第2話『箱庭』4 狩りが始まる……
ユウヤは急いで懐中電灯を向けた。
人影が一瞬、見えた。
しかし、ふいに懐中電灯の光が消えた。
「なにやってんだ! ユウヤ」
「電池切れだ。スイッチ動かしても、つかない」
そのすきに、人影はベッドのかげに隠れた。
ユウヤは叫んだ。
「外、出よう!」
キリト、ユウヤの順で、ろうかに出る。
すでにアスヤは外に出ていた。というより、最初から室内にまで入ってなかった。
「キリト。カギ」
「カギ穴が見えない」
「急げ!」
キリトをせかし、どうにかカギをかけた。
「とじこめた……よな?」
「たぶん」
どっと疲れる。
ユウヤたちは、その場にすわりこんだ。
「やっぱり、レラじゃないよ。なかにいたやつのせいだ。あいつが、みんなを……」
「でも、変だろ。なかにはヒロキしかいなかったはずなのに」
「それなんだけど……」と、アスヤが意見する。
「あのときさ。おれたち、みんな、ろうかに出ただろ? おれたちが、エリカの死体に気をとられてるあいだに、こっそり入ってたんじゃないかな。さっきのやつが」
そんな気配はしなかった。
いくら死体に注目してたからといって、自分のすぐ後ろを誰かが通れば、気づきそうなものだが……。
でも、そう考えれば、いちおう説明はつく。
アスヤは、つぶやく。
「やっぱり、マサルなのかな?」
ユウヤは聞いてみた。
「誰か、さっきのやつの顔、見たか?」
全員、首をふる。
「一瞬だったし」
「あれじゃなあ……」
ナツキが泣きそうな声をだす。
「ねえ、ここ、やだよ。外、出たい」
ユウヤは、なだめる。
「でも、懐中電灯も切れた。やっぱり明るくなってからじゃないと。どっちみち、犯人は、このなかだから、もう安全だよ」
ほんとに安全なんだろうか?
ユウヤは言いながら、自分の言葉が信じられない。
(レラの話が、ほんとなら、ここで起きてることは、そんな単純なことじゃない)
とにかく、ナツキを落ちつかせようと思った。
「どっかに電池か、懐中電灯ないか探そう。それか、ロープそのもの。ここから出るには、それしかない」
ありそうなのは、一階だ。
ナースステーションなら、きっと夜勤のために置いてあっただろう。それが今も使えるかどうかは、わからないにしても。
何度も往復になるが、ほかに方法がない。
ユウヤたちは、そろって一階におりた。
ナースステーションで探してるときだ。ナツキが言った。
「アスヤがいない」
「いないって? いつから?」
「わかんないけど」
暗いから、少し離れると、まったく見えない。なんとなく、近くにいるんだと思っていた。
キリトが言った。
「ヤバイだろ。この状況で一人って」
「探したほうがいいな」と、こたえておいて、ユウヤはナツキにたずねた。
「どのへんでいなくなったか、わかるかな?」
「ここまでは、いっしょだった」
「じゃあ、遠くまでは行ってないかな……」
「アスヤ! アスヤ、どこだ?」
「おーい、アスヤ!」
ユウヤたちは大声で呼びながら、アスヤを探した。
十分たち、二十分たち……。
急に、キリトが言った。
「そうだ。ナースステーションで、あいつ、おれに、ぶつかってきたんだ。そのとき、カギ落として。あいつが、ひろってくれた」
「カギって、二階の?」
「かどうかは、わかんないけど。二階と三階の病室のやつ。両方、落としたから。今から思うと、わざと、ぶつかってきたのかなと」
ユウヤは思いだした。
アスヤが、いやにレラを気にしてたことを。女に甘いアスヤ。悪い癖が出たのかもしれない。
「行ってみよう」
急いで二階にあがった。が、遅かった。
わあッと悲鳴が聞こえる。三階からだ。
「アスヤ? アスヤか?」
ろうかには窓がならんでいる。そこから入る星明かりが、ほんのりと視界に光をもたらす。
叫び声をたよりに歩いていった。
三階についたときには、もう声は聞こえなくなっていた。
「おい、アスヤ……?」
階段の手すりのかげに、アスヤはいた。そこに、しゃがみこんでいるのか、頭から上だけ見えている。
「アスヤ。なにしてるのよ。心配するじゃない」と言って、ナツキが手をかけた。
するとーー
ころんと、アスヤの首は、ころがった。
とんとんとんと、階段をころがりおちる。
しゃがんでいるわけじゃなかったのだ。
アスヤには、首から下がなかった。
よく見ると、アスヤの首があった場所には、血だまりと、ひきさかれた体の一部が、ちらばっていた。
ナツキは、ふらりと倒れた。
ユウヤはナツキを支えた。
キリトが、叫んで、走りだす。
「あいつだ! やっぱり、あいつがやったんだ!」
キリトはレラがアスヤを殺したと思ってるのだ。
「待てよ! キリト」
ユウヤは、ナツキを壁にもたれさせて、すわらせた。キリトを追って走る。
レラをとじこめた病室のドアは、あいていた。なかに、レラはいなかった。
いや……部屋の奥に、誰かいる。
ベッドのかげに、しゃがみこんでいる。
あの音は、なんだろう?
