一章 もう一人いる

第1話『分身』一章 もう一人いる 1

https://kakuyomu.jp/users/kaoru-todo/news/16817330649389369181(挿絵)



 レラが初めに異変に気づいたのは、十五さいの誕生日。


 春休みだったから、友だちとケーキの食べ放題とカラオケに行った。中学からいっしょの、スズカとアサミ。高校も同じとこに入学予定。二人からプレゼントをもらい、ごきげんで、うちに帰った。


「ただいま」


 と、玄関口に入りながら言うと、対面式のリビングルームにいた父と母が、あっけにとられた顔をした。


「……レラ。ただいまって……いつ出かけてたの?」


 母が言うので、


「今日はアサミたちと出るって言ったよ。出るとき、お母さん、見てたよね」

「それはわかってる。お母さんが言ってるのは、今の話よ」

「今? 今、帰ってきたとこだけど?」


 話が通じないので、だんだん、イライラしてくる。

 しかし、母はますます、あっけにとられた。


「さっき帰ってきたのは見てたわよ。そのあと、また出かけたの? ぜんぜん気づかなかった」

「なに言ってんのかわかんない」


 母と話してると、イライラする。


「もういいよ」


 何か言いかける母をさえぎって、レラは言いすてる。二階の自分の部屋にかけこんだ。


 子どものころからの一人部屋。レラは、ひとりっ子だ。両親は地方から上京してきたので、祖父母も同居してない。


 三人しかいない家族なのに、やたらに大きな三階建ての家。レラの部屋。両親の寝室。父の書斎。母の部屋。リビングルーム。それに、ふだんは使ってない客室が二つ。


 レラの家は、かなり、ゆうふくだ。母は大学病院の薬剤師だし、父は同じ大学病院の医師。


 二人とも夜勤があるから、レラは、この広い家に一人でいることが多い。 こんなふうに、家族三人がそろうことのほうが、めずらしい。


 もしかして、レラの誕生日だから、二人とも休日をあわせたんだろうか? いや、そんなはずはない。げんに二人とも何も言わないし。


 きっと、たまたまだ。


 スズカもアサミも、このごろ、家族とは話さないと言っていた。よくある反抗期ってやつだ。でも、レラの場合は違う。


 レラは幼いころから、あまり家族と話した記憶がない。


 両親の仕事のせいもある。二人とも忙しい。そもそも家族がそろうことがないのに、会話が成立するわけがない。


 でも、それだけじゃない気がする。

 なんと言ったらいいのだろう。


 母も父も、レラのことをさけているような……。


 子どものころは、それが普通だと思っていた。どこの家庭も、レラのうちと同じだと。


 でも、違うのだ。最近、それに気づいた。両親がレラをさけるのには、わけがあるのだと。


(べつに、さみしくなんかない。お父さんのことは普通だけど、お母さんのことは好きじゃないし)


 むしろ、ほっとかれるほうがいい。一人でいるほうが安心する。


 子どものころから、レラは孤独を感じたことがない。小さいころのことは、なぜか、あまり、おぼえてないけど。


 四つや五つのころの話ではない。小学校に上がってから二、三年くらいまでの記憶だ。いくらなんでも物心ついてるはずの年だ。


 スズカやアサミは、誕生日のプレゼントに人形を買ってもらったとか、夏休みに、みんなで、いなかのおばあちゃんのうちに遊びに行ったとか、そういうことをおぼえている。


 わたしだけが違う……


 そう思うと、少し不安になる。


(事故にあって頭を打つと、記憶の一部がなくなったりするっていうよね。きっと、そんな感じ?)


 両親に聞いてみようにも、そういうことの聞けるようなふんいきの家庭ではない。


 まあいい。そんなこと考えたって、どうせ解決しない。


 早くお風呂に入って、録画しといたドラマを見ないと。アサミたちの話についていけなくなる。


 レラはドラマとか、とくに面白いとは思わないが、友だちづきあいには重要だ。


 レラは荷物を置くと、着替えを持って、階下におりた。


 話し声が聞こえた。父と母だ。低い声で何か話している。


「……また、あのときみたいになるの?」


「わからない。でも、もしものときのことは考慮したほうがいいな」


「そんなこと言ったって……」


 すると、父は遠慮がちに言った。


「堂坂さんには、連絡とれないのか?」


「よしてよ。あれっきり会ってもないし、連絡先も知らない」


「そうか……」


 それきり、両親は、だまりこんだ。


(とうさか……それが、あの人の名前?)


 レラは二年前、母の部屋で見つけた昔の写真を思いうかべる。


 三さいぐらいのレラを抱いた母と、父親らしき人物。ただし、それは今の父ではない。


 写真は故意に半分、切られていて、男の顔はわからない。でも、今の父と違うことだけは断言できる。


 その人は、手の甲に目立つタトゥがあった。


 青い炎のようにも見えるし、ツバサをひろげた鳥のようにも見える。


 もちろん、今の父には、そんなものはない。


 じっさい、両親と、その人のあいだに何があったのかはわからない。


 わかっているのは、レラが母と、その人とのあいだの子どもだということだけだ。写真の裏に、そう書かれていた。


 レラ三さいの誕生日に両親と写すーーと。


 でも、戸籍では、レラは両親の実の子どもになっている。


 うちは、どうやら、普通の家庭ではないらしい。だから、両親はレラをさけるし、レラも二人に対して、とくに愛着を感じないのだろう。


 レラは我にかえった。そうだった。早くお風呂に入ってしまわなければ。


 だまりこんでしまった両親の前を素通りして、レラは浴室に向かった。


 熱いシャワーをあびると、少し、ほっとする。


 そのとき、レラは気配を感じた。なんとなく、誰かに見られているような。


 ふりかえっても、誰もいない。


(気のせい?)


 でも、なんだろう。この感じ。なつかしい。


 わたしって、ほんとに一人だったっけ? 子どものころ。いつも、誰かといっしょにいたような?


 思いだそうにも、思いだせない。記憶は深い霧のなか。


 シャワーをとめて、浴室を出た。脱衣所でパジャマを着ようとして、レラは気づいた。


 わき腹に、小さな傷がある。傷というか、ひっかいたあとのような?


 レラが自分で無意識に、やったのだろうか。


 しかし、レラは気にしなかった。たいしたことじゃない。きっと、服をぬぐときにでも、ツメがひっかかったのだ。


 中学最後の春休みだから、ツメを伸ばして、ネイルしてみた。スズカが、やってみようと言ったから。


 でも、高校に入る前に切らないと。名門の私立高だから、そういう点はウルサイ。


(もうすぐ四月。四月になったら高校生か)


 きっと、こんなふうに毎日が続いていくのだ。高校になっても、それは変わらない。


 レラは、そう思っていた。このときは、まだ……。

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