第1話『分身』五章 シオンの秘密(後編)


 レラが気づくと、夜になっていた。窓の外が暗い。


 全身の熱っぽい感じは、わずかに残っていた。でも、意識は、はっきりしている。


 右手を見おろしたレラは、笑いたくなった。


 あのとき、たしかに、ルリに食いつかれて失ったのに。その証拠に流した血で、レラの服は真っ赤だ。


 なのにーー


(なに、これ)


 右手が生えている。痛みもない。切断されたようには、まったく見えない。


(なによ。これ。こんなの、あいつと同じじゃない)


 人間の肉を食って、自分の組織を再生させていたルリ。


 あのクリーチャーと同じだ。


(わたしもシオンが作ったものだから。わたしも、あいつと同じ。シオンの実験動物……)


 今度は泣きたい気分。でも、泣けない。物音をたてると、ルナとルリが聞きつけてくる。


(カーテン、しめないと。さっきはカギかけるのが、やっとで……)


 レラは立ちあがり、窓に近づいた。壁ぎわに隠れて、外をうかがう。人影はない。ほっと息をつき、カーテンをしめる。


 月明かりがさえぎられ、室内は真っ暗になった。


 ここに来るまでに、いろいろ用意してきた。百均で買ったペンライト。水やナッツ、チョコレートなどの飲食物。


 リュックを落とさずに、よくここまで逃げてこられたと思う。


 ペンライトを出して、明かりをつけた。光量が乏しい。むしろ、これなら外まで光がもれないだろう。


 あらためて、室内を見まわした。


 ここは、いったい、なんだろう?


 病院の敷地内に不自然すぎる建物だ。どう見ても別荘にしか見えない。


 居間と寝室。キッチン。浴室。トイレ。普通に生活できる空間だ。家具や飾りも、そこそこ金をかけている。


 寝室にはベッドが二つ。そこに車椅子が置かれていた。もう長いこと使っていないようだが。


(そういえば、さっきの浴室には、介護用の手すりがついてた。トイレにも)


 それに、よく見ると、家のなかには段差がない。車椅子で暮らせるようになっている。完全バリアフリーだ。


 レラは思いうかべた。


 車椅子に乗っていた写真のシオンとレオン。場所も、あの病棟の前だった。


(もしかして、ここで、シオンが暮らしてたの? ケガの治療のために)


 あの夢……あれは、シオンの記憶なのだろう。なぜ、レラが、それを夢で見たのかはわからないが。


 レラの体のどこか奥深くに、シオンの記憶が眠っているような気がしてならない。


(あんなことがあったから、シオンは悪魔になったの?)


 涙が、こぼれおちる。


 レラだって、家族らしい家族じゃなかった。でも、シオンは悲惨すぎる。


(わたしには、レナもいるし……)


 そう考え、思いいたる。


 レオンはカルテによると、あの数ヶ月後に死んでいる。ケガがもとで死亡したにしては、少し時期があわない気がした。


 きっと、シオンは絶望しただろう。


 子どものころから自分の分身として、愛していた兄弟。実父の虐待を受けてからは、唯一、心の支えであった存在が、この世から消えてしまうなんて。


 シオンが本当に悪魔になったのは、その瞬間なのかもしれない。


 いや、それにしても……。


(わたし、さっきから、詩音をシオンと同一視してるけど、ほんとに、そうなの? だって、詩音はあの事件で右目を失った。シオンは義眼のようには見えないし……)


 あの夢が、たしかに詩音の記憶ならーーという仮定付きだが。そこは間違いない確信がある。


(ねえ、レナ? 教えてよ。シオンは詩音なの? あとで話してくれるって言ったじゃない)


 けれど、返事がない。


 レナの存在がなくなったわけではない。強いて言えば、レラのなかで寝てるみたいだ。


 今のレラの右手は、レナが貸してくれたものだ。どうやったんだかわからないが、レナは、そのせいで疲れてしまったようだ。


(レナが起きるまで、わたし、ひとりぼっちなのね)