ボリボリ。ボリボリ。
何かをかじるような?
ユウヤは目をこらした。わずかな星明かりをたよりに。黒い影が、うずくまっている。
これって、なんか、似てる?
さっき、ヒロキがやられたときに見た影と?
そのとき、ふいに窓の外が明るくなった。
月が雲間から姿をあらわす。
それが見えた。
うずくまり、骨をかじる影ーー
でも、なぜ? そんなはずはないのに。
その人は、すでに死んでいるはずだ。
小さく見えるはずだ。
それは、まだ子どもだから……。
キリトが、つぶやく。
「なんで……? あれって、あの子じゃ……」
まちがいない。
それは、ルナだ。レラに殺されて死んだはずのルナ。
ぼうぜんとしてるうちに、ルナは、こっちをむいた。そして、かじっていた骨をすてる。
「骨のなかにね。おいしい汁があるの。でもね。ルナ、ちっちゃいから、大きな骨はかじれないのよ。やっぱり、お肉が一番、好きよ」
そう言うと、ニッと笑う。
「バケモノ」と、キリトが叫んだ。
ユウヤは、ぼうぜんと見つめた。そのすきに、ルナが襲いかかってきた。
(ダメだ。殺される。こいつが、みんなを殺した犯人なんだ……)
ユウヤが、あきらめかけたときーー
目の前にせまる小さな猛獣が、床に叩きつけられた。ぎゃッと、一声あげ、動かなくなる。
「だから、言ったでしょ。プラナリアには気をつけてって」
レラだ。物陰から黒いシルエットになって、あらわれる。
ルナの背中には、またメスが刺さっていた。
「レラ。なんで、ルナが二人いるんだ? それに、プラナリアって……」
「言ったでしょ? あなたたちが来るまでは三体いたって。そのあと、あなたたちの仲間が三人食べられた。わたしが一体、殺した。だから、あの時点では、あと五体残ってた」
「まさか、プラナリアって、ルナのことなのか?」
「そうよ。やつらは失敗作の突然変異。食事は基本、一日三度、ほしがるわ。一食につき成人一人をまるまる食べちゃう。
そして、ここからが問題なの。やつらは食べたあと、分裂する。一人食べると、二人になる。つまり、次の食事には二人の成人が必要になる。その次の食事には四人……。
これが、どういうことか、わかるでしょ? やつらを野放しにしとくと、大変なことになる」
「待ってくれ。そもそも、あの子、なんなんだ? 分裂するとか、人食うとか……人間じゃない」
「そうね。厳密な意味ではホモサピエンスではないわ。あれは、シオンの作った実験体よ」
「シオンって?」
「シオンは、もう一人のわたし。わたしたちは不幸な事故で死んでしまった。それで、クローン体として蘇ったの。だけど、残念ながら、シオンの望んだ形じゃなかった。
シオンはね。オリジナルのころの、この体に戻りたいの。XXYの両性具有の自分に。
だから、XYのシオンと、XXのわたしが一つになった。
ただね。わたしたちはシオンとレオン。二人の魂の融合体だから、完全に一つにはなれなかった。どうしても、XXYにはなれなくて……。
シオンは、もう一度、別のクローン体を作ろうとした。
今度こそ完全な自分を。以前の完璧な両性具有の自分。完璧で、老いることも死ぬこともない自分を。
あの体に二人が存在してこそ、新しい自分になれるんだって、シオンは信じてる。
わたしは今のままで充分だと思うけど。わたしの意見を聞いてくれる人じゃないし。
シオンは新しい体に、自家生殖能力をつけようとしたの。わたしたち、よく狙われるから。万一、殺されても予備があれば安心でしょ?
