第二話 箱庭
第2話『箱庭』1 実験は、まだ続いてるの……
https://kakuyomu.jp/users/kaoru-todo/news/16817330649389516568(挿絵)
「うわっ。やべ。雨ふってきた」
「マジ降りだよ。どうする?」
「どうするって、どうしようもないだろ。こんな山んなかじゃ」
山道に迷ってしまった。
高校の友達で久しぶりに集まり、源流探しをしようということになった。テレビで、そんなことをしてたのを、ヒロキが見たらしい。
ヒロキ。ナオト。キリト。マサル。アスヤ。ナオトとアスヤは彼女をつれてきた。
それに、ユウヤの八人だ。
地元の大きな川をさかのぼり、山に入ったあたりまでは楽しかったのだが。
そのあと、アスファルトの道をそれたあたりから、雲行きが怪しくなった。
みるまに空が暗くなる。まだ二時すぎなのに、夜みたいだ。
「どんどん、ひどくなる。どっか雨宿りできるとこないかな。ナツキ、これ、着てろよ」
アスヤは、つきあい始めたばかりの彼女の前なので、いいカッコを見せようと必死だ。自分のパーカーをぬいで、彼女にかぶらせた。
「あそこに大きな木がある。小降りになるまで、あそこにいよう」と、ヒロキが言ったとたんに、カミナリが鳴りだした。
「ほら。急ごう」
ヒロキにつられて、みんなが走りだす。
すると、激しい雨音をかきけすほどの雷鳴が、とどろく。カミナリって、こんな音するのかと、ビックリした。キーンと耳が痛くなるような轟音。振動もスゴイ。
一瞬、視界全体が青白く、そまった。
そして、目をあけたときには、大木は二つに裂けていた。
「うわっ。ヤバ。木の下は、あぶないよ」
マサルが遠慮がちに言う。ひかえめな性格だが、じつはマサルが一番、頭がいい。
「じゃあ、どうするんだよ」
怒ったように、ヒロキが言う。
ヒロキは行動力はあるが、気分屋だ。
ますます、雨は、ひどくなる。稲光もやまない。
一同は困りはてて、立ちつくした。
最初は、ぬれることがイヤだった。でも今では下着まで、ずぶぬれだ。そんなことより、服がぬれて体温が、うばわれていく。ちょっと命の危険を感じる。少なくとも、風邪はひきそう。
そのときだ。ナツキが虚空を指さして、さけんだ。
「あそこ! 建物じゃない?」
こんもりと木のしげった向こうがわ。
断続的なフラッシュのような稲光に照らされ、黒いかたまりが切れ切れに見える。たしかに建物だ。個人の家のようではない。
正直言うと、ユウヤは、それを見た瞬間に、不吉な予感がした。
今まで、誰にも言ったことはない。
が、ユウヤには、ある特殊な力がある。
現実には、なんの役にも立たない力だから、メリットはないのだが。
(いや……そうでもないかな。トラックにひかれそうになったときも直前で、さけられたし)
あの建物には近づかないほうがいい。
その力は、はっきりと、そう示している。
「早く行こうよぉ。サムイよ」
エリカが泣きだした。ナオトの彼女は、もともと同じ高校のクラスメートだ。だから、けっこう平気でワガママを言う。
もっとも、今の場合はエリカでなくても、病気になりそうに寒い。
「うん。行こう。ホテルかなんかかも」
「そうだな」
と、ナオトやヒロキは、言いながら走りだすが……。
「……やめたほうが、よくない?」
キリトが、しぶる。
「なんでだよ?」
「なんか……古そうだし。暗いし」
「そんなこと言ってらんないだろ。いいよ。じゃあ、おれたち、さきに行くから」
みんなは走っていってしまった。
ユウヤとキリトだけが、その場に残る。
「どうする?」
キリトが、たずねてくる。なんとなく助言をもとめるような目で。
ユウヤは、ドキリとした。
キリトはユウヤの秘密に気づいているのだろうか?
