第2話『箱庭』2 わたしの声が、聞こえる?


 みんな、ぼうぜんと立ちつくしていた。


 急に逃げだしたのは、ヒロキだ。わあっと叫んで、ろうかへ、とびだしていく。


「待てよ。ヒロキ! どこ行くんだ」


 アスヤがナツキの手をひいて追っていく。


 たぶん、キリトも、ついていった。ヒロキが懐中電灯を持っていったので、はっきりとは、わからないが。


 ユウヤは走りかけて、立ちどまった。

 エリカは放心したまま、ナオトの死体を見つめてる。


「エリカ」

 その手をつかみ、ユウヤも走った。

 やっぱり、ヤバイことになった。こんなことになると思っていた。


 一階のホールまで逃げだした。

 みんな、そこで息をきらす。


 ガタガタふるえながら、ヒロキが、つぶやく。


「なんだよ……なんで、死んでんだよ? ナオト」

「マサルかな……」と、アスヤ。

「なんで、マサルが?」

「知らないよ。でも、外からカギかけたのも、あいつだし」

「外に出たなら、なかに戻れないだろ?」

「他の入口から入ったのかも? 非常口のカギも持ってんじゃ?」

「じゃあ、あいつ……なかにいるのか?」


 キリトがバカバカしくて話にならないふうで肩をすくめた。


「待てよ。なんで、マサルがナオトを殺すんだよ?」

「そんなこと、わかんないよ。でも、頭よすぎるやつは急に変なことしだすじゃん」


 すると、アスヤが、ふくんだ声で言った。


「ヒロキ。本気で言ってんの? マジ、気づいてないの?」

「何が?」


「おまえさ。けっこう、マサルにヒドイことしてたよな」

「えっ? そうか?」


「おまえ、高校のころ、よくマサルに金、かりてたじゃないか。おまえでなきゃ、カツアゲだよ」

「あれなら、もう返したよ」


「そうかもしれないけど。あの金ってさ。海外に単身赴任のオヤジさんに会いにいくための旅費だったんだ」

「そうなんだ?」


「あいつ、そのために、いっしょうけんめいバイトして。すごい楽しみにしてたのに」

「でも、今からでも会えるじゃん」


「もう遅いんだよ。あいつのオヤジさん、一年前に離婚して、赴任先の浮気相手と暮らしてるらしいし。マサルにしてみれば、あのころ、ちゃんと会ってれば、なんか変わってたかもって思うだろ」


