第1話『分身』一章 もう一人いる 5

 


 数日後。


「レラ! 昨日、学校、来てなかった?」


 通学路で出会ったとたん、アサミは、そう言った。


「昨日? まさか。日曜だよ」


「ええっ……あれ、絶対、レラだったけどなあ」


「見まちがいじゃない? ずっと、うちにいたけど。アサミこそ、日曜なのに、学校に来てたの?」


 アサミはテレ笑いする。


「弓道部の見学に。それで、わたし、入部しちゃった」


「へえ。そうなんだ」


「うん。だから、今日から、いっしょに帰れない。ごめんね」


「いいよ」


「なんか、ぬけがけしたみたいだし」


「わたしは迷ってたから、いいんだ。高校になったら大学受験のための勉強もあるし。クラブはやめとこうかなって」


「レラなら、勉強なんかしなくたって受かるよ。でも、まあ、そういうことなら」


 レラが入部すると強力なライバルになることを理解しているのだ。この前の吉田先輩、レラのことばかり見ていたし。


「応援してるよ。スズカは、どうするんだろ?」


「スズカも、いっしょだよ……」


「あっ、そう」


 内心は一人でもよかったようなアサミの口調。女の子どうしの友情なんて、こんなものだ。


 ところが、放課後。


「じゃあね。アサミ。スズカ。また明日」


 体育館前で手をふって、レラがかけだそうとすると、


「待って。君」


 レラを見つけて、吉田先輩が追いかけてきた。


「君は入部しないの?」


 アサミたちが、こっちを見ている。レラは即答した。


「入りませんよ。じゃあ」


 急いで逃げだそうとするのに、吉田先輩は、さらに引き止める。


「弓道、興味ない? 君が一番、すじがいい気がしたけどな」


「わたし、志望校に現役で受かって、将来は研究者になりたいんです。それじゃ」


 そっけなく言いすてる。が、吉田先輩は、けっこう打たれ強かった。弓道では引きとめられないと見て、すばやく切り口を変えてくる。


「じゃあさ。わからないとこ、教えてあげようか? おれ、けっこう成績いいほうだよ。学年でトップテンには必ず入るし」


 あらまあ、それは女の子がさわぐはずね。顔よし、頭よしで、弓道部のエース。向かうところ敵なしのスーパーボーイ。


 レラは急にふきだしたくなった。自信満々な吉田先輩の顔が、おかしい。


「吉田先輩って、おもしろい人ですね」

「そうかな? おもしろいって言われたの初めてだ」

「でも、ごめんなさい。わたし、一人で勉強するほうが集中できるから」

「よければ図書館に来てよ。いつも部活のあと、立ち寄ってるんだ」


 レラは手をふって走りだした。


(強引で、まっすぐな吉田先輩。ああいう人といるのも、わりとおもしろそうだけど)


 でも、レラが会いたいのは別の人。あれから、ずっと待ってるのに。どうして来てくれないんだろう?


 確実に怪しい人だ。レラに危害をおよぼす可能性が高い。


 なのに、帰り道、無意識に探してしまう。あの黒ずくめの姿を。


 今日もシオンはいなかった。かならず、また来ると言っていた。あれもウソだろうか?


 がっかりしながら、自宅に帰った。玄関に入ったとたん、レラはめまいをおぼえた。そのまま意識を失った。


 気がついたのは、暗くなってからだ。玄関にたおれていた。時計を見ると九時半すぎていた。三時間以上、気を失っていたことになる。


 こんなこと、これまでなかった。レラは不安になった。自分は何かの病気だろうか。体のどこかが悪いのだろうか?


 しかし、どこにも痛みはない。体は少し、だるいけど。


 そういえば気を失う前にクツをぬいだ気がする。なのに今は、はいている。なんでだろう?


 説明のつかない何かが、自分の身に起こっているーー


(シオンなら、きっと何が起こってるか説明してくれる……)


 なぜ、そう思うのだろうか。


 翌日。いつものように学校に行った。すると、スズカが泣いていた。スズカやアサミとはクラスも同じ。


「おはよう。スズカ。アサミ。どうしたの?」


 声をかけると、スズカの泣き声が激しくなる。なぜか、アサミが、にらんできた。


「よく平気な顔で、そんなこと言えるね。レラって、サイテー」


 そう言って、スズカと二人で窓ぎわに歩いていった。


 わけがわからず、レラは二人を見送った。


 理由がわかったのは放課後だ。教室に吉田先輩がやってきた。


「レラちゃん。今日も図書館に来てよ。いっしょに帰ろう」


「今日も? なに言ってるんですか」


 すると、急に小声になって、


「あ、そうか。ごめん。まだナイショだったね。じゃあ、待ってるよ」


 うれしそうに頬を赤くして去っていく。

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