「おれは……行きたくないな」
「やっぱり」
やっぱりって、なんだろう? やっぱり、気づいているのだろうか。
「……キリト」
聞いてみようかと思った。が、キリトのほうが言いだす。
「けど、あいつら、ほっとけないよな。ほかに雨宿りできそうな場所もないし」
「あ、うん……」
キリトも歩きだした。
しかたなく、ユウヤは追った。
どうしようもなく、いやな予感がするのだが。
近づくと、それは三階建ての大きな建物だった。病院か保養所のように見える。
鉄柵でできた門の前に立つキリトに話しかけてみる。
「ずいぶん、荒れてるな」
キリトはふりかえった。稲光のせいか青ざめて見える。
「そうだな。廃屋みたいだ」
「うん。でも……」
「でも?」
「……なんでもないよ」
ユウヤは迷った。自分一人でも逃げだそうかと。あるいは、キリトだけでもつれて。
キリトは母子家庭だ。高校二年のとき、父親が死んだ。そうでなければ、みんなみたいに今ごろは大学に行ってたはずだ。
そのせいか少し冷めたところもあるが、根本は思いやり深い。
キリトの母が苦労してきたことも知ってるし、キリトだけは死なせたくない。
そう考えて、ユウヤは、またドキリとした。自分は今、ここに入れば、みんなが死ぬと思った。ここは不吉だ。よくないことが起こる。
やっぱり、よそうと言いかけたとき、キリトが鉄柵を押した。
鉄柵には『私有地につき立ち入り禁止』と、札がかけられていた。しかし、カギはかかってなかった。
キリトがかるく押しただけで、かんたんに、ひらいた。
「みんな、もう中に入ったのかな」
「たぶん」
キリトは足早に建物に近づいていく。
ユウヤは、まだ、ためらっていた。
足が重いなと思えば、いつのまにか、白い大きな犬が、ユウヤのズボンのすそをかんでいる。必死に、ひきとめようとしている。
(そうだ。ひきかえそう)
ユウヤは決心した。
キリトの手をつかんで、むりやりでも、ひっぱっていこうと思った。
そのとき、木かげに、ちらりと人影が見えた。稲妻のなか、一瞬、青白く浮きあがる。
かなりの距離があったにもかかわらず、しっかりと目があった。一瞬のはずなのに、その瞬間が永遠に思えた。
(なんて、目だ……)
美しい。が、このうえなく悲しげな。
ぼんやり立ちつくしていた。
「ユウヤ?」
キリトに話しかけられて、我に返る。
「あ? ああ……」
「どうかした?」
「今、そこに誰か立ってなかった?」
「よせよ。誰もいないよ」
人影は見えなくなっていた。
しかし、ユウヤの目には、青ざめた残像が焼きついていた。
玄関前に屋根付きの車寄せがあった。
みんなは、そこに立っていた。ここなら、とりあえず雨はしのげる。
そのまま十分はすぎただろうか。
「雨、やまないなあ」
ナオトが、ぼやく。
「てか、風も強くなってきた。マジで風邪ひきそう」
たしかに寒い。それに、いちだんと暗くなってきた。
「やみそうにないな。なか、入ろう」と、ヒロキが言う。
やめたほうがいいと、ユウヤが止めるべきだったのだろうか?