「だからって、ナオト、殺さなくても……」

「ナオトも、なんかしてたのかも」


 それは、ありうる。ナオトやヒロキは、マサルがおとなしいのをいいことに、けっこう、いろいろしてた。


 今度はヒロキが訴える。


「それ言うなら、アスヤ。おまえだって」

「おれが、なんだよ?」

「マサルの彼女、とっただろ?」

「とってないよ。高校のときのやつ? あれは向こうが勝手にコクってきて……とにかく、おれは断ったし。そもそもタイプじゃなかったし」


「そんなこと、マサルは知らないだろ。かなり落ちこんでたもんな。恨み、買ってるよ」

「おれのせいじゃないよ」


 罵りあいが始まる。


 さえぎるように、キリトが言った。


「やめろよ。もう。おまえら、二人とも恨み買ってるよ。同罪だろ」


 ヒロキとアスヤが、だまりこむ。


 静けさのなかで、とつぜん、エリカが悲鳴をあげた。


「な、なんだよ?」

 たずねるヒロキは、だいぶ、ビビってる。


 答えるエリカの声も、ふるえていた。

「今、そこに誰か、立ってた」


 エリカは、ろうかの奥を指さした。さっき、みんなで逃げてきた方角だ。あの暗い階段のある……そして、非常口のある。


「よ……よせよ。ジョークだろ?」


 エリカは首をふる。

 彼氏が殺されたばっかりで、そんなジョークを言うゆとりなんて、あるわけがない。


 ユウヤは聞いてみた。

「どんなやつだった?」


「わかんない。でも、男だったよ。背が高かった」


 ヒロキが首をかしげる。


「背が高い? じゃあ、マサルじゃないな」


 ユウヤは忠告する。


「暗いし、はっきり見たわけじゃないんだろ。影が伸びて高く見えたって可能性はあるよ」


 エリカが、うなずく。


 今度は、キリトが、つぶやく。

「やっぱり、おれたち以外の誰かがいるんだ。少なくとも、誰かが……」


 ヒロキはアスヤを見た。


「アスヤ。おまえ、毛布、とりに行ったとき、急に悲鳴あげたよな? もしかして、なんか見たのか?」


 アスヤはしぶった。が、みんなに見つめられて、やっと、うなずく。


「そうか! やっぱり、見たんだな」

「でも……」


 アスヤは、ささやくような細い声で打ちあける。


「でも……おれの見たのは、女の子だった」

「はあ? 女の子?」


 ヒロキはアスヤが、ふざけてると思ったようだ。でも、ユウヤは、ハッとした。


「色白で髪の長い美少女だろ? はたちくらいの?」


 アスヤは、けげんな顔をする。

「いや。たしかに、ものすごい美少女ではあったけど。五さいくらい?」


 五さい……それは、あの人ではない。


 ヒロキは不気味そうに、アスヤとユウヤを見る。

「ていうか、おまえら、なんで、そんなもん見てんの?」


 わっと声をあげて、エリカが泣きだした。

「もうヤダ! やだよ。こんなとこ!」


 まあ、たしかにそうだ。

 とにかく今は逃げだすにかぎる。

「ここを出よう」と、ユウヤは提案した。


 ヒロキもアスヤもキリトも、そくざに、うなずく。


 今度はヒロキが提案する。

「じゃあ、窓、わろう。それが一番、早いだろ」


 まず、窓を破壊できそうなものを探す。診察室にあった折りたたみ椅子。受付の花びん。ブロンズ像。


 診察室には窓がない。


 ホールの窓は強化ガラスなみに厚い。四角いブロック状のガラスを組み立ててある。とても人力では、こわせそうにない。


 病室の窓をたたいてみた。イスや花びんやブロンズ像で。


 イスでは、ビクともしない。花びんは、花びんのほうが割れた。


 ブロンズ像は窓をこわした。が、たたいたところに、クモの巣のようなヒビ割れができただけだ。なかの金網がそれ以上の損壊をゆるさない。


 疲れた声で、ヒロキが、ぼやく。


「ダメだ。ここ、ふつうの病院っていうより、内装とかホテルっぽいもんな。セキュリティの面が強化されてるんだ。なんか、金持ち用の養老院とか、そんな感じ」


 そう。もとは保養所か何かだったようだ。


「外から侵入できないように、頑丈に作ってあるんだな」


 いちおう、となりの病室の窓も試した。が、やっぱりムリだ。もっと、きゃしゃなガラス窓か、ほかの出口を探さないと。


 ユウヤは言った。


「最初に話してたみたいに、二階の窓から出られないか、しらべよう。さっきは途中で寝てしまったから」


 それで、みんなで二階に上がっていく。


 エリカの見た人影のことがあるから、みんな、ビクビクだ。でも、階段をあがっても、誰もいない。


「相手も移動してるってことか?」と、ヒロキは警戒している。


 アスヤは、やっぱり、消えそうな細い声をだす。

「おれたちのこと、観察してるんじゃないか?」


 もちろん、そうだと思う。それがマサルかどうかは、ともかく。相手がユウヤたちに敵意を持ってるのは確実だ。


 さっきまで寝ていた手前の病室に入った。さっまでと変わったようすはない。


 とりあえず、みんなは、ほっとする。


 窓をしらべると、いやなことがわかった。二階の窓には、外にステンレス製の格子がついている。格子のすきまは五センチだ。窓はあくが、これじゃ出られない。


 ヒロキが、いらだった声をだす。

「なんだよ、これ。牢屋かっつうの」


 たぶん、もとはセキュリティのためだったのだろう。でも、堅牢な造りが、今では迷いこんだ者を閉じこめる牢獄と化している。


 まるで罠だと、ユウヤは思った。


 おいしいエサをちらつかせ、誘いこみ、一度入りこむと逃げだせなくするーー


(じゃあ、あの子がエサか。レラーー)


