第4話
それから、ボクは人ごみに紛れて歩いていた。
どこをどう歩いたかも覚えていない。
さっきの二人の姿がチラチラ頭をよぎる。
そのたびに頭をブンブン振る。
ワケがわかんないよ。
いったいどういうことだよ。
ケイはどういうつもりなんだよ。
ボクなんてどうでもいいんだろうか。
なんで彼女のことを優先するんだよ。
ボクは。
ボクは。
ボクはいったいケイにとって何なんだ?
信じたい。
信じたいよ。
心から信じたいのに。
どうすれば信じられる?
聞けばいいのか?
素直に聞けば信じられるのか?
いや、できないよ、そんなこと。
素直に聞けば何でもうまくいくとは限らない。
そんなこと今までにだってあったじゃないか。
「かあさん……」
ボクは呟いた。
昔、あの男に辱めを受けていた時、クラスのある子にそのことを話してしまったことがあった。
さすがに、直接ボクがどうこうされているという話はしなかったけれど、みんなも父親にそういうことをされてるのかと思って、それで素直な気持ちで、疑問をぶつけたんだ。
そしたら、あっというまにみんなに知れ渡ってしまって。
あれ以来ボクは、変なヤツ、気持ち悪いヤツというレッテルをはられてしまった。
だから、家からだいぶ離れたこの高校に入ったんだけど、それでも一人二人は同じ小学校出の者がいたわけで。
あからさまに何か言ってくるヤツはいなかったけど、肩身の狭い思いはしていた。
だから、それ以来素直に聞くっていうことができなくなってしまったんだ。
それに、ボクが崎本さんとのことを勘ぐって聞いたなんてことになったら、きっとケイはボクを許さないと思う。
ほんとはもしかしたら何でもなくて、ボクの思い違いだったりして。
だから、聞いたことによって、彼が怒るかもしれない。
信じてくれなかった───と。
それがボクは何よりも怖かった。
けれど、やっぱりこの気持ちはどうしようもなくて。
わかってる。
これは嫉妬だ。
ああ、いやだ。
こんなドロドロとした気持ち。
どうしよう。
どうすれば、この気持ちが払えるんだろう。
そのとき。
「危ない、直樹!!」
「えっ?」
力強い手が、ボクの腕を掴んだ。
ぐいっと引き寄せられた。
すぐ近くにカイトの顔があった。
彼の大きな目がボクの目に入ってきた。
(なんて澄んだ瞳……)
カイトの瞳は薄い茶色だった。
けれど、じっと見つめていると時々ゆらゆらと白っぽい色に変化しているみたいだった。
それがとても神秘的で。吸い込まれそうだ。
ケイの瞳よりもなぜか儚げな印象がある。
けれど、どちらかというと性格的にカイトのほうがやや男っぽい。その女の子のような容姿にも関わらず。
カイトは、少し怒った感じで、でも、とても優しくボクの目を覗き込んでいる。
ボクは歩道をそれて、車の通る車道へふらーっと出かけていたらしい。
それをすんでのところでカイトが助けてくれたんだ。
「…ったく、気をつけろよな」
「……カイト……?」
「大丈夫か? ぼーっとして歩いてんじゃないぞ?」
「………」
ボクはまともに返事ができなかった。
なぜか膝がガクガクしだして、ちゃんと立っていられなくなってしまった。
ボクは、情けないことにカイトにすがりついていたんだ。
「だから言ったんだ、ケイは止めておけって」
「…………」
あれからまともに歩けなくなったボクだった。
カイトはそんなボクを近くの公園まで連れて行ってくれた。
彼が買ってきてくれた温かい缶コーヒーを両手で包みこむ。
座ったベンチでうつむいて地面を見つめる。
「俺、昔からあいつ見てきてるんだけど、こーゆーこといつもあるんだよ」
「?」
「恋愛ゲームっていうの?」
「………」
恋愛ゲーム?
ボクとのことは本気ってわけじゃないってことなのか?
そうだったのか?
「…………」
手に持った缶が急に熱く感じられた。
ケイはボクを裏切ったのか?
ボクには裏切るなって言ったくせに?
ケイもあの男と同じなのか?
「直樹……」
「あ………」
ぽたりと一粒、缶を握り締めた手に雫が落ちた。
涙───
なんてことだ。
涙を流すなんて。
あの男に陵辱されても涙なんか流したことなかった。
周りの人間たちに蔑まれても泣いたことなんかなかった。
それなのに。
「あ…?」
何かふわりと温かいものに身体が包まれた。
「カイ…ト…?」
「ごめんな、直樹。お前は悪くないのにな。ただ好きになっただけだったのにな」
「…………」
ボクはカイトにやさしく抱きしめられていた。
温かい───
こんなに他人の身体を温かいなんて思ったことなかった。
なんてカイトはやさしく抱くのだろう。
思えば、ケイに抱かれても温かいとは感じなかった。
なぜか彼の身体は冷たいようなそんな感じだった。
「お前、ほんとにケイが好きなんだな」
その言葉を聞いたとたん、ボクは激しく泣いていた。
声を上げて泣くなんて。
このボクがそんなふうに泣けるなんて。
自分で信じられなかった。
泣く。
泣いて泣いて泣く。
不思議だ。
何だか心が解放されるのを感じる。
泣くってこんなに気持ちいいんだ?
知らなかった。
母さん、知らなかったよ。こんなことって。
「ケイはお前のことを好きなわけじゃない」
だいぶ落ち着いてきたときにカイトが言った。
「あいつは、ひっかけてはすぐ捨てる。そういうやつだ。やめておけ」
「カイト……なんでそこまで……」
「俺……俺さ、好きなんだ、おまえのこと」
「え?」
「信じられないかもしれないが、ずっと好きだったんだ。だけどお前っていっつもケイのことばっか見てただろ?」
「………」
「俺にしとけよ。俺は絶対お前のこと裏切らないし、お前以外のやつなんか見向きもしないから」
ボクは泣き止んでいた。
カイトの胸に顔を押し付けるような格好をしていた。
彼の心臓の鼓動が心地いい。
まるで母さんに抱かれているみたいだ。
カイトはやさしい───
彼のやさしさは心に染み渡る。
ボクはやさしさにとても飢えていたんだ。とても。
だから、ボクはカイトにすべてを委ねた。
ボクの心も身体もすべて。
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