第3話
「やめて…父さん……」
伸びてくる大きくてごつい手。
身体中をまさぐられる気持ち悪さ。
痛み。
思い出したくない過去の仕打ち。
「!!」
悲鳴を上げてボクは起き上がった。
「夢……」
ほーっと安堵の溜息をつく。
とたんに思い出される夢の内容。
「………」
昨日はケイに抱かれてしまった。
それで思い出してしまった過去の忌まわしき出来事。
父さんがボクにしてきた非道な仕打ちを───
ボクは幼い頃から実の父親に虐待を受けていた。
しかも性的な虐待を。
思い出しただけで吐き気と震えが来る。
子供の頃はただただ怖かった。痛かった。
そればかりだった。
それでも憎むとか、そういうところまで気持ちはいってなかった。
ただ、母さんが死んで父さんが出て行ってしまい、そこで初めて父さんを憎むという気持ちが芽生えてきたんだ。
でも。
今は少し違う。
父さんがボクにそうせざるを得なかったということも、何となくわからないでもなかった。
母さんはもともと身体が弱く、そういうこともちゃんと相手できなかったはずだ。
だったら外にでも女を作ればよかったとは思うが、父さんはそういうオープンな気質ではなかった。
今ならボクにもわかるが、陰湿というか、殻に閉じこもるというか───
ボクにした仕打ちを思い出してもよくわかる。
とても外で女遊びをするような男ではなかった。
だからといって許されることではないけれど。
そんな情けない男だったからこそ、母さんが死んでしまったとき。
ボクを一人で育てていく気持ちなど起きなかったんだよ。
ああ、いやだ。
憎んでいる父親の気持ちが手に取るようにわかる。
なんてことだ。
でも、それが真実。
ボクはあの男の血が流れているんだから。
「僕を裏切ったら許さない」
ケイはそう言った。
ボクは裏切らない。
あの男とボクは違う。
絶対に裏切らない。
けど。
それと同時に、ボクは怖れていた。
どんなにあの男とは違うと思っていても、ボクの身体の中には確実にあの男の血が流れているわけで。
いつか───
裏切ってしまうかもしれないと。
誰かを裏切ってしまうかもしれないと。
それが何よりもボクは怖かった。
「え?」
「崎本さんと映画見るって言って帰ったぞ…」
「そっか……」
あれから何週間か経って。
ボクとケイはけっこううまくやってた。
ところが、ここ数日、何となく避けられているような気がしてたんだ。
で、今日も一緒に帰ろうと思って探してたら、カイトを見かけたので声をかけた。
「あのな、直樹」
「………」
「こんなこと言って気悪くするかもしれないけど」
「何?」
「ケイとは付き合うな」
ボクは目を見開いてカイトを見つめた。
付き合うなって?
どういうことだ?
仮にもケイは自分の親友なんだろう?
いや、親友というか、恋人?───なのかな?
ああ、もうややこしい。
恋人はボクじゃなかったのか?
なんだかワケがわからなくなってきた。
「俺、お前が心配なんだよ」
「心配?」
「お前、絶対ケイに傷つけられる」
「………」
こいつ、何言ってるんだ?
ボクがケイに傷つけられる?
どうして?
確かに、ボクという存在がいながら、なんで他のヤツと仲良くして映画なんか見に行くんだって思ったけど。
ちょっと傷付いちゃったことは確かなんだけど。
でも「裏切るな」って言ったのはケイのほうだぞ。
ケイがボクを裏切るなんて絶対ない。絶対。
ボクはケイを信じているから。
ところが、それからケイは何となくボクを避けてるようだった。
ボクにはそう感じられた。
崎本っていうのはクラスの女の子。
けっこうかわいい。
というか、かなりかわいい。
客観的に見てケイとお似合いって感じだ。
けど。
「直樹、今日は一緒に帰ろう」
「うん」
まったくボクと付き合いをやめてしまったわけじゃない。
ちゃんと一緒に下校だってするし、街に遊びに出たりする。
もちろん、アレだって……してる。
だからちょっと混乱してた、ボクは。
「何?」
「あ、ううん? なんでもない」
「そう」
いつのまにか、ケイをじっと見つめていた。
それを不審に思ったんだろう、ケイが首を傾げてきたんだけど。
ボクはやっぱり聞けなかった。
崎本さんと仲いいね。
何かあるの?
もしかしてボクより彼女の方が好き?
ボクは心で首を振った。
聞けないよ。
そんなこと聞いたら、ケイを信じてないってことになる。
ボクは信じるって決めたんだから。
信じなきゃ。
「あ……」
「?」
そのとき、ケイが小さく声を上げた。
彼の視線の先を辿ると───
(崎本さん……)
ボクらは街までやって来ていた。
通りの向こう側を崎本さんがトボトボ歩いていた。
よく見ると、彼女は泣いているようだった。
「直樹、ごめん、ちょっと……」
「え……?」
「ごめん、また今度埋め合わせするから」
「ケイ……」
だっとばかりにケイは走り出した。
通りの向こうの崎本さんに向かって走っていく。
ボクはあっけに取られて見ているしかなかった。
ケイは彼女に近づくと、なにやら話しかけていた。
歩き出す二人。
「………」
ケイはボクを振り返りもしなかった。
惨めだった。
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