 もしそうなら、自分は、しっかり罠にハマってしまったということだ。


 危険だということを知りながら。


「ほかの部屋も調べよう」と、キリトが発言する。


 みんなが乗り気でないのは、となりの病室には、ナオトの死体があるからだ。キリトも、みんなのふんいきで、それを察した。


「となりは、とにかく、あとまわしでもいいよ。二階にも非常階段くらいはあるだろ? そこから外に出られるかも」


 一理ある。


 それでまた、みんなで、ぞろぞろ移動する。


 隣室の前は素通りした。


 そのとなりの病室から、なかをしらべる。が、やはり、窓には格子がついている。どうやら、全室、こうなってるようだ。窓からの逃亡はムリそうだ。


 ろうかの一番奥に非常口と書かれたドアがあった。が、カギがしまっている。


 ひきかえし、今度は三階にあがった。


 階段をあがりきったとき、ユウヤは妙な音を聞いた。カタン、カタンと、金属的な。


「あッ! あそこ!」


 急に、エリカが大声をだす。


「なんだよ?」


 ヒロキがたずねると、


「なんか、動いたよね?」

「なんかって?」

「わかんないよ。暗いし」


 一瞬、みんなの足が止まる。


「マサルか?」

「そうかもね」

「どうする?」


 ひよるヒロキに、キリトが強い口調で主張する。


「マサルなら、捕まえたほうが安心じゃないか? あっちは一人。こっちは六人だし」


 エリカとナツキは戦力にならないとしてもだ。男四人なら、なんとかなる。


「よし。行こう」


 ヒロキは単純なので、また先頭に立って歩きだした。


 少し進んだときだ。また、エリカが言った。


「見た? さっき、そこの部屋に入った」


 ユウヤも見た。


 懐中電灯の光がとどく、ギリギリの範囲だ。三部屋くらいさきのドアが、たったいま、動いた。


 ヒロキは懐中電灯をエリカの手に押しつけた。


「ちゃんと、照らしとけよ」


 どうするのかと思えば、自分はブロンズ像をにぎりしめている。


 ユウヤやキリトに、自分と並ぶように、手で合図する。


 ユウヤも覚悟を決めた。

 たとえ、相手がマサルでも、わけもわからず殺されるわけにはいかない。


 いや、むしろ、マサルなら、話が通じるかもしれない。


 そっと近づいて、さっき動いたドアの前まで来た。


 ヒロキが命じる。


「一、二、三で、とびこむぞ」


 ユウヤとキリトは、うなずいた。


 アスヤも、ガタガタふるえているが、ついてきている。


「一、二、三ーー」


 四人で、いっせいに、とびこむ。


 ベッドのかげで、何かが動く。


 しゃがんでいるのか? ずいぶん、小さい。


 ベッドの下を通りぬけて、逃げだそうとする。


「エリカ! ちゃんと光、向けろよ」


「そっち、行ったぞ!」


 暗がりを、懐中電灯の光が、めまぐるしく、まわる。エリカの反応が遅いから、見たい場所が、よく見えない。


 四人で逃げまわる相手を追いまわす。


 きゃッと、悲鳴がして、懐中電灯が、ころがった。エリカをつきとばして、逃げていく人影が一瞬、見えた。


 ユウヤたちは追った。階段にたどりつく前に、その相手をつかまえることができた。


「つかまえたぞ!」と、ヒロキが大声をあげる。


 ユウヤは懐中電灯をひろいあげ、その人物をてらした。光のなかに浮かんだのは……。


 あッと、アスヤが声をだす。


「この子だ!おれが見たの」


 小さな女の子だ。きれいな黒髪をおかっぱにして、とても整った顔立ちをしている。カワイイというより、子どものくせに、美しい。


「なんで、こんなとこに子どもが……」


 女の子はヒロキの手をふりきろうとする。が、とうぜん、子どもの力で逃げだせるはずもない。すると、泣きだした。


「わたしを殺すの? わたしが悪い子だから?」


 みんなは、たがいの顔を見あわせた。


「ただの迷い子じゃないか?」


「こんな山奥で?」


「親に捨てられたとか」


 泣き声が激しくなる。


 ナツキが女の子のそばに、しゃがみこんだ。


「大丈夫よ。なんにもしないからね。あなた、名前は?」


「ルナ」


「ルナちゃんね。お父さんとお母さんは?」


「……パパとママは、ルナのこと、いらない子どもだって。だから、殺すんだって」