 しかたない。この建物のなかを探して、シオンが暮らしていたころの痕跡を見つけよう。新しいことが、もっとわかるかもしれないし。


 その前に少しだけ、体力を補給しておこうと思った。


 リュックからチョコと水をだす。甘いものを食べると、ほっとした。なんとなく、レナも寝ながら喜んでるみたいな。


 なんだか、レナを恐れていたことがウソみたいだ。今では、レナがいなくなることなんて考えられない。


(早くレナが起きてくれないかな)


 ペットボトルのキャップをしめて、リュックに入れる。


 そのとき、レラは気づいた。

 何か音がする。


 初めは、リュックを開閉するときの布のこすれる音かと思った。でも、リュックをとじてしまっても、その音は聞こえた。


 ピリピリ……カリカリ……ひっかく音。


 窓の外だ。

 レラは音のするほうを見つめた。


 窓の外に、何かいる……。


 レラはペンライトを消した。室内は暗闇に飲まれた。もう何も見えない。


(いるの……? ルナとルリなの?)


 見つかったのだろうか?


 動悸が激しくなる。


 今度、見つかったら、もう逃げきれない。


 さっきは光があった。外に出れば逃げだせた。でも、今はもう……。


 ひたすら、音のするほうを見る。


 息をするのも忘れるほど緊張した。


 ふいに、音はやんだ。


 立ちさっていく足音がした。


 よかった。気づかれなかった。


 このまま、ここで朝が来るのを待とう。夜が明ければ、ルナとルリは地下に帰っていく。


 じっと暗闇で時がすぎるのを待つ。


 すると、外から玄関ドアをたたく音がした。


「レラ? そこにいるんだろ? あけてくれないかな」


 シオンの声だ。


 その声を聞いたとたん、レラは心の底から歓喜した。


 シオンが自分に何をしたかとか、ただの実験動物にすぎないとか、レラの養父を殺したとか、もう、どうでもいい。


 会いたかった。シオンに会いたい。


 レラはドアにとびついて、カギをあけたーーいや、あけようとした。


 急に不安になる。


(シオン……よね?)


 でも、どうして、シオンは、レラが、ここにいることを知ったんだろう?もう盗聴器入りのペンダントもないし。


 たまたま、ここに来ただけなら、レラがいることには気づかないはず……。


(ほんとに……シオン?)


 レラはドアノブのカギ穴をのぞいてみた。


 何も見えない。外が暗いせいか?


 ためらっていると、また声がした。


「レラ。早くあけないと、僕、怒るよ?」


 その声。口調も、たしかにシオンだ。


 レラは、ゆっくり、カギをまわした。


 ドアのすきまから、外が見える。


 やっぱり……誰もいない?


 レラが、のぞきこむと、そこに、とつぜん顔があらわれた。死人の顔。半分、腐ったままのーー


 あわてて、ドアをしめようとした。しかし、いきなり、外から伸びた手がドアをおさえる。ゲラゲラ、笑い声。


「僕を誰だと思ったんだい? レラ」


 その声はシオンだ。でも、扉のかげから出てきたのは、ルナとルリだ。


 レラは床に、くずれおちた。逃げようと思うけれど、動けない。


 入口をふさいで、ルナとルリが侵入してくる。


「君の肉は、すばらしいね。見てごらんよ。こんなに長時間、ルリが生きていられたのは初めてだ」


 生きて? そんなの、死体だ。動く死体。ただのゾンビ。生きてなんかない。


「バラ色の肌。脈打つ血潮。これこそ生きている証し。僕は感激している。そして、思考する。今ここで、君をまるごと食べてしまえば、どんな奇跡が起こるのかと。レラ。君を食べていいかい?」