実験が成功すれば、よかったんだけど。自家生殖能力が、うまくいかなくて。食べると分裂するようになっちゃった。
それに、作成中の実験体に、ルナの魂が入りこんじゃったのよ。ルナは以前、シオンが始末した失敗作。新しい体を占領して、勝手に増えだしたの。
わたしはルナを始末するべきだって言った。でも、シオンは、これはこれで面白いって。世界中、ルナだらけになれば、もう、わたしたちをおびやかす人はいなくなるし。
それで、外から獲物を呼びこんで、ルナを増やそうとしてる」
「待てよ」と、キリトがわりこんできた。
「獲物って、おれたちのことか?」
「もちろん。ルナの食べものは人間だもの。シオンは外から獲物をつれてくる人を見つけてくるの。つまり、あなたたちのなかに、裏切り者がいる。シオンにそそのかされて、ここへ、あなたたちをつれてきた人が」
ユウヤはキリトと顔を見あわせた。
キリトが首をふる。
「……おれじゃないよ」
「おれでもない」
「源流探しとか言いだしたの、ヒロキだろ?」
「でも、ヒロキは単純だから、誰かに、のせられたのかも」
「やっぱ、マサルだよ。まっさきにいなくなったし」
「だよな」
それにしても、レラの言うとおりなら、大変だ。世界が滅ぶという意味も理解できる。
ルナは一食で倍に分裂する。今はまだ閉鎖された空間だからいい。もしも、ルナが外界に出ていったら?
一食めで一人が二人に。二食めでは四人。三食で八人。二日めの朝には十六人だ。三日めの朝には百二十八人。四日めの朝には、すでに千人を超えている……。
(マジで全人類、食いつくされるぞ)
キリトも同じことを考えたようだ。
「始末しないと……」
「ああ」
「おれたちがやらなきゃいけない理由はないんだけどさ」
「でも、ここから逃げたとしてもだ。ほっとくと、どうせ、いつか殺されるだけだろ。ウジャウジャ増えたら、囲まれて食われちまう」
「わかってるよ。そんなの、いやだ。だから、言ってるんだろ。始末しなきゃって」
「レラは、どうなの? おれたちに協力してくれるの?」
「わたしは人類を滅ぼす気はないの。今のうちにルナを全滅させましょう。数が少ないうちじゃないと、手に負えなくなる。
さっき、また一人、やられたわね。わたしが一匹殺したから、差し引きゼロの五匹ってことね」
「どうやって殺すんだ?」
「やつらには再生能力がある。だから、心臓か脳を破壊し、再生する前に即死させるしかない」
ユウヤは言った。
「五人のうち一人は二階の病室に、とじこめてある。いや、そうか。なかでヒロキが食われたんだ。そのあと分裂してるから、二人だ。まず、あいつらをなんとかしよう」
キリトが、ため息をつく。
「武器もないのにか?」
すると、レラが、
「手術用のメスなら、まだ下の階にある」と言う。
「しかたない。とりに行こう」
「いいけど……やつら、そのへんにいるかもしれないんだよな?」
たしかに、そうだ。
さっきまで、殺人者は一人だと思っていた。それが、じつは五人もいて、そのうち三人は、どこに、ひそんでいるか、わからない。
そういえば、地下におりたとき、大勢に見つめられているような感覚があった。あれが、分裂したルナたちだったのだ。
「そうだ。ナツキさんが一人だな。マズイ」
キリトが言ったので思いだした。
ユウヤたちは急いで、ろうかに出た。
だが、ろうかに、ナツキはいなかった。
「おかしいな。気絶してたはずなのに」
「このへんに、一匹、いるんだよな?」と、キリト。
アスヤが食われて、まだ時間が経ってない。ついさっき分裂したから、一匹は近くにいるはずだ。
とすると、ナツキはルナに、つれていかれたのか……。
急に、レラが一歩さがった。ふりむこうとしたユウヤは左手に、するどい痛みを感じた。レラの手にメスが光っている。
「レラ! なにするんだ」
すると、その瞬間だ。階段のかげから、何かが、とびだしてきた。獣のような、うなり声をあげて。ユウヤの左手に、かぶりついてくる。
とっさに、ユウヤは、それをつきとばした。それは、もろに階段をすべりおちた。頭から落下する。
レラが叫ぶ。
「とどめをさして!」
かけおりると、ルナが倒れている。ピクピクけいれんしているが、まだ息がある。
「とどめって言われても……」
もたもたしてると、レラがさっきのメスで、ルナを刺した。心臓をひとつき。よどみない手つき。
「これで、あと四体」
ユウヤは痛みのある左手をなでる。ぬるっとした感触があった。血が流れている。
「ごめんなさい。あいつらは血の匂いに敏感なの。新鮮な血の匂いをかぐと、食欲が抑えられなくなるみたいよ」
「おれを囮にしたんだ」
「ごめんね」
まあ、しかたない。じっさい、囮くらいでしか役に立てないしーーと、ユウヤは思ったのだが。
キリトが厳しい口調で言いだす。
「もしかして、アスヤのことも、囮にしたのか?」
ハッとした。そう言われれば、そうだ。
レラをとじこめていた病室のカギはあいていた。誰かが外からカギをあけたのだ。この場合、誰かとは、キリトからカギをうばったアスヤということになる。
レラは淡々と答える。
「あの人、わたしを犯そうとしたから。うしろにルナが立ってることに気づいてなかったのね」
「ふざけんなよ!」
キリトはレラに、つかみかかっていく。
ユウヤは全力でキリトを押さえた。
「よせよ! レラに怒ったって、しかたないだろ。女の子に乱暴しようとしたほうが悪いんだし」
「女? 死体だろ?」
「死体でも女の子だ」
「悪趣味すぎる。ありえない」
あくまで、レラは冷静だ。
「ケンカはあとにしてくれない? 早く、ルナを始末しないと」
なおさら、キリトは腹を立てる。
「おまえのせいだろ!」
だが、ユウヤが
「ナツキさんも、どこ行ったか、わかんないんだ。探さないと」
なだめると、ようやく、だまる。
それにしても、ナツキは、どこに行ったんだろうか?