 ヒロキは平気で心ないことを言う。


「ああ、やっぱ、捨てられたんだ」


 ナツキはヒロキをにらんだ。そして、ヒロキの手をたたいて、ルナをつかむ手を離させる。


「もう大丈夫よ。お姉さんたちといっしょに行こうね。安全なとこまで、つれてってあげるから」


 そう言って、ナツキはルナの手をにぎった。


 その瞬間、ユウヤは、なんとなく、背筋がザワザワした。


 どこかから、あの音が聞こえた。カタン、カタン。カタン、カタン、と。


(なんだ。あれ……)


 いつものやつだ。それは、わかる。ただ、こんなに、はっきりと悪意のあるソレに出会ったことは初めてだった。


「どうしたんだよ。ユウヤ?」


 いつのまにか、となりにキリトが来ていた。ユウヤの顔をのぞきこんでいる。


「オバケでも見たような顔して?」


「………」


 笑えないジョークだ。


 ユウヤの場合、シャレにならない。


「なんでもない。それよりさ」


 ユウヤは話をそらす。


「奥、しらべよう。非常階段が使えるかも」


 みんなで、ろうかの奥まで行ってみた。


 二階と同様に一番奥に非常口があった。さびてるのか、ドアノブが固い。が、カギはかかってなかった。


「やった! 出れる」


 ヒロキが歓声をあげて、ドアを押しあける。が、歓声は、すぐに悲鳴にかわった。


 わッと言って、バランスをくずしかけるヒロキの手を、ユウヤはつかんだ。


 そこに、階段はなかった。


 以前は非常階段がついてたのだろう。今では、くずれた鉄クズが、かろうじて、途中まで、ぶらさがってる。


「ダメだ。これじゃ……」


 出口がない。


 ここから、逃げだせない。


 絶望した瞬間、アスヤが明るい声をだした。


「ケータイは? 助け呼ぼう」


 みんな、いっせいにスマホをだした。が、思ったとおり、圏外だ。


 ヒロキがスマホをなげだす。


「どうしようもないじゃん」


 ヒロキは頼りにならない。今日のことで、よくわかった。日常生活のなかでは強気で行動的だが、緊急事態になると、何もできなくなる。


 アスヤは、もとより、おくびょうだ。ちょっと顔がいいから女にはモテるけど。優柔不断で、気が弱い。


(おれとキリトで、なんとかしないと)


 ユウヤは意見した。


「こうなったら、ここで、一晩、明かすしかないよ。カギのかかる部屋があれば、そこに、みんなで、こもろう。カギのかかる部屋がないときは、ベッドを動かして、なかからバリケードを作ろう」


 キリトが賛同する。


「それしかないね」


 病室には一室ずつ、カギがかかるようになっていた。ただし、さびついて動かなくなってるところが多い。


 ちゃんと使えるのは、二階の一部屋と、三階にも一部屋。二階の部屋は、最初に寝こんでしまった部屋だ。


「ここで夜が明けるのを待とう」


 二階の病室に全員で集まる。


 今度はカギをかけて。


 とはいえ、みんな、寝るどころじゃない。


 それぞれ、ベッドにすわったまま、神経質に耳をすましていた。


「とじこもったからって、逃げられないんじゃ、どうしようもないよ」


 ヒロキが、ぼやく。


 ユウヤは考えていたことを打ちあける。


「わかってる。外に出られそうなのは、三階の非常口だけだ。朝になったら、そのへんのシーツとか、カーテン使って、ロープ作ろう。それで、なんとか下におりる」


 そくざに、エリカが不平を言った。


「ムリだよ! そんなの。あんたたちはいいよ。男だもんね。でも、わたし、そんなことできないよ」


「それに、この子は、どうするの?」と、ナツキも反論する。


「ロープが、たくさん作れれば、腰のとこ、くくって、上から下ろせるよ。もしできなくても、誰か一人が外に出れば、救助を呼びに行けるだろ。スマホさえ使えれば」


「そっか」

「そうだね。それなら……」


 エリカやナツキも納得した。


「なんで朝になってからなんだ? 今すぐでも、よくないか?」


 ユウヤは、こう答えようとした。


 懐中電灯の電池が、いつまでもつか、わからないからだと。夜が明けて外が明るくなってからのほうが作業しやすい。それに、マサルにしろ他の誰かにしろ、襲撃者の姿も見つけやすい。


