは恥ずかしそうに胸を見られないよう左手でガードし、右手でザックを指差す。


「団長だけなんですからね。朝ごはん食べてないの。食堂に行ってください。ほら、さっさと!このスケベ!」


 ザックは背中を蹴られながら部屋を追い出された。食堂に向かうと、ゾフィーはその場にあった時計の針を1時間分元に戻した。


 うすら暗い部屋の中で4つの細い木片を支柱にした簡素な作りの椅子に座り、6メートル近い幅のあるテーブルを一人で使って食事を運んだ。


黒いインクを机に垂らし、机の側面に付いているスイッチを入れる。魔力が反応し、今日のニュースが映し出された。


「異世界召喚者により隣国、最大軍事力保有か、亡命者多数……」


 ジメジメした陽の光が入らない食堂だ。気味が悪くてあまり好きでは無かった。4日前に作ったカビ入りの胚芽パンに、水みたいに薄く味も薄い、煮込んで溶けた玉ねぎオンリーのくそ不味い牛乳のスープをテーブルに並べもぐもぐと食べていた。


「てめぇで食ったメシの食器は、自分で洗ってくださいね。団長殿」


 団員の一人がザックに話しかけた。イーサン・ロード。土塊の身体を持つスラム出身のガキ大将と言う印象だ。


もう一人のイーサンの金魚のフン、Bランク騎士のミゲルがザックの背後に付き、椅子の支柱を指さす。すると、指先から電気が走り、支柱の一本がぽっきり折れた。ザックは後ろに転び、牛乳の白いスープがズボンに染み付いた。


「ヒャッハッハッアディオス!団長」


 団員達が笑いながら食堂を離れた。ザックは食器を水の入った桶の中に入れ、中庭に行き井戸水を汲み顔を洗う。


「団長!早く道場来てくださいよ!組手始めますよ」


呼ばれたので、トコトコ道場に向けて歩く。今日は木の能力者が休みの日なので、氷で作られた道場だ。横幅15メートル×25メートル、縦5メートルの長方形の箱だ。


ザックは、能力者の彼らの作る道場がきらいだった。


「あれじゃ。小細工のひとつも出来ない」


懐に忍ばせている鉈を握りつつ道場に入っていく。


道場に上がるなり腹に蹴りを食らう。先程椅子を破壊した弱い雷使いだ。


Bランク騎士のミゲル・サラミスの蹴りがザックの鳩尾に入り悶絶していると、頭を踏みつけ、ぐりぐりぐりぐりと地面に押し付けながら欠伸をする。


「相変わらず弱いなぁ団長。いるのかいないのか、わかんないや」


国内最強の月虹の団において、最弱である自分の1番気にしている事を言われた。


「野郎ッ!!!泣かすッ!!!」


道着の中から、木刀をを取り出す。直後、10メートル程距離のあったのに、一瞬で近ずきザックの顔目がけてぶん殴ろうとした。


「ハァッ!?」


バックステップを咄嗟に踏むも、それさえも対応され後ろ回し蹴りで木刀のガードを崩される。


「まだ、触れられてさえいないのに!磁力を移されてさえ居ないはずなのに、ミゲルが光の速さで襲ってくる!」


ザックの抵抗虚しくパンチのラッシュを身体に受け続る。そして、ザックの振り返す木刀は見事に空を切りミゲルに当たる事は1度もなかった。


「ミゲルてめー、飯時、俺の服に仕込んでいた鉈に磁力付けてやがったな。」


気を失う直前まで殴られ、これ以上喰らえばやばいと言う、最後の1発をどうにか鉄性の鉈でガードする。


ミゲルの拳から血が出る。


「なに!?」


ミゲルは再び10メートルの距離を取った。周りに懐から取り出した鉄製のクナイを投げ、クナイからクナイへ雷と同じスピードで移動する。撒かれた9本のクナイの場所にそれぞれ残像が現れる。