でも、このとき、ユウヤは考えごとしていた。さっき見た人影について。
「ええ? 入るの? ここ、ヤバくない?」
ガタガタ歯の根をならしながら、エリカがぼやく。その声は小さい。本気で反対しているわけではない。
ナオトが、からかうように笑った。
「ヤバいって、なんだよ? 平気だって。もう使われてないっぽいし」
「ええっ。だからだよぉ。なんか……怖いよ」
「ほんと、エリは怖がりだなあ。大丈夫だよ。おれが守ってやるって」
ユウヤが我に返ったのは、みんなが玄関扉をあけて、なかへ入りだしたあとだ。ヒロキを先頭に、ぞろぞろ建物のなかへ入っていく。
しかたないので、ユウヤも最後尾から、ついて入る。もしかしたら、このなかに、さっきの人がいるかもしれない。そう期待して。
「なんだよ。暗くて、なんも見えん」
「あ、おれ。懐中電灯、持ってきた」
マサルがリュックから懐中電灯をとりだした。さすが、準備がいい。
「いいじゃん。貸して」
ヒロキがとりあげて、スイッチをつける。
薄闇を黄色い光がてらす。
そこは病院だった。正確に言えば、かつては病院だった。備品はこわれてるし、クモの巣が張りまくってる。
女の子たちが悲鳴をあげた。
「やだ。やっぱり、怖いよ」
「そうだよ。出よう」
女の子がさわぐほど、ヒロキはおもしろがりだした。前から、そういうヤツだった。
「でも、ほら。外より寒くないし。毛布かなんかあるんじゃない?」
「こんなクモの巣だらけのとこの毛布なんかヤダ。だから、ヒロキは彼女できないんだよ」
へたにエリカが反論するものだから、ヒロキは意固地になった。
「風邪ひくよりマシじゃん。どうせ、ナオトが守ってくれるんだろ」
懐中電灯を持ったまま、一人で奥へ入っていく。 残りの七人は顔を見あわせた。
「わたし、行かないよ」と、エリカ。
つられたように、ナツキも首をふった。
ナツキはアスヤの大学の後輩だ。いかにも、東京生まれ東京育ちのお嬢さんって感じ。
エリカがいつもよりワガママなのは、そのせいだ。いつもなら紅一点で自分だけがチヤホヤされるのに、今日は、みんながナツキに、よけい気をつかうから。
「じっとしてれば、そのうち乾くよ。ね? ナオト」
「ああ。うん」
ナオトは歯切れが悪い。
すると、アスヤが言った。
「でも、このまま夜になったら、どっちみち、寝る場所、探さないと。おれ、ヒロキと行ってくる。ナツキは、ここで待ってて」
「わたしなら平気だよ。ほら、こうしてたらね。いっしょに行こうよ」
アスヤとナツキは手をつないで歩いていった。それを見て、エリカの機嫌が、また悪くなる。
「もう。ナオト、かっこわるい」
「なんでだよ? ここにいろって言ったの、おまえだろ?」
「そうだけどぉ……」
ごちゃごちゃ言いあうのを聞こえないふりして、マサルが、
「二人に任すの、悪くない?」
言うので、キリトも歩きだした。
「あ、待ってよ。じゃあ、おれも」と、マサルが行きかけるのを、ユウヤは引きとめた。
「いいよ。ここにも誰かいてあげないと、エリカが心細いだろうし。おれ行くから、マサルはナオトたちと残ってて」
「ああ。そうだな」
ほっとするマサルを残し、ユウヤはヒロキたちのあとを追った。
もちろん、キリトのことも心配だ。でも、それだけでもない。
さっき見た、あの人。あの人に、もう一度、会ってみたい。
この建物は、どう見ても廃屋だが、もしかしたら、あの人も雨宿りのために、ここに立ち寄ったのかもしれない。
もしそうなら、どこか奥で休んでいるのだろうと考えた。
(きれいな人だったな……)
あんな美人、テレビでも見たことない。どこか、さみしげだったのが気にかかる。
「おーい。ヒロキ。アスヤ。待ってくれよ」
走っていくキリトの声を聞いた。
あわててユウヤも走る。前を歩くみんなに合流した。
