第2話『箱庭』エピローグ 裏切り者は、誰?


 何もかも終わった。

 レラも動かない。シオンも動かない。ナツキも。


 これで、実験は終わった。

 悪魔は去った。


 かなり経って、ぽつりと、キリトが言った。

「帰ろうぜ」


 ユウヤは無言で歩きだした。

 地下をぬけると、外は明るくなっていた。


 また、キリトが、つぶやく。

「みんな、夢みたいだ。ここであったこと」


 そう。夢。夢なら、よかった。

 あれが夢だったなら、こんなにも深い喪失感を味わうこともなかったのに。


(レラ……シオン……)


 おれは、けっきょく、どっちに惹かれてたんだろう? レラ? それとも、シオン?


 そんなことさえ、わからない。


 今さら、たしかめようもない。


 二人はいなくなってしまった。


 建物を出て、前庭を歩きながら、キリトが言った。


「なあ、おまえさ。普通と違う力があるんだな? 前から、そうじゃないかと思ってたけど」


 もう隠す必要もないだろう。キリトには。


 むしろ、打ち明けないと納得してくれない。


 それで、自分の力のことを、全部、話した。


「へえ」と、キリトは、うなずく。とくに驚くようすもなく。


「死者や死に近いとこにいる人の顔だけ、はっきり見えるーーか。どおりで……」


「気づいてたのか?」


「なんか、そんな感じがしてた。おまえ、前に、うちの親父が死ぬ前、変だったもん。親父の顔、まじまじと見てさ。おまえって父親似だったんだなとか言って。それまでにも、何度も親父には会ってたのに」


 そういえば、そんなこともあったかも。


 あのころは、キリトの家は裕福だった。


(死ぬ前の人だけ鮮明に見える能力か。こんな力、いらなかった)


 中学のころだ。


 母の顔が、とつぜん見えたときは悲しかった。もうすぐ死ぬんだとわかって。


 あの思いをキリトにはしてほしくなかった。だから、言わなかった。


 ふいに、キリトが立ちどまった。ユウヤを見つめる。


「あのあと、すぐに、親父は死んだ。おまえ、知ってたんだよな。親父が死ぬこと」


「……うん。まあ」


「なんで、話してくれなかったんだ?」


「言っても信じてくれなかっただろ。それに、おれには見えるだけで、それを止める力はないし」


「でも、知ってれば、ぜんぜん違うだろ。何かできたかもしれないのに」


「できないよ。経験済みなんだ。それ以前に、何度も。祖父のときも、祖母のときも、母のときも、そうだった。飼い犬のショコラが死んだときも。いつだって、そうだ!」


「決めつけるなよ! いいか。親父は自殺だったんだ。経営してた会社が倒産寸前だった。自分が死ねば保険金が入ると思ったんだよ。


 知ってれば、止めたのに。おれや、おふくろが。そんなもん、いらないから、生きててくれって。止めたのに!」


 ショックだった。


 たしかに、それなら望みはあったかもしれない。家族が必死に止めていれば……。


「親父を殺したのは、おまえだよ。ユウヤ」


 つぶやくキリトの顔を見つめる。


 とうとつに、気づいた。


(あれ? なんで、まだ見えるんだ? キリトの顔……ルナもシオンもいなくなって、危険はなくなったはず……)


 見えないはずのものが見えるとき。それは、死が近いときーー


 いきなり、キリトが突進してきた。


 その手にハサミを持ってる。


 病院のなかで見つけた武器がわりのハサミを……。


 走馬灯のように、記憶の切れ端が浮かんだ。


 最後の一体。ルナはユウヤに殺されるとき、叫んだ。わたしはナツキよ、と。


(レラにできることは、シオンにもできる。じゃあ、彼らの分身であるルナにも……)


 そうだ。あのとき、入れかわってたのだ。


 ルナのなかには、ナツキが入っていた。


 ナツキのなかに、ルナが。


 ということは、レラを殺したのは、ルナ。


 ユウヤがナツキだと思ってたのは、ルナだった。シオンに執着してたのは、それがルナだったから……。


(違う! だとすると、ナツキは裏切り者じゃない! 裏切り者はーー)


 ユウヤは叫んだ。

「裏切り者は、おまえか! キリトッ!」


 今さら気づいても遅い。

 キリトのかざす凶刃は目の前に、せまっている。


 殺されるーー


 そう思ったとき、わッとキリトが声をあげた。激しく、たじろいで、あとずさる。


 キリトの上に、女が、のしかかっている。


 いつものやつだ。

 いつも、いつも、ユウヤにつきまとって離れない女。


 こいつのせいで、彼女もできない。

 死に顔のまま、あらわれて、彼女を追いはらってしまうから。


(最初は感動したけどね)


 若くして死んだ母。

 遺していく一人息子が心配で、この世から離れない。


 しかし、おかげで、キリトの攻撃がゆるんだ。


 ユウヤはキリトの手からハサミをうばおうとした。もみあううちに、そうなってしまったのは、わざとじゃない。


 ぎゃッと、キリトが断末魔の声をだす。

 ハサミは、キリトの胸に刺さっていた。


「キリトーー!」


 ウソ……だろ?

 友達を殺してしまった。


 ルナを殺すのとは、わけが違う。

 こいつだけは生かしてやりたいと思っていた友人だったのに……。


 ユウヤは、ぼうぜんと立ちすくんだ。

 キリトを刺した感触が、まざまざと手に残る。


(全部、夢なら……)




 *


 一週間がすぎた。

 あの夜のことは、世間には知れなかった。

 途中で遭難して、みんなと、はぐれたことにした。ユウヤだけが自力で町まで、たどりついたことに。


 だから、ユウヤの手が血で汚れてることは、誰も知らない。


 それが悪かったんだと思う。

 もしも、ユウヤの罪が他人の知るところとなっていたら、自制できていた。


 少なくとも警察に拘束され、物理的な自由がなくなっていた。


(おれって、やっぱり、どっか、おかしいんだ)


 会いたい。

 たまらなく、会いたい。


(レラ。シオン。もう、どっちでもいい。会いたいんだ)


 けっきょく、あの病院をおとずれた。

 カギは持ってる。

 それに、いい方法を思いついた。

 懐中電灯を手に、まっすぐ地下へおりた。


 死体安置所には、レラが眠っていた。

 去る前に、ユウヤがボックスのなかに、おさめたのだ。


「レラ。聞こえる?」


 レラは目をあけた。

 レラの魂は、まだ、そこにいた。

 そういうものが見えるユウヤだから、話すこともできる。


「提案なんだけど。おれのなかに入るってのは、どう?」

「わたしは、もう眠りたいんだけど」


「でも、シオンといっしょなら、生きたいだろ?」

「まあね」


「とりあえず、おれのなかにいたらいい。おれは科学者じゃないけどさ。君とシオンの知識があれば、君たちのクローンを作ることができるだろ?」

「それは、そうね」


「分裂さえしなければ問題はないんだし。新しい体を作ろうよ。今度こそ、完ぺきな君を」

「悪くないかも」


 にっこり笑う顔は、このうえなく魅力的。


 山奥で廃屋になった病院を見つけた人は、用心したほうがいい。


 実験は、まだ続いている……。

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分身 涼森巳王(東堂薫) @kaoru-todo

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