「どれが本物かわかるかな?団長さんよォ!」


やける顔を浮かべるミゲルに鉈を投擲しようとするザックは、見極めるために残像を睨みつけ、4秒たった時ザックの握る鉈に移動した。


「毎回あんたが俺に負ける原因が瞬きだと何故気づかないんだ!アンタはさ!」


ミゲルの拳は190センチ越えのイーサンの顔面にぶん殴た。鉈は、ミゲルの兄貴分のイーサンの顔面近くに投げつけていたのだ。


「しまった!イーサン!これは本意じゃない、分かってくれよ!」


砂の身体がバラバラになった。イーサンの身体は瞬時に再生した。40メートルはありそうな巨人になり、ミゲルを氷の道場毎押しつぶす。


「すまないミゲル。わざとじゃあ無いんだ。お前なら許してくれるよな」


「うへー、かわいそ」


ザックが思わずそう言うと、時間切れでイーサンの身体は元のサイズに戻る。


蛸せんべいのようにプレスされたミゲルの口に、先程の殴られる瞬間ザックの口に含んでいたや薬草を口移しで含ませる。


覚醒し飛び上がったミゲルは、咄嗟に起き上がり際、ザックの顎に拳をめり込ませる。


「俺の勝ちだァァァァ!」


が、殴られながらも素早く懐に潜り込み腕を肩に巻き上げ地面に押し付ける。背負い投げを食らったミゲルは受身を取れず再び気絶した。


「それじゃ次は私と勝負ね」


その後氷の能力で時空を凍結させた彼女にあっさりと負けた。


「それでは俺とやってくださいよ。」


イーサンはいい声で正座から立ち上がると、足が痺れてあたまからコケた。


「ぎゃー!!顔つめたいっ!!」


と騒ぐイーサンを横目に冷めた目で言う。


「てめーとはやらねーよ。アディオスイーサン。さっさとコバンザメの治療をしてな」


4人が道場を去ると、氷の道場が溶けて井戸に流れ込んだ。


「じゃ、私とイーサンとミゲルの当直勤務、よろしくね」


ザックはため息を吐き、了解と言った。

人生何かと上手くいかない。両親が居なくなって孤児院から逃げ出しギルドに入るまでは良かった。そして、兄のザックは魔法が使えないので荷物運びか刃研ぎくらいしか出来ず、弟のアーサーは魔力量の多さから魔王と呼ばれ、辺境の国の統治と3つの機関を受け継いだ。


悔しい事に弟の国の統治は上手い。


「よう!王様の兄貴の旦那!これもってってくれよ!」


弟の好感が良い故赤く熟したトマトを大きい紙袋で貰ってしまった。自分の実力じゃないから、とても悔しい。そして、悔しい程美味かった。


「あんがとな!」


ザックはそう言うと、店員はガッツポーズをした。


弟にその中の1つ、月虹の団を任されたが、先程されたよう団員から舐められている。


「おう能無しのあんちゃん!これ持ってってくれ!新品は怪しがって誰も買わねぇ!」


道具屋の露天商が4センチ角の小型の箱にレイス語で摩擦マッチと書かれていた。


「擦ると火が出んた」

「ああ、ありがとう」

「頑張んなよ!」


悔しいと言う気持ちはあるし、すぐ熱くなってしまう性格だが実践による実力で劣っているので何も言えず、弟から任された団を自ら引退するのも釈である。


だからザックは、今日もくじけず団長は団員の前に立つ。


詰所に着いたザックは、仕込んでいた鉈を壁に立てかけ、石炭に燃えた摩擦マッチを放り投げ、異世界召喚者がもたらした文明の利器、やかんの中の水が沸騰するのをギルド向けの依頼書を見ながら待った。