「なんだよ。ビビってたんじゃないの?」
ヒロキが笑うので、キリトが怒るんじゃないかと思った。が、キリトは真顔でヒロキの背後を指さす。
「ヒロキ! そこ」
「えっ?」
ぎょッとして、ヒロキが懐中電灯の光を背後にむける。が、そこには何もない。クモの巣だらけの病室が見えるだけだ。
「な、なんだよ?」
「ひっかかった。ほんとはヒロキもビビってるんだろ?」
「あっ、チクショー。やったなあ」
ふざけてるうちに、いつもの調子に戻ってきた。
そうだ。神経質になりすぎてたんだ。なんでもない。ただの廃屋だ。ふんいきありすぎるから、みんな、ピリピリしてたんだ。
そう思った瞬間だ。
わッとアスヤが変な声をだす。
「なんだよ? もう、その手には乗らないからな」
悪ふざけだと考えたのだろう。ヒロキは笑いながら、アスヤの背中をたたく。ところが、アスヤは迫真の演技を続けている。ひきつった顔は演技にしては、うますぎた。
ユウヤは不安になった。
「アスヤ? どうかした?」
アスヤは顔をひきつらせたまま、かすかに首をふる。
「……べつに。見間違いだよ」
「ふうん」
ようすが変だ。アスヤは、あまり悪ふざけするタイプじゃない。ふだん、すすんで、ふざけるのは、ヒロキやナオトだ。
ヒロキも妙なふんいきを感じたようだ。急に、だまりこむ。そして、病室に入っていった。
「この毛布。使えるんじゃないかな?」
話題を現実的な問題に、すりかえる。
「うん。衛生的には、ちょっと、どうかと思うけど。まあ、使えるかも」
とにかく、他の三人のところへ早く戻りたい。それで、そのへんのホコリまみれのフトンを持って、ひきかえした。
ところがだ。
もとのホールに帰ったとき、そこにマサルはいなかった。
「あれ? マサルは?」
懐中電灯の光で人数をたしかめながら、ヒロキがたずねる。
「さっき、急に、ふらっと出てったんだよ」と、ナオト。
「えっ? この雨んなか? なんで行かせたんだよ?」
「だって、ベンジョかなぁと」
しばらく待っても、マサルは帰ってこない。
「どこ行ったんだ? あいつ」
「探したほうがよくないか? 迷ったのかも」
「迷うほど遠くまで行くかな? こんだけ降ってるのに」
しかし、現にマサルは帰ってこない。
「やっぱ、探そう」と、ヒロキが言った。
玄関扉に手をかけて、あわてふためく。
「あかない!」
「あかない?」
「こんなときにまで、ふざけるなよ」
アスヤとナオトが、ヒロキを押しのける。しかし、ドアに手をかけると、二人もあわてた。
「ほんとだ……」
「あかないよ」
ユウヤも試してみた。ウソじゃなかった。カギがかかってる。
「なんでだ? さっきまで、あいてたのに」
「誰かが外からカギかけたんだ」
「誰かって誰だよ?」
ヒロキやナオトたちが言いあう。
それを聞いていたキリトが、核心をついた。
「マサルだろ」
たしかに、そうだ。そうとしか考えられない。
「おれたち以外に人はいないんだから。そのために外に出ていったんだ。あいつ」
ナオトのことばを聞き、ヒロキは笑えるほど、うろたえた。
「なんでだよ?」
「さあ? そこまで知らないよ。まあ、イタズラじゃないの? おれたちの泣きっつら撮って、遊んでるのかも」
ヒロキは単純なので、とたんに怒りだした。
「マサル! そこにいるんだろ? さっさと、あけろよ。ふざけんな」
扉を何度も叩く。が、返事もなければ、とうぜん、ドアもあかない。そのうち疲れて、ヒロキは叩くのをやめた。
「チクショー。あいつ。あとで、おぼえとけよ」
「だけど、なんで、マサルが、ここのカギなんか持ってるの?」
エリカがマトモなことを言う。
「そのへんに落ちてたんだろ」と、ナオト。
まあ、そんなところだろう。ほんとにカギをかけたのが、マサルなら。
