第1話『分身』一章 もう一人いる 4


「シオンさん。父の……堂坂さんの知り合いだって言いましたよね? どんな間柄なんですか?」


 シオンはニヤニヤ笑う。


「なんで? 気になるの?」

「えっ? だって、お父さんに会わせてくれるんでしょ? 気になりますよ」

「そうだなあ。君のお父さんとは、しいていえば、師弟関係? 君のお父さんは立派な研究者だった。僕は、その魂を継いだんだ」

「研究者……」


 でも、だったというのは? 今は違うということか?


「堂坂さんやユカさんとは大学で知りあったんだ。高池さんともね」


 母と今の父は同じ大学の卒業生だ。その後、母校に付属する病院で働いている。


 つまり、実の父、堂坂も、その大学の卒業生か、関係者。


 シオンは三人とは年齢が離れてるから、たぶん、同じ大学の後輩というところか。


「堂坂さんは研究者なんですか。なんの研究をしてたんだろう」

「それは本人から聞いたほうがいいよ。とにかく、着替えてきたら?」

「それもそうですね」

「僕のことは気にしなくていいよ。ここで待ってるから」


 シオンはリビングルームのソファにすわる。


 レラは二階に上がっていった。


 制服をぬぎすて、洋服ダンスのトビラをあける。どの服を着よう。今日はシオンがいるから迷う。


 いつもなら、家のなかではTシャツとパンツスタイル。レギンスでもいいけど。


 でも、今日は少し、オシャレしてみようか? この前、学校帰りにアサミたちと買ったミニスカート? それとも、大人っぽいワンピース?


 下着姿でタンスのなかをのぞきこんでいたレラは、ギョッとした。タンスのトビラの内側についた鏡に映る、自分の姿を見て。


(やだ。これ。なに? ひどくなってる)


 昨日のひっかききず。

 昨日、脱衣所で見たときは、ほんのひとすじだった。それが五、六ケ所に増えている。


(さっきから、なんか痛いと思ったら、このせい……)


 いつ、こんな傷がついたんだろう。ぜんぜん気がつかなかった。おかしい。


 なんとなく不安な気持ちで、レラはその傷を見つめた。


 あまり集中していたせいだろうか。ふと気づくと、背後に人の気配があった。


(誰——?)


 ふりかえると、黒い人影。


(シオン……?)


 はっきり見きわめることはできなかった。人影に抱きすくめられたあと、急に気を失ってしまった。





 そのあと、どのくらい時間が経過したのか。


 うっすらと意識がもどってきた。声が聞こえる。


「……ごめんね。痛かった?」


 シオンの声だ。やっぱり、あの人影はシオンだったのか。


「君を傷つけるのは本意じゃないんだけどね。君と話すには、こうするしかないだろ?」


 すると、もう一人の声がする。女の声だ。でも、この声は……?


「シオン。来てくれたの。わたしのこと、捨てていったくせに」

「君をすてるわけないだろ。ほら、ちゃんと迎えにきた」


 シオン、誰と話してるの? 誰を迎えに来たの?


 レラの意識は、もうろうとする。


「わたし、早く、ここから出たい」

「もうすぐさ。今度こそ、君は完全体になる。僕と同じね」

「まだ完全じゃないの?」

「残念ながら」

「なにが悪かったの?」

「まあ、研究成果が完ぺきじゃなかったってことさ。でも、今度は、うまくいく。研究が完成したんだ」

「ほんと? じゃあ、今度こそ、わたしをつれてってくれるのね」

「もちろん。僕の白雪姫。君は僕の子どものころに、そっくりだよ」


 ふふふっと女の子の笑い声。


「ねえ。早く、つれだして」

「今日はムリだな。道具を持ってきてない」

「いつなら、いいの?」

「かならず、近いうちに。今日のところは採血だけしていこう。排卵日をわりださないとね」


 そのあと、腕にチクンと痛みが走った。


「じゃあ、またね。今日はもう帰るよ。誰にもジャマされたくない。きっと、ユカは怒るだろうから」


 行くの? シオン。お父さんに会わせてくれるって言ったのに。ウソつき……。


 目をあけると、シオンが立ち去っていくのが見えた。

 だんだん、意識が、はっきりしてくる。

 レラは下着姿のまま、ベッドに寝かされていた。


 かすかに腕が痛む。見ると、ぽつりと血が出ていた。針を刺したようなあとがある。


「シオン……」


 シオンの目的は、なんだろう?


 お父さんに会わせるというのは口実だ。もしかしたら、実の父の知り合いというのもウソかもしれない。

 でも、会いたい。彼が行ってしまったことが、なによりも悲しい。


 すると、耳もとで声がした……ような気がした。女の子の笑い声が……。

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