第2話
「え? 今なんて?」
「だから、君が好きなんだよ」
ボクは目を丸くしていた。
きっとものすごくこっけいな表情だったに違いない。
ケイが───秋月ケイがボクを好きだって?
いったいなんで?
「な、何を言って……」
「君が好きだって言ってるんだよ。信じないの?」
「…………」
言葉を遮られた。
まるで畳み掛けるように。
けど、どうしてだろう。
嬉しい。
わかってる。
きっとからかわれてるに違いないって。
昨日の今日だよ?
ボクに向かって「根暗」って言ったヤツが、次の日ケロッとして「好き」だなんて普通言うか?
ボクたちは体育館の裏に来ていた。
ここは山間にある高校だ。田舎だ。
学校の周りはうっそうとした森林が広がっている。
当然体育館の裏は林が続いていて、放課後とはいえまだ明るいはずなのに、この場所は暗い。
授業が終わった頃、ケイに呼ばれた。
ここに来るようにって。
いったいなんだろうという気持ちと、ケイと話せるという舞い上がった気持ちが複雑に入り混じっていた。
でも、きっとカイトも来るんだろうなと思ってたんだけど。
来てみたらケイ一人だった。
とたんにドキドキ鼓動が早まった。
二人きりだなんて。
しかも、ボクを好き?
いったい何が起きているんだろう。
「ねえ。君も僕のことが好きなんだろ?」
「え……」
「隠さなくてもわかるよ」
「………」
ボクは真っ赤になった。
するとケイがスッとボクに近づいてきた。
ボクの手を取り、グイと自分の方に引き寄せた。
「あ……」
「いや?」
「………」
ケイの顔がグッと近づく。
なんてキレイな顔。
あ?───
彼の髪は少し長めのサラサラのストレートの黒髪。
瞳もそれと同じ真っ黒な瞳。
こんなにすぐ近くに彼の顔が近づいたことがなかったので、ついしげしげと見つめてしまったのだけど。
(銀色……?)
一瞬、彼の髪と瞳がキラキラ銀色に輝いたように見えた。
ほんと一瞬だったけど。
不思議な感覚。
「くす……」
彼が目を細めて笑った。
その様子はとても悪戯っぽくて。
思わずドキリと胸が鳴った。
「?」
どこからか静かな音楽が聴こえたような気がした。
なんだろう。
どこかで聴いたような、すすり泣くような音。
ヴァイオリンでもなく───なんだろう。
その音を聴いていたら、どんどん気持ちがふわふわしてきた。
なんて気持ちいい。
昔語りの恋物語
あなたはわたしの愛しい人
常しえに愛を誓ったその口で
あなたはわたしを裏切った
どうしてくれようこの心
わたしの恋心は今宵鬼心へと変貌す
あなたの屍をこの手に抱き
闇の世界へと引きずり込む
「ケイ……?」
ケイが歌っている。
どこからともなく聞こえてくる、その音楽に合わせて。
なんて不思議な歌だろう。
なんて不思議な声なんだろう。
ボクの心は麻痺をして、すでに彼の声の虜に。
風がざわめく。
大地が揺れる。
ここはどこ?
ボクはちゃんと立ってる?
「ああ……」
そのとき、ケイはボクに口付けた。
なんて甘い甘い口付けだろう。
ボクはそのまま彼の腕に包みこまれた。
意外とその腕は力強かった。
「ねえ。僕のどこが好き?」
「え……」
ケイはボクをしっかり抱きしめそう聞いた。
口付けられ、茂みに倒され、ボクは彼に優しく抱かれた。
少し陶酔してたようだ。
うまく気持ちが伝えられない。
でも───
辺りは夕闇が広がり初めていた。
彼の顔の表情もだいぶ見えにくくなっていた。
でも、彼の見たことのない優しそうな目がじっと見つめているのがわかる。
ボクは答えられなかった。
どうしてボクは彼が好きなんだろう。
確かに彼は男にしてはとてもキレイな顔立ちをしている。
冷たい貴公子だとか、そういうことをクラスの女子が言ってたのも聞いた。
男子たちは遠巻きで見