「どっか、ほかの出口、探してみる?」
ユウヤは言ってみた。
これ以上、ここにいるのは危険な気がする。
「そうだな。そのほうが早いかも」
ヒロキが納得したので、みんなで歩きだした。今度は女の子たちも文句を言わなかった。少人数で残されるほうが怖いのだろう。
ひとかたまりになって、暗いろうかを歩いていく。
ホールの受付の奥は、ナースステーションと診察室。裏口はない。窓も、さびついてあかない。というより、作りつけだろうか。最初から、あかない構造のようだ。
ホールまで帰り、今度は逆向きに歩いていった。さっきの病室のあたりだ。
「うわっ。ここ、手術室だ。ヤバイだろ」
「ずっと使ってなさそうだ」
ここもクモの巣だらけだ。
一階には、外に出られそうな場所がなかった。ろうかの奥に非常口はあった。しかし、ここもカギがかけられている。
切羽詰まった声で、ヒロキが、つぶやく。
「ダメだ。出られない」
「いっそ、窓やぶれば?」と、ナオト。
「ここの窓、金網、はさんだやつだろ。割れるかな」
「割れないんじゃないかな」と、言ったのはアスヤだ。
「試してもいいけどさ。でも、ここ、廃屋にしては、きれいだろ? 持ちぬしがいて、管理してるんだ。おれたち不法侵入のうえに、器物損壊罪で訴えられるぞ」
アスヤの家は金持ちだから、他人と争うのを嫌う。
ヒロキが頭をかきまわした。
「わかったよ。じゃあ、窓やぶるのは最後の手段に、とっとこう。二階とかなら、窓あくかもな」
階段のところまで戻った。階段は非常口のすぐ近くだ。
「やだ。ほんとに、このさき行くの?」
エリカが、また泣きまねをする。いや、もしかすると、本泣きかも。
ここは、男でも二の足をふむ。
階段は、上と下に続いていた。つまり、二階への階段と、地下への階段。
二階への階段は、まだいい。薄暗いながらに、かすかに光がある。
だが、地下への階段は、黒い穴にしか見えない。
それに、なんというんだろうか?
変な匂いがする。カビくさいような、鉄くさいような。または、腐臭……。
「やなら、ここで待ってろよ。なあ?」と、ヒロキはユウヤたちの顔を一人ずつ見て、賛同をもとめる。
とりなすように、アスヤが応える。
「どうせ、地下には出口ないよ。二階から上を調べよう」
「そうだな」
ヒロキが、うなずき、階段をあがっていく。
ユウヤは、その場から動けなかった。
怖かったわけじゃない。
(聞こえる……)
誰かが呼んでる。
あの黒い穴みたいな地下から……。
ーー来て……こっちよ。
(君は誰?)
ーーレラ。
(レラ。それが、君の名前?)
あの姿が思いうかぶ。
前庭で見た、あの人。
ふいに、声がした。
「ユウヤ? 来ないのか?」
踊り場から、ヒロキが見おろしている。
「ああ。ごめん」
我に返って、みんなに続いた。
さっきのあれは、なんだったのだろう?
いつもの、あれか?
でも、何かが違っていた。
みんなのあとに、ついていった。
二階には病室しかなかった。
「あれ? なんか、一階より、きれいじゃない? クモの巣もないし」
ナツキが明るい声をだす。
「ここなら、休めそう。ね? アスヤ」
「うん。疲れたよね? 休もうか」
二人は一番階段に近い病室のパイプベッドに、ならんで腰かけた。
ヒロキが何か言いかける。が、ナオトが止めた。
「いいんじゃない? おれらも疲れてるし。ちょっと、休もう」
「そうだな。雨も、やまないしな」
「今夜は、このまま、ここで寝るしかなくない?」
「うわぁ。それはヤダ」と、エリカ。
「しかたないだろ」
みんなが、それぞれに、ベッドをイスがわりにする。
ユウヤも手近なベッドにすわった。とたんに疲労を感じた。抗いがたい睡魔をおぼえる。いつのまにか眠っていた。
目の前に女の子が立っていた。十五さいくらいの美少女。前庭にいた、あの人……?