「気絶してたから、気がついて、おれたちを探しに行ったのかもな」
ユウヤが話しかけても、ふてくされて、キリトは応えない。
三階を歩いていたなら、どこかでユウヤたちと、すれちがったはずだ。
ということは二階より下に、おりていったのか。
ユウヤたちも、二階に向かった。
踊り場にころがったアスヤの首のそばを通るときには、思わず目をそらした。
なんだか、何もかもが悪い夢のようだ。
二階におりたとき、レラが首をかしげた。
「……シオンの匂いがする」
「近くにいるのか?」
「もういないかも。わたしたちが住んでるのは、病院のなかじゃないから。こっちに来るのは実験のときだけ。でも、少し前まで、いたと思う」
「もしかして……あの斧を持った男……」
「かもね。バンガローの暖炉用に、まきを割るための斧があるし」
「バンガロー?」
「この病院の裏手にあるの。わたしとシオンは、ふだん、そこで暮らしてる」
「そんなことより」と、キリトが口をはさむ。
「早く、ナツキさん、探そう」
二階には、どこにもいなかった。
続けて一階におりる。が、そこにも見あたらない。
「地下……かな?」
ためらいがちに、キリトが言った。
「まあ、そうなるよな……」
「あんだけ怖がってたのに、一人で地下、行くか?」
「事情が変わったのかも?」
「どんなだよ」
「そんなこと、わからないよ」
「行ってみるしかないか……」
その前に一階に来たついでだ。もともと探していたのは懐中電灯のための電池。または懐中電灯。ありかを知らないか、レラに聞いた。
「ナースステーションの壁に懐中電灯がかけてあった。古いから使えるかどうか、わからないけど」
暗いから手さぐりだ。
壁をなでていると、クモの巣やホコリで、手がザラザラになる。
暗闇で、いつのまにか三人、バラバラになった。とは言っても、近くにいるはずだ。
カタン、カタンと音がする。
(あれ? でも、この音……どっかで聞いたな)
いつ? どこで?
