第1話『分身』一章 もう一人いる 6


 ようすが変だ。気になったので、レラは学校の図書館で待った。しばらくして、吉田先輩はやってきた。クラブのあとにしては早すぎる。


「今日は弓道部は?」

「そんなの、さぼったよ。だって、早く会いたいし」

「わたしが来てなかったら、どうしてたんですか?」


「えっ、今日、忙しかった?」


「そうじゃないけど、来る保証ないでしょ?」


 吉田先輩は心外そうになった。


「レラちゃんって、ベタベタするの、あんま好きじゃないんだ?」


 ダメだ。話が、かみあわない。


「とにかく、わたし、もう帰りますね」


「待ってよ。おれ、なんか怒らせることしたかな? なら、あやまるよ」


「べつに怒ってはないけど。わけわからない」


「ごめん。うれしすぎて、おれ一人、舞いあがっちゃったみたいだ。今度から気をつける。そうだよな。クラスとか行ったら、すぐバレちゃうもんな」


「なにがですか?」


「おれたちが、つきあってること」


 いつから、そんな話になったのだろう……。


「吉田先輩、思い込みが激しいんじゃないですか? わたしたち、つきあってなんかないですよ」


 吉田先輩はショックが隠しきれない。


「でも、昨日は……」


 青ざめた顔で、つぶやく。


「昨日?」


「昨日、図書館で……」


「昨日は、まっすぐ、うちに帰ったけど」


 吉田先輩が、だまりこんだところで、どこからか、アサミとスズカが現れた。なんだか安っぽい青春映画みたいで、レラはバカバカしくなってきた。


「先輩。レラに、だまされたんですよ。その子、わたしたちをからかうために先輩を利用したんです。ほんと、サイテー」


「わたし、なんにもしてないけど」


「ウソつき! 昨日、ここで先輩とキスしてたじゃない」


 へえ。わたしって、そうなんだ。家にいたはずなのに、なんで、そんなことできるんだろうね。


 心のなかでバカにしていたレラだが、そのとき、ハッとした。


 そういえば、昨日は家に帰ってすぐ気を失った。そのあとの記憶がない。


(えっ……まさか、ね。家から無意識のまま、学校まで来たっていうの? そんなわけないよね)


 急に不安になる。アサミたちが、しきりにゴチャゴチャ言ってたが、まったく耳に入らない。


 いつのまにか、まわりに人がいなくなっていた。


 レラは、ぼんやりしながら帰宅した。電車のなかでも、心ここにあらずだ。


(昨日は、たしかに、まっすぐ家に帰った。でも、気を失って、意識が戻ったときには、クツをはいてた。


 それって、一回ぬいだはずのクツを、自分でも知らないうちに、はいたからじゃない?


 そして、そのあいだに学校へ行って、先輩と会った……)


 そんなことがあるだろうか?


 でも、そう考えれば納得がいく。

 アサミたちの話とも、つじつまがあう。


(なんとか、たしかめる方法がないかな)


 次の日、レラは学校帰りに秋葉原に行った。ストーカー対策とウソをついて、監視カメラを買ってきた。自分の部屋に、カメラをつける。


(これで、変なことがあれば、わかるはず)


 さらに翌日。


 カメラをつけてから、とくに変わったことはなかった。意識がなくなることもなかったし。


 だが、監視カメラの録画映像を見て、レラは、がくぜんとした。


 昨日は父も母も夜勤で、うちにいなかった。レラは一人で眠っていた。ベッドわきのスタンドが、ほのかな明かりで、てらしている。


 そのまま朝まで退屈な映像が続くだろうと思っていた。


 ところが、深夜一時をすぎたころだ。とつぜん、映像のなかのレラが、ベッドの上をころがりだした。そして、自分の体をひっかく。


 とても、苦しんでいる。


 まるで、何かが、レラの体から出ようと、あがいてるみたいだ。


(あの傷、それでだったんだ……)


 薄気味悪い思いで、レラは映像を見つめた。


 すると、ふいに、画面のなかの自分が起きあがった。笑っている。目もひらいていて、完全に起きているようだ。


 何かをさがしている。手にとったのはスマホだ。電話をかけているのだと、しぐさで、わかる。


 映像のレラは、数分、誰かと話していた。


 それから、洋服ダンスをあけて着替えだす。肩口と背中にレースをあしらった、黒いワンピース。出かける気だ。


 念入りに、おめかしして、レラは部屋を出ていった。


 誰もいなくなった部屋を監視カメラが、むなしく映す。


(なに。これ……)


 寝ぼけて行動したとかいうレベルじゃない。昨夜のレラは、寝ているあいだに、はっきり意思を持って、どこかへ出かけていった。


 帰ってきたのは朝方五時すぎだ。ふたたび着替えて、ワンピースをタンスの奥にしまいこむ。パジャマを着て眠った。


 誰に会ってきたんだろう?


 気になって、スマホをしらべた。けれど、履歴には怪しい番号は残ってなかった。きっと、昨日のレラが削除したのだ。


(これって、二重人格じゃない?)


 本人の知らないあいだに、もう一人の人格が勝手に動きだす。


 こんなことが自分の身に起こるなんて……。

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