印象が少し幼い気がする。
「君が、レラ?」
少女は、うなずいた。
ユウヤはドキリとした。あの目だ。千年も一人で生きてきた人のような孤独な目。
「わたしといっしょに来てほしいの」
「どこへ?」
「あなたのような人を待ってたの」
レラに手をひかれ、ふわふわと、ろうかを歩きだす。レラはユウヤを地下の階段へと、いざなった。
黒い穴の底に入っていく。
そこで、とつぜん、視界が真っ赤に染まった。
ユウヤは、とびおきた。
(夢……か)
あたりは、まっくらだ。
腕時計を見る。暗闇で光る蛍光塗料の文字盤。八時すぎになっていた。三、四時間、寝てしまっていた。とっくに日が暮れている。
(今日は、ほんとに、ここで泊まりかな)
ぶじに朝になって、何年かさきに笑い話になればいいのだが。
のどがかわいた。それに空腹だ。リュックのなかに多少のお菓子はある。でも、夜には町に帰って、みんなで飲む予定だったから、たいしたものはない。
(まあ、ないよりマシか)
明かりがほしいと思い、懐中電灯をさがした。懐中電灯はヒロキの枕元にあった。ヒロキも、すっかり寝入ってる。
ふと、ユウヤは違和感を感じた。
なんだろう? 今、視界に入ったもので、妙なことがあった。
ユウヤは、ゆっくりと、懐中電灯の光を周囲に向けた。
ベッドの数は六つ。六人部屋だ。
ユウヤが寝てしまう前は、ここに、みんなが、それぞれ、すわっていた。
アスヤとナツキ。ナオトとエリカ。ヒロキ、キリト、ユウヤは一人ずつ。
いま見ると、ベッドは五つ、うまっていた。ほんとなら、それで数があう。でも、よく見ると、アスヤとナツキは別々のベッドで眠っている。
(誰かいない)
ユウヤは懐中電灯の光をあて、一人ずつの顔をたしかめた。光をあてられて、みんなが目をさます。
「なにするんだよ。ヒロキーーって、ユウヤか」
文句を言いながら、アスヤが起きてくる。
となりのベッドはナツキ。一番手前はヒロキ。
折り返して二列めの手前には、キリト。
まんなかがエリカ。
「ナオトだ。ナオトがいない」
みんなは、まだ状況がのみこめないらしい。
「ナオトが、どうしたって?」
「眠ィよ。起きると腹へってんの思いだす」
口々に、ぼやく。
「それどころじゃないって。ナオトがいないんだ」
「ナオト? なんで?」
「ベンジョかタバコじゃないか?」
「この状況で一人で行くか?」
ユウヤのあせりが、やっと伝わったらしい。
「まあ。行かないよな」
「探そう」と、ユウヤは、みんなをうながす。やっと、みんなはベッドを起きだしてきた。
「あ、雨やんでる?」
ろうかに出たところで、エリカが、つぶやく。ろうかの窓から外が見える。雨はやんでいた。
「おまえ、ナオトのこと心配じゃないの?」
ヒロキは、ちょっと、あきれてる。
「だって。どうせ、イタズラだって。ナオのやりそうなことでしょ? そのへんに隠れて、みんなが、あわてたとこで出てくるんだよ」
まあ、いつものナオトなら、やりそうなことだ。でも、今回は違う気がする。
「ねぇ、ナオト、隠れてるんでしょ? 出てきてよ。わたし、疲れてるんだからね」
エリカは笑いながら、となりの病室をのぞいた。
「ほら、いたぁー。ナオト。みんなが怒ってるぞ」
そう言って、エリカは病室のなかへ入っていく。
懐中電灯は、まだユウヤが持っていた。
ヒロキがとりあげ、走りだす。ユウヤも追った。
ドアの前まで来たとき、なかから悲鳴が聞こえた。エリカの声だ。
「どうした? エリカ」
ドアはあいている。そこから、なかをのぞいた。
窓辺に誰か立っている。黒くシルエットになっているのが、星明かりで見えた。
その人影の前に、エリカがいた。
ヒロキが、そっちに向かって懐中電灯を向けた。ヒロキも悲鳴をあげた。ユウヤは、すくんだ。背後でキリトやアスヤも息をのむ。
「な……なんだよ。これ……」と言ったのは、誰だったろう。
ぼんやりしてたので、わからない。
それも、しかたない。だって、友達のこんな姿を見たら……。
ナオトは一見、立ってるように見えた。でも、それは錯覚だ。
ナオトに立てるわけがない。ナオトには、もう足がないんだから。胸から下の肉が、ごっそり、なくなっていた。
出窓によりかかり、血みどろの服だけが、ヌケガラみたいに、へばりついている……。
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