 シオンの声色をまねながら、ルナは笑った。


 レラは尻もちついたまま、あとずさる。ふるえ声で言いかえした。


「シオンのまね、やめなさいよ! 不愉快だわ」


 ニヤリと、ルナは笑った。


「やめてもいいよ。でも、食べるのは、やめない」

「わたしを食べたって、そんなの一時的なものよ。ルリはもう死んでるもの」


 その言葉は、ルナの感情を刺激した。禁句だったようだ。


「死んでないよ……」

「そうね。ふつうの意味では、完全な死体とは言えないかも。でも、生きた人間じゃないよ。死んでるくせに動くバケモノよ」

「違う!」


 ルナは、さけんだ。


「違う! ルリは生きてる。だって、わたしとルリは二人で一つなんだもの」

「でも、失敗作なんでしょ?」

「失敗……」


 ルナは殺気のこもった目で、レラをにらむ。


「違う。わたしは失敗作じゃない。今、わかった。シオンは、ちゃんと、わたしのために用意してくれてたんだと」


「シオンが、何を?」


 どろっとした、イヤな笑みをルナは見せた。


「あなたをよ。あなたを食べて、わたしは完全になる」


 ルナが襲いかかってきた。


 とっさに、ゆかをころがって、よけた。


 ルナは、すぐに体勢をたてなおし、とびかかってくる。


 レラは恐怖にすくんで、立ちあがることができない。這っていると、背中がテーブルにあたった。そこに投げだしたままの自分の荷物を、手当たりしだいに投げる。


 ルナは笑っていた。


(ダメ……もう逃げられない)


 そのとき、レラの手がペンライトにふれた。


(ペンライト……ルナは光をさけていた。日光を。つまり……)


 ルナが襲いかかる。レラはペンライトの光をルナに向けた。一瞬、ルナはひるむ。しかし、次瞬には笑いだした。


「なんのつもり? そんなことして、わたしが逃げだすとでも思った?」


 もちろん、思ってない。

 でも、そのあいだに、レラは手を伸ばし、リュックをつかんだ。なかから、あるものをとりだしていた。


「これなら、どうよ?」


 レラはもう一本のライトをつけた。

 光を向けると、ルナは悲鳴をあげた。

 光のあたったルナの顔は溶けくずれていた。


「レラ! おまえ、何をした!」

「こっちはね。ブラックライトよ」


 紫外線を照射するブラックライト。


 秘密の手紙を残すときに役立つかと思い、買っておいた。まさか、こんな使いかたをするとは思ってなかったが。


 考えたとおり、ルナは紫外線に弱いのだ。


 じりじりと後退していく。


 レラはブラックライトで、ルナを追いたてた。


「出てって。じゃないと、体中、穴だらけにしてやるから!」


 ルナが歯ぎしりしている。かすかに、襲いかかるそぶりを見せた。すかさず、ブラックライトをあてる。ルナの口から、また悲鳴があがる。


「出てってよ! バケモノ」


「レラァー! あなたを食べて、完全になるのよォォ!」


 さけびながら、ルナが向かってきた。


 手、足、顔ーー肌のろしゅつした部分に何度もブラックライトをあてる。そのたびに肉のこげる音がする。


 それでも、ルナは向かってきた。


 レラは悲鳴をあげ、うずくまった。ブラックライトをにぎりしめる。


(やっぱり、ダメなの? ここまでなの?)


 目をとじたときだ。


「危ない遊びしてるね」


 玄関口で声がした。


 レラは目をあけた。


 ルナも、ふりかえり、その人にとびつく。


「シオン!」


 シオンが立っている。


「姉妹でケンカはよくないよ」


「シオン! レラが、わたしにヒドイことしたの。見て。こんなにヤケドしてしまった」


 泣きつくルナに、シオンは優しく、ほほえみかける。


「ほんとに悪い子だね。悪い子には、お仕置きしなくちゃ」


 レラは凍りついた。


 ルナの言うとおりなのか? レラはルナを完全にするための食料にすぎないのか?


