第1話『分身』一章 もう一人いる 2


 *


 高校に入学して、二週間たった。変わらない毎日。平穏で、たいくつ。


 新しいクラスも、中学までと同じだ。クラスメートは、おとなしい羊たちの群れ。


 アイドルやテレビやマンガの話ばかりしている。マシなところで、クラブ活動や勉強の話。


 レラは子どものころから勉強は得意だった。一度、授業で聞けば、どんな科目も、すぐにおぼえる。難しい数式だって、いっぺんに理解できる。


 勉強において苦労したことはない。むしろ、わからないと言う人たちのことが、わからない。


 スポーツも、得意とまでは言わないが、まあ、普通か、それ以上にはできる。


 だからだろうか。クラスメートたちが子どもっぽく見えて、しょうがない。あわせるのも大変だ。あまり浮かないように、わざとテストで一、二問まちがえてみたり。


「ねえ、レラ。そろそろ、なんかクラブに入る? どうせ、ヒマでしょ? 中学のときみたいに、テニスにする?」


 放課後、いつもみたいに三人になると、アサミが言った。


 アサミはスポーツが得意だ。とくにテニスは上手で、中学のときも全国大会まで残った。


 レラとスズカは、アサミにつきあう形で中学三年間、テニスクラブに所属していた。


 レラは、まあまあ。毎回、レギュラーにはなれた。が、調子がいいときなら、県大会でベストテン入りするくらい。


 スズカはレギュラーになったり補欠だったり……というていど。


 だから、スズカは不満そうだ。


「わたし、今度は弓道部がいいなあ。ねえ、今日、見学に行こうよ」


「ええっ、なんで弓道? とつぜんすぎるぅ。ねえ、レラ?」


 とうぜん、アサミは、おもしろくない。


 レラは、どっちでも、かまわなかった。


 ほんとのことを言えば、毎日、薬品の調合や変な実験のできる科学部とか、生物学部でカエルの解剖とかしてみたい。


 でも、それを言ったら、友だちをなくすことはわかっていた。


 得意ではない体育会系のクラブで、中間より、ちょっといいくらいの成績のほうが、目立たなくていい。


「まあ、見学くらいならいいんじゃない。とりあえず、見てから決めようよ」


「そうだね。そうしよう」


 レラの意見には、アサミも、あっさり賛成する。


 とくに興味はないけど、見学に行ってみた。弓道部の練習場は体育館の裏手。まわりをフェンスでかこって、矢が一定距離から出ないようにしてある。


 行ってみてすぐ、なんで、スズカが弓道部なんて言いだしたのか、わかった。


 見学に来てる女の子が、いやに多い。


 すると、そこにいたわけだ。ちょっとカッコイイ二年の先輩が。


 レラたちの目の前で、バンバン金的を射止める。そのたびに見学の女の子たちが、ため息をついていた。


「……弓道部も、悪くないね」


 アサミまで言いだす。


 これはもう、弓道部に入るしかない流れか。どうせ、レラはスズカやアサミにつきあうだけだし。


「アサミもやりたいんなら、いいんじゃない」


 話し声が、聞こえたらしい。例のイケメン男子が、こっちを向いた。


「君たち、入部してくれるの?」


 さわやかな笑顔で近づいてくる。


 スズカやアサミは息が止まりそうな顔つきだ。


 でも、イケメンの目は、まっすぐレラだけを見ている。


 よくあることだ。通りすがりに男の人に、ふりかえってみられることには、なれている。


「とりあえず、今日だけ一日入部で、かまいませんか? 友だちが試してみたいって言うから」


 レラが答えると、イケメンは、うっすら赤くなった。


 レラは、ため息をついた。


 これは、めんどくさいことになりそうだ。スズカやアサミが、イケメン先輩に夢中になりすぎなければ、問題はないのだが。

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