思いだそうとしていたとき、手に円筒形のものがふれた。懐中電灯だ。
スイッチをさがし、つけてみた。光が闇を切り裂く。暗闇になれた目には、まぶしすぎるほど。
「おい、あったぞ!」
懐中電灯を持ったまま、ふりかえったときだ。 光のなかに、何かが浮かびあがった。
すぐそばだ。ユウヤに向かって迫ってくる。髪の長い女の子ーールナだ。
「わあッ!」
なさけない話だが、ユウヤは腰をぬかした。ぺたりと床に、しゃがみこんでしまった。
だが、それが結果的に、ルナの攻撃をさける形になった。
しゃがんだとき、手に何かが当たった。
とっさに、それをふりかざした。
体勢をととのえ、とびかかってきたルナに、それが突き刺さる。ボールペンだ。ルナの口のなかから、ボールペンが生えている。
ユウヤは生まれて初めて、他人を傷つける感触に気持ち悪くなった。手がふるえる。
ルナは倒れた。レラがやってきて、とどめをさす。
「あと三匹」
しばらく、ユウヤは立ちあがることができなかった。
「ユウヤ。あれは人間じゃないの。バケモノよ。だから、気にしなくていいの」
「うん……」
まだ三回、あれに耐えなければならないのか。バケモノだとわかっていても、やらなければ世界が滅ぶとわかっていても、気分が悪い。
「……あれ? キリトは?」
近くには、キリトの姿がない。
見まわしていると、どこかで大きな物音がした。ドンと、重いものの倒れるような音。
ユウヤは音のしたほうへ、近づいていった。ナースステーションの奥に、小さなドアがある。あけると、ロッカールームになっていた。
ロッカーの前で立ちつくしている人影が見えた。
「……キリトか?」
ふりかえる顔は、たしかにキリトだ。
でも、ひきつった表情は、ただごとじゃない。
「どうかしたのか? キリト」
キリトは、だまって、自分の前方を指さした。ならぶロッカーの一つを。 いや、厳密には、その下方を。
そこに何か倒れている。さっきの物音は、これだろうか。これが倒れたときの音に違いない。
ユウヤは、ゆっくり近づいていった。
キリトの足元を懐中電灯で照らす。
光のなかに、異様なものが浮きあがる。
初めは、それが、なんなのか、理解できなかった。なんで、そんなところで、それを見るのか……。
(おかしい。こんなはずない……だって……)
だって、マサルは裏切り者のはずだ。
おれたちを、この建物に閉じこめて……シオンってやつのために、おれたちを実験台のエサにして……。
だが、どんなに見つめても、その事実は変わらない。そこに倒れてるのは、マサルだ。
「マサル……? おい、マサル?」
肩に手をかけると、冷たかった。死んでいる。
「なんで……マサルが?」
ユウヤは答えを求めて、キリトを見た。
キリトは首をふった。
「おれじゃない。ロッカーあけたら、倒れてきたんだ」
まあ、そうだろう。
死体のこの冷たさは、死んでから、かなりの時間が経っている。
「マサルじゃなかったんだ……裏切り者」
それどころか、まっさきに犠牲になっていた。たぶん、最初に病院内に入ったとき、人知れず、殺されていた。本当の『裏切り者』によって。
その証拠に、マサルは食べられていない。よく見ると、首をしめられたような跡がある。
「きっと、自分の正体に気づかれそうになった裏切り者が、マサルを。
それか、あとで、おれたちのなかに裏切り者がいるとわかったとき、マサルのせいにするために……」
キリトが、ユウヤを見あげてくる。
「おまえじゃないよな?」
「違う」
「おれでも、おまえでもないなら、誰なんだ。もう生きてるやつなんてーー」と、言いかけて、キリトは叫んだ。
「そうか! ナツキさんか」
たしかに、それしかない。裏切り者自身も食べられてしまっているのではないかぎり。
そう思えば、急に姿を消してしまったのも怪しい。
キリトが、たずねてくる。
「どうする? ナツキさん、探すか?」
「探しながら、ルナを退治しよう。あと三体だっけ」
とにかく、武器がいる。
「メスでもなんでもいいから持ってないと。急がないと、どこに、ひそんでるかわからない」
「じゃあ、とりあえず、これを持ってて」
レラがハサミを渡してきた。けっこう大きいやつだ。
「これ、どうしたの?」
「ナースステーションにあった備品よ。ないよりマシでしょ」
マシどころか、たのもしい。
だけど、心配なのは懐中電灯だ。さっきから、ときどき点滅する。
「急ごう」
「二階のやつなら、居場所がわかってる。さきに、あいつを始末してしまいましょ」
「ほかに武器はないかな?」
「地下に行かないと。一階の手術室は、もう使ってないから。使える器具は全部、地下の実験室に移したの」
「しかたないな。じゃあ、さきに二階に行こう」
もうすぐ夜が明ける。
窓の外が、ほのかに明るい。
それまで懐中電灯の電池が、もてばいいのだが……。
三人で二階に、あがっていった。
やっぱり、ナツキの姿はない。
「キリト。鍵」
病室の鍵をあけるよう、キリトをうながす。
キリトは深呼吸をして、鍵穴にカギをさしこんだ。カチリと音がした。
キリトが少しだけドアをあける。
ユウヤは、そのすきまから、懐中電灯の光を室内になげた。
光で見える範囲には、誰もいない。
しかし、いないはずはない。
もう少し、ドアをあける。
いたーー
人が立っている。部屋のすみ。
でも、どういうことだろう?
あれがルナ?
いや……違う。
ルナなわけがない。
成人だ。
きゃしゃな男のようにも、背の高い女のようにも見える。
なによりも目をひく、この世に二人といないような美貌……。
「レラ……?」
あれは、レラ?
建物に入りこむ前に前庭で見た、あの人だ。
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