 悲しみが、こみあげてくる。どんなに非道な扱いをされても、それでも、やっぱりシオンが好きだと気づいたのに。


 シオンはポケットから手をだした。優しい笑顔のまま、その手でルナの背中をなでたーーように見えた。


「シオ……ン……?」


 つぶやいて、ルナは倒れる。シオンの足元に、くずれおちた。その背中にナイフの柄が刺さっている。


「ほんとに悪い子だ。失敗作のぶんざいで、完成体を傷つけようとするなんて」


「シオン……」


 ルナの目から涙がこぼれる。


 そのまま、ルナは動かなくなった。その皮膚は急速に壊死していった。


 シオンは冷たい目で、ルナを見おろす。


「死体の細胞を再生させるなんて、おもしろい症例だから、研究のために生かしといたけどね。もう用済みだ」


 レラはしゃがみこんだまま、シオンを見あげた。


「どうして? シオン……」


「どうして? 見れば、わかるじゃない。ルナとルリは失敗作だよ。こんな、みにくい生きものを僕の白雪姫と呼ぶわけにはいかない。


 ルナとルリは受精卵の二分割のとき、きれいに分離できなかったから、ひっついたまま生まれてきてね。まあ、それはよかったんだけど。


 ルリを殺したとき、ルリの魂はよみがえらなかったんだ。ルナはルリもいると言いはったけど。ほんとのとこは、ルナがルリの死体を動かしてただけだからね。


 だから、ルナの心臓さえ止まってしまえば、二人とも死亡する。死んだ細胞の再生能力はルリの体でしか体現できないし」


 レラは泣きながら笑った。


「そうじゃないよ。どうして、ここがわかったの? わたしが、ここにいるって」


「なんだ。そのことか。そりゃわかるさ。ここに君が来るよう仕向けたのは、僕だからね」


「えっ?」


 シオンは楽しくてならないように、ほがらかに笑う。


「近所の子に手紙をあずけたの、僕だからね。高池さんちのおじさんに頼まれたんだけど、レラちゃんに渡してくれないかなって言ったんだ。子どもはいいね。だまされやすくて」


 話している内容は邪悪なのに、なんで、こんなに、さわやかに笑えるのだろう。


 やっぱり、この人は悪魔だ。

 でも、それでも……。


 シオンは腰をかがめて、レラをのぞきこんでくる。


「まさか、高池さんを殺しただけで、君があんなにすねると思わなかった。ねえ、まだ怒ってる?」


 レラはシオンを見つめた。


 ここで彼を許せば、もう逃げられない。ルナとルリみたいに、ヒドイことされても、ただひたすら受け入れ、ついていくしかない。


「怒ってないよ」

「僕と高池さん、どっちが好き?」

「シオンだよ」


 レラは立ちあがり、シオンの胸にすがった。背中に手をまわし、抱きしめる。


 シオンは満足そうだ。


「そうだよね。父親なんて必要ないよね」


 かわいそうなシオン。

 ゆがんでしまったシオン。

 父の虐待がなければ、こんなふうにはなってなかっただろうに。

 シオンだって、なりたくて悪魔になったわけじゃない。


「なぜ、泣くの?」

「なんでもない」


 シオンはレラの涙を指さきで、ぬぐう。


「そうか。見たんだね。もう、そんな時期か」


 シオンはレラの肩をつかんで、ひきはなす。


「ここ、どこだか、わかる?」

「………」


「そうだよ。ここで暮らしてたんだ。母に殺されかけて、保護されたあと」


 シオンは暗い目で、あたりを見渡す。


「ここは父の経営する病院だった。金持ち相手のね。高原の別荘的な。実家も、この近くにあって。


 父は自分のケガが治ると、病院の敷地内に、ここを建て、僕とレオンを住ませた。名目はリハビリのためだったけど。じっさいには監禁だよ。


 ここ、バリアフリーなのに、入口には階段があるだろ?


 僕はケガが治ったあと、出ていこうと思えば、こっそり出ていくこともできた。


 でも、レオンは一生、車椅子生活になってしまったからね。このなかから自力で出ることはできなかった。ナースや警備員の監視もあったし。


 父は、ここに僕たちをとじこめて、どうしたと思う?


 僕には、レオンの命を盾にとった。レオンは口がきけなくなったから、何をされても他人に訴えることができない。


 命にかかわる薬品をレオンに投与したっていいんだぞとか。レオンは拒食症だから、点滴をとめようか。そしたら、餓死するかなとか。そんなことを言って、僕が父に逆らえなくした。