 なのに、口をあけた瞬間、自分の口から思ってもみなかった言葉が、とびだしてくる。


「やつらは夜行性だから」


 ヒロキが不審そうに、こっちを見る。


「夜行性? やつら?」


 我に返って、ユウヤは首をふる。

「いや……殺人者は暗闇にまぎれて近づくのが有利だろ? そういう意味」

「ああ、うん」


 おかしく思われなかっただろうか?

 ちょっと気をぬくと、こうだ。

 でも、今ので、わかった。


(やつら、夜行性なんだ)


 ユウヤたちを狙ってるもの。

 やつらというからには、単体ではない。


(もっと、わたしに、しゃべらせてくれてもいいのよ? いろいろ、教えてあげる)


 君はーーレラだね?


(そう。わたしは、レラ)


 君はもう、死んでるの?


(今のわたしは生きてもいないし、死んでもいない)


 どういうこと?

 返事はなかった。

 レラの気配が遠くなる。去っていったらしい。


(レラ。やっぱり、そうなんだね。おれに姿が見えるってことは)


 子どものころから、そうだった。

 ユウヤの秘密。

 死者の霊が見えることーー

 正確に言えば、死者と、死にきわめて近いところにいる人の顔だけが見える。


 子どものころは、このせいで、日常生活にも困った。なにしろ、生きてる人の顔は見えないのだ。


 視覚に異常があるわけではない。


 風景やテレビ画面、写真などは正常に見える。鏡越しであれば、生きてる人の顔も判別できる。


 なぜか、向かいあうと、見えない。


 おおまかな表情はわかる。なんというか、顔全体に、もやがかかったように。パーツの配置や口の動き、目の動きは、なんとなくわかる。


 それに、見えないのは顔だけだ。体全体は見えるから、服や体格で個人を見分けることはできる。


 成長してからは慣れたものの、子どものころには、そのせいで変わり者だと思われたりもした。友人の顔をおぼえられないのだから。


 とはいえ、それはまあ、ガマンできる範囲の不便だ。もっとイヤだったのは、死者の霊が見えること。死人の姿というのは、たいてい、不気味だし。


 でも、もっと、つらいのは、それでさえない。ほんとに、つらいのは、見えなかったものが見えること……。


 ここに近づいたとたんに、友人たちの顔が、はっきり見えるようになった。写真で見なれた顔だから、誰が誰かは、すぐにわかった。


(つまり、おれたち、みんなに死が近づいている。だから、見えるようになった)


 ここは危ない。逃げないと。


 夜が明けるのを待ちながら、いつのまにか、うたたねしていた。緊張していたが、やはり、疲れていた。


 目がさめたのは、悲鳴が聞こえたからだ。


 まわりが、やけにバタバタ、にぎやかだなと少し前から感じていた。悲鳴を聞いて、いっぺんに覚醒する。


 ほかのメンバーも、とびおきてきた。


「なんだよ?」

「なに、今の?」


 ナオトのことがあるから、みんな、不安そうに、まわりを見まわす。


 ヒロキ。キリト。アスヤ。ナツキ。それに、ルナ……。


「エリカがいない?」


 ユウヤは、あわてて懐中電灯の光をつけた。電池の消耗をふせぐために消していたのだ。


 光をあちこちに向ける。たしかに、エリカがいない。それにーー


「ドア、あいてる!」


 カギがかかってたはずなのに、ドアはあいていた。そのドアのすきまに赤いものが点々と見える。


 ナツキが泣きそうな声をだす。


「あれ……血じゃないの?」


 そう。血だ。近づいて、よく見る。ところどころ、血のあとは何かをひきずったように筋になっている。


 ユウヤは懐中電灯の光をろうかに向けた。血の筋のさきに……。


 すると、ドアの真正面に、エリカはいた。


 ナオトと同じ。壁に、はりつけになって。


 しゃがんでるように見えるのは、腹部より下が、なくなってしまったから……。

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