「へぇ、ゴブリンが地下街に侵入してるのか……リオ火山にドラゴンが住み着く……異世界召喚者の再召喚……俺に討伐依頼が来ない事を祈るのみだな」


そう呟くと、黒マントを羽織る黒髪黒目の青年が来た。


「こんにちは。この国の王に謁見したいのですがどこに行けば会えるのですか?」


ザックは、村の中央ゴシック調の城を指さす。


「あそこの城の門番にこの檜の証を見せれば。ある教会に通される。そこに、行けば会えるよ」


黒マントの男はザックの手に持つ証をゆっくりと取ろうとするが、ザックは証を懐に入れて、殴られた頬の痣を撫でる。


「金貨2枚でいいよ」


黒マントの男は金貨を支払い、城に向けトコトコと歩き出した。


15メートル程歩くと、店と店と路地裏から盗賊が現れ、黒マントの少年を襲い連れ去った。


「あーあ」


犯行現場に行き、地面に触れると見慣れた砂がバラバラと舞っていた。


「ハァ……」


ため息を付き、元来た道を戻るとゾフィー外気を切らせて走っていた。


「黒い外套を来た黒髪黒目の男が来なかった!?」


ザックは土を捏ねて焼き上げた湯のみに乾燥した茶葉と沸いた湯を入れながら、うんと言った。


「そいつどこ行ったの!?」


ソフィーの表情には余裕が無かった。


「アーサーの教会をさがしてたよ。ま、教えた後に即、盗賊に襲われていたがね」


「それはまずい!他国で異世界召喚者が国を滅ぼされているわ!そして今、私達以外の月虹の団は過半数が暗殺された!!」


「アーサーが危ねぇ!ゾフィーは王城に行け、俺は教会に行く。そして、絶対死なない事を優先しろ。自己犠牲は許さないからな!」


そう言うとザックは弟、アーサーのいる教会に向かった。


「いらっしゃい兄ちゃん。ようこそ我が城へ。生きがいは見つかったかい?」


城とは名ばかりの質素な教会だ。


「いんや、無力な俺でもできる仕事なんて、たかが知れてる」


アーサーは全て見透かすようにニコリと微笑えみ


「意思あるところに道あり」


と言う。


「道あるところに正義あり。もう、あの研究所から逃げ出して3年経つのか……」


ザックは、感慨にふけながら昔の事を思い出した。孤児だったザック達は、教会に他惑星、地球の勇者の因子を無理やり取り込せられたのだ。


「あれは酷かった」


ザックがそう言うと、アーサーは辛そうな顔をした。


「だね。だから僕はあれから今を後悔しないよう集中し続けてきた。今振り返ると案外大事な事だった」


ザックは、弟の誰より熱い決意の赤い炎のように燃え上がる瞳を向けられ思わず視線を逸らした。


「王になる事?」


「バカ言えよ。こうして道に迷う子供達の、生活ができる教会を作る事に向けて今を集中し続けて来た事をさ」


ザックは、教会の中を眺めた。


「黒髪黒目のガキが随分と増えたな……異世界召喚者か?」


「そう。いつか彼らの世界を返したいんだけどね。元の世界にさ。」


アーサーはちびっ子達に「おまえ達は私特製ミートパイが焼き上がるまで外に出て遊んで」と言った。


「アーサーのミートパイ!?やったぜ!みんなー外に出て遊ぼ!」


子供たちが扉を開き、外に出ると入れ違いで、黒と灰色のボロボロのマントを羽織った青年が入った。所々血がついている。


「おいおいおいおい、あんた、盗賊に襲われたんじゃないのか??」


黒マントは興味無いと言ったキッパリとした発音で


「さぁ、覚えてねぇな」


ザックの顔から汗が流れる。


「野郎……!」


直後、男の背後から月虹の団員が装備していた安物のブロードソードがひとりでに浮遊していた。向きはバラバラだが素早いスピードで真っ直ぐ飛んできた。


「何っ!?」


ジャンプして床に飛び込む。武器は教会のステンドグラスに突き刺さり、それを横目で見ていたアーサーは黒マントを指さし怒鳴った。


「野郎、熱くなったぜ!リオ火山に住み着く火龍のブレスのように!熱くな!ぶっ飛ばす!」


黒マントの男は左手には木刀が握られており、耳にはイヤリングだろうか。鉄でも銅でもない謎の物体が見見に行っており、こちらも材質がわからない光を発する片手サイズの板を左指で撫でた。その瞬間右手にアーサーの体が素早く吸い寄せられる。