 そのうえで、夜になると、ここに来た。以前と同じことを、僕にした。今度は、レオンの見ている前で。歩くことも話すこともできないレオンは、ただ泣くことしかできない。


 僕たち二人が苦しむのを見て喜んでたんだ。


 レオンは僕よりも苦しんでいた。自分のせいで、僕が苦しむのが、ガマンならなかった。


 レオンは電気スタンドのコードを首に巻き、自殺しようとした。コードの端をドアノブに結び、スタンドを車椅子に固定してね。車椅子を倒せば、首がしまる。


 僕が見つけて、止めたよ。


 一人にしないでくれと、泣いてすがった。


 どんな姿でもいい。どんなに重荷でもいい。君がいてくれるから、僕は生きていけるんだ。ずっと、いっしょにいてほしいって。


 父が見てたんだね。父は僕の体は支配したけど、心まで支配できないことに苛立ちを感じてたんだろう。


 それに、外見上の問題で、僕が完璧でなくなったことも惜しんでいた。


 母に刺されて、右目を失った。右手も何本か指を切断されて、ゆがんでしまったし。腎臓が破裂したのは父のせいだと思うけど。ほかにも大きな手術跡が全身に、たくさん残った。


 それが、父には許せなかったんだね。


 次の定期検診の日。ビタミン剤だと言って、注射された。あれが麻酔だったんだ。注射されてすぐに意識をなくした。


 そのあと……意識をとりもどすと、僕は集中治療室で寝かされていた。体じゅう、包帯だらけになってた。


 わけがわからなかった。なんで、そんなことになったのか。母にやられた傷はもう治ってたのに。


 レオンの姿が見えないのも不安だった。レオンに会わせてくれと頼むと、ナースは泣きそうな顔をした。


 そのまま二週間が経過した。包帯がとれると、僕の体に変化が起こっていた。なくしたはずの右目があった。右手の指も治ってた。体じゅうにあった傷跡が消えていた。


 そして、病室に父が入ってきて、言った。


『レオンに会いたいそうだね。会わせてあげよう』


 車椅子に乗せられて、やってきたレオンを見て、僕は泣いたよ。


 僕が一度なくして、とりもどしたもの……それが、どこから来たのか知って。


 レオンはもう、ほとんど健康なところは残ってなかった。切り刻まれた肉のかたまりさ。僕のことも見えてないみたいだった。狂ってたんだろうな。


 父は、あざわらった。


『うれしいだろう? 大好きなレオンと一つになれて。これからは、ずっと、いっしょだよ』と。


 それから、しばらくして、レオンは正気に戻ることなく衰弱死した」


 ひどすぎる。そんなことが我が子に対してできるなんて。


 シオンが悪魔になるのも、しかたない気がした。


 レラが泣いていると、シオンは微笑した。


「でも、今は父に感謝してるよ。おかげで、僕はレオンと一つになれた。レオンが死んだあとすぐ、僕にはレオンの声が聞こえるようになった。僕のなかに、レオンがいるんだ。僕はもう一人じゃない」


 それは本当にレオンの魂だろうか?


 それとも、絶望したシオンの精神が破綻したせいだろうか?


 レオンの魂が戻ってきたと信じるシオンの心が、作りだした幻影なのかもしれない。


(わたしだけは、この人を裏切っちゃいけないんだ。これ以上、この人を苦しめないように)


 もう一度、レラはシオンを抱きしめた。今度は背中から。シオンの手が、レラの手にかさなる。


「もういいんだよ。全部、過去のことだからね。僕は自由になった」


「シオンのお父さんが、よく手放してくれたね」


「あいつが僕を手放すもんか。復讐したんだよ。悲嘆にくれたふりして、ちょっとのあいだ、言いなりになってやってたけどね。そのあいだに、いろいろ準備して」


 シオンは、ふくみわらう。


「手術台に拘束して、『ねえ、パパ。人間を生きたまま解剖したら、どうなるか、知りたくない?』って言ってやったときのあいつの顔、君にも見せてやりたいなあ」


 楽しそうにシオンが笑えば笑うほど、レラは悲しくなる。


「シオン。もういいよ。もういいから」


「こんな話、誰にでも聞かせるわけじゃないんだよ? 君だからだ。君とレナだけ」


 返事のかわりに、抱きしめる腕に力をこめる。


 シオンはふりかえり、ぎゅっとレラを抱きかえしてきた。


 もう離れたくない。このまま、ひとつになれたなら……。


 レラの心を読んだように、シオンは、そっと、くちびるをかさねてきた。


「シオン……」

「いいの?」


 小さく、うなずく。


 その夜、レラはシオンと、ひとつになった。

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