第3話『冒涜の恋』

「お前は何か心当たりがあるのですか?」


ワシミミズクがブタに尋ねた。


「...私は」







彼がロードランナーの件で担当が変わった後、

新たに飼育担当になったのはブタだった。

当の本人は『豚小屋送り』のようであまり、歓迎はしていなかった。


「新しい飼育員さんですか?よろしくお願いします」


「よ、よろしく」


意外だった。

もっとふてぶてしいのが来ると思いきや、

前のロードランナーと違い、礼儀正しい。


彼は少し、自信が持てた。


大人しい性格のせいか、あまり反抗する事は無かった。1ヶ月もしないうちに彼は、最初の“この仕事に対する熱意”を再び取り戻すようになった。


そんな矢先のこと、ある出来事があった。

何気ない談笑からそれは始まった。


「そう言えば、いつもどんな所に住んでるんですか?」


「社員寮だよ。めちゃめちゃ狭い。

何で聞いたの?」


「え?あ、ちょっと興味があって...」


「でも、フレンズは入れないんだよなぁ。

連れ込んで卑猥なことする奴がいるから、

オートロックだし、簡単には入れないようになってる」


「そうなんですね...」


少し残念そうに言った。

その時はそれで終わった。





地下室の扉が開いた。


「...ブタ、来い。それ以外の奴は動いたら撃つぞ」


素直に立ち上がり、彼の元へと向かった。

ワシミミズクの方を振り返った。


「...ありがとうございました」


礼を言った。

死を覚悟している。そういう風に見て取れた。


小一時間前にロードランナーが殺されたばかりである。もちろん怖いという気持ちは無いわけでは無い。

しかし、彼の言った過去の自分の行いについて、反省すべき点があり、それに対して彼が怒っている事も想像出来た。

ある程度の、処罰を受ける覚悟は出来ていた。





あの部屋に連れてこられた。

すると直ぐに彼は質問した。


「自分が何をしたか、お前は覚えてるよな」


「...はい。私は、あなたの誕生日の日に特別な許可を貰ってあなたの家に行きました」




彼が担当になってから3ヶ月後

誕生日という特別な日。お祝いを口実に、

社員寮管理人の許可を得て、ブタを連れてきた。

彼の部屋に入ると、真っ先に目の前に飛び込んだ光景は、袋にはいったまま放置されたゴミの山。かろうじて人一人分の通路は開けてあった。

その時は、少し引いてしまった。


「ごめんね...、俺片付けられなくてさ

ゴミ出しとか億劫になっちゃって」


「...いえ」


リビングはゴミは無かったものの、少し散らかっていた。


「今日は俺なんかの為にありがとな。

他人と一緒になんかするのって、久しぶりだよ」


「私ははじめてです」


取り敢えずは、部屋のことを忘れケーキを食べたりして彼の誕生日を祝った。

色々話をしているうちに彼はこんな事を言った。


「本当にお前の担当で良かった。

本当に理想って感じで」


その言葉に、彼女は心を奪われたのだった。


誕生日の日から数日後、ブタは思い切った作戦を思い付く。


彼の隙を見て、部屋の鍵をこっそりと盗んだ。

そして彼が非番の日。ブタは散歩に行くふりをして、社員寮に行った。非常階段を上り彼の部屋に入ったのだ。




「私はあなたの部屋に勝手に入り、勝手に清掃しました。翌日、私があの部屋に入り込んだ事がバレて...」


「俺はお前を猥褻目的の為に連れ込んだと上司に誤解された。それで俺は、聴取された。お前の身体検査で異常は無かったからクビは免れたが2回目の配置変えが行われ、そして、同僚から変質者というレッテルを貼られてしまった」


「本当にすみませんでした。

私は...、部屋を綺麗にしてあなたに喜んで貰おうと思っただけだったんです」


「...余計なお世話なんだよ」


彼は溜め息を吐いた。


「俺あの頃な、上司に評価されてたんだ。

エリアの飼育員を統括するエリアリーダーを任せるかもしれないって直接言われるほどだったんだ。だけどあの一件でその話は白紙になった」


それはブタも初めて聞く話だった。


「俺のチャンスを踏みにじった」


「本当に...、ごめんなさい」


ブタは彼の前に膝を付き、土下座した。


「一応聞くが、何であんなことしたんだ」


顔を上げて、彼女は答えた。


「あなたが好きだったから」


「...」


「私は、あなたに、恋してたんです。

フレンズの分際でありながら」


彼女は自らの目頭が熱くなるのを感じた。


「お前のその一方的な恋心のせいで、

俺の将来への飛躍が潰されたんだ。

人間の俺と、ブタのお前じゃ、結ばれねえんだよ」


「私が、浅はかだったんです。

あなたの将来を潰してしまった罪は...、

私の将来でもって償います。銃を貸してください」


一瞬彼は戸惑いの様な顔を見せた。

銃を取り出したが、彼女には渡さなかった。


「俺は...、お前を恨んでる。その気持ちは変わらねえ。俺は自分の手でお前に裁きを下す」


「一つ、聞かせてください。

あなたは私のこと、好きでしたか?」


「...お前なんか...」


何度か彼は大きな深呼吸をした。

そして。



「嫌いだよ」



バンッと、放たれた銃弾は、彼女の胸を貫いた。

口から血を垂らす彼女はこう、呟いた。


「...次に生まれてくる時は....、

人間がいいな...」


最後の力でもって微笑みかけた。


彼に対する、恋心を。彼に伝えたかった。

最後の最後で、失恋してしまったけど。



前のめりに彼女は倒れた。





「何が恋だよ...。俺は...、人間として!

ちゃんとした人間同士威厳を保って、暮らしたかったんだよ!お前の人間と結ばれようだなんて、甘い考えは要らねえんだよっ!

この豚野郎っ!」


そう吐き捨て、彼女の背中を足で踏みつけた。


「動物は動物同士で種を繋いどけ...。

人間っつー、神の領域を冒涜すんじゃねーよ。

俺の気持ちもわからずによお...、クソ」


カメラの方を向いた。


「お前らも...、無駄だからな?」


モニターの映像はここで途切れた。

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