「何っ!?」


ザックは咄嗟に右腕の丸盾を投げつける。丸盾を掴んだした弟は木刀に合わせて弾いた。


「へー、やるじゃん」


黒マントの男がそう言うと着地したアーサーに協会の長椅子が挟むようにして二脚、素早くひとりでに動き挟もうとして来た。


「ソフトタイムスクエア」


瞬間、アーサーがその場から消え、教会の祭壇中央に設置された十字架が出現した。


「兄ちゃん、アレに火を投げて」


ザックは背負った弓を掴み流れるように、鏃を猪の油の入ったポーチに突っ込み先程の摩擦マッチの箱を開け、中に入っていたマッチの頭薬に、粗雑な腕の部分の鈑金に擦る。


13本程の中で1本だけ発火し、鏃に炎を付ける。


「兄貴タラタラしてんじゃねぇ!撃てよ!」


アーサーは、転移のSランク魔法で自分と教会内の備品をテレポートして入れ替え、吸い寄せられる事をどうにか拒否していたが、スキル後硬直で動けない所を狙われた。


吸い込まれるように黒マントの握る十字架の刺さった木刀が腹に刺さり吐血する。


「ふっ!」


弓の弦を引くが、黒マントの5センチ横を通り過ぎる。ニヤけた黒マントはザックを呼びさし


「貴様、お荷物だな?」


と笑った。ザックの瞳孔がカッと見開き、本質を見抜かれ悔しげな表情を浮かばせる。


「誰か知らんがそれをヤバイと思わないお前の想像力も、充分お荷物だぜ」


アーサーは、十字架についてた装飾を矢をテレボートさせた。


燃えた鏃が十字架に突き刺さる。


「この十字架には、夢と希望、そして爆薬が詰まってんだ」


アーサーは爆発し、吹き飛んだ。弟が吹き飛ばされた先を見ると、初め黒マントがとてつもないスピードで壁に突き刺さった団員の武器が壁に突き刺さっていた。


天井には、横断アーチとその対角線のアーチを中央で組み合わせられ緻密な網状になっており、アーサーが起こした爆発で教会の長椅子がボロボロになり、アーチの上で引っかかる。


「アーサー!」


身体が勝手に動き、背後のステンドグラスに自ら自分の身体を投げ出し、アーサーのクッションになろうとした。


「ダメだよ。兄貴」


アーサーは、魔力の全てをこの一瞬に消費した。背景が灰色に変わり、時間がぴたりと止まる。


ザックの身体が止まった時の中で体勢を変えず移動する。アーサーの身体もステンドグラスに突き刺さるブロードソード刃の手前に移動する。


アーサーは、のろく動くテレポートの最中右手の人差し指に付けていた指輪外し、魔法で2人の移動してきたザックの人差し指に指輪を付ける。


「本当は教会、どうやって指輪を付けようか、ずっと考えていたんだ」


完全に体の移動が終わり、時間が動き出す。


「必ず生きてまた会おう」


魔力すら持たないザックにその言葉は虚しくも一切聞こえない。


ザックの身体の位置が弟と入れ替わる。

アーサーの身体が一瞬空間に固定され、キューで押し付けられたビリヤードの玉のように、転移し吹っ飛ばされたザックの身体に押し付けられステンドグラスに複数の突き刺さっていたブロードソードが奥深く背中に突き刺さる。


「がァァァァッ!!!」


事態に気づいたザックは声を荒らげる。


「ダメだ!ダメだッ!!!」


アーサーは吐血をする。ステンドグラスに刺さるブロードソードを、天井のアーチの上に乗る長椅子の残骸とテレボートさせ、入れ替える。


落下するブロードソードは、余裕をこいてポケットの中から何かを見ていた黒マントの背中を貫く。


「んァッ」

黒マントは悲鳴をあげる。

突如、周囲5m。2人の居た空間毎円系の穴が綺麗に空いていて、泥と臭い緑色の液体が開いた円形に掘られた穴の底に溜まっていた。


背中をブロードソードで深々と突き刺さっている黒マントの右手に持っていたスマートフォンの上部に、肉体の消失部インストール完了と表示された。スマートフォンの画面には、オートモーションシステムが始動と表示されており、アーサーは木片と入れ替える。


黒マントは、木片をポケットの中に入れムクリと立ち上がる。


「やられた。充電の残り63%か。心許ないなぁ」


そう言うと、円系の穴の底に溜まった泥水に触り、匂いを嗅ぐ


「この匂いは、地下に溜まる下水の匂いだ。奴ら転移したな」


黒マントの男は地下に繋ぐ道のドアを探すべくトコトコと歩き出した。


「ボクの中の正義に誓って、ヤツらを倒す。今、ココで」


下水道が流れる地下道で、ザックだけ倒れていた。後ろからゴブリンに頭を棍棒で叩かれ気絶した。


ブロードソードが腹に突き刺さって横たわるアーサーを、黒マントの男は見下し、再度ほかのブロードソードをステンドグラスから引き抜き、アーサーの胸に突き刺す。


「これで1歩、世の中が平和になったな」


そう言い残し、教会を後にした。


ザックは、ゴブリンに引きづられ教会のカタコンベに投げて放り込まれた。衝撃で意識を取り戻す。


「アーサーッ!!!」


全速力で走りながらカタコンベから、300メートル近いの長さのある通路を走りきり、光のある地上に出た。


「アーサー!あぁ……なんて事だ……」


手を握っていた。徐々に目の色が光を失いつつあった。


「な……なんで、俺なんか守ったんだッ!!!」


ザックの瞳から涙が溢れる。


「……多分、兄貴が……俺を守ろうと……した理由と同じ……かな」


もう、瞳に力が入っていない弟が握っていたザックの手を握り返す


「私の人生を……兄貴に託す……」


アーサーは、血を吐くも言葉を絞り出す。


「教えてくれ!!兄貴は何をしたいのかッ!!!私がの意識が消える前に!」


アーサーがザックの手を握る指の力は次第に弱まる。


が、それと比例するように、ザックの目に誰より熱い決意の赤い炎が灯る。


「俺は……俺は……お前の守りたかったこの国を、この世界を守れる強い男になりたい!」


ザックが答えると、握っていた弟の力がふっと抜け、弟の身体から血が抜け出て行き、軽くなっていた。


「自分の言ったことを曲げないように……今を集中して生きるのだ……結果は直ぐには出ない。馬鹿にされる事もあるだろう……しかし、意思がある所に……道はあるから……」


「おい、おい、アーサー!目を開けろ!開けてくれよ!まだまだ一緒に国を統治するんだろ!おい、おい」


ゆっくりと血が無くなり身体が固くなっていく。


まるで神が無慈悲とでも言うように、昼間になった事で太陽の光がステンドグラスに差し込み7色の光が教会内を明るく照らした。


後ろを振り返ると。人型のゴブリンと、取り巻きのゴブリンがザックに傅いていた。


教会の入口の無骨な扉から村の景色を見た。人の悲鳴や泣き声がしており、炸裂音と木の焼ける匂いもする。村が燃えていた。


ザックは、逃げようとするまでもなく、弟を失った悲しみで呆然としていた。


物見櫓が燃えていた。支柱折れ倒れた物見櫓が教会に倒れ込む。教会に引火し、ジワジワと教会も燃えだした。


「中にいる魔王とその弟を絶対に逃がすな!」


聞き覚えのある声だった。砂の魔法使い、イーサンの砂が落下するブロードソードを払い除ける。


「絶対に逃がすなよ!奴らは危険だが金になる。突入!!」


見覚えのある団員達の顔ぶれだ。ザックが聞いたゾフィー話では暗殺された筈の顔ぶれだ。


「メロンボール・ジャックポットッ!!」


ステンドグラスの裏から軽トラック位の大きさの氷が3つ背後から団員にぶつかり凍りつく。


「早く!アーサー王を連れてここから逃げて!あんたはあんたの大事なもんしっかり守んのよ!」


そう言うと、団員を貫かなかった床に刺さった氷の塊が溶けて、階段の形になった。


「ごめん。ゾフィー!」


ザックは、アーサーを担いで氷の階段を降りる。


「兄貴は早く生きがいを見つけろ。そして、その時また会おう」


瀕死でおぶられるだけの弱い弟がザックから離れ、教会の床の上に戻って行った。


魔力のないザックは、魔法で出来た氷に傷を付けることが出来ず、地下街に流れ落ちた。


「俺の生きがい……」


ザックは、壁に頭を打ち気絶した。


「お前は、こちら側に来ると思ってたよ、ゾフィー」


イーサンの髪や、服の裾から砂がボロボロとこぼれ落ちていた。


「私は、私の中の正義に従う。だから、月虹に入った。邪魔するのなら容赦しない」


右腕と首筋に氷が張り、ステンドグラスが反射する光を写し彼女の眩い魂の輝きを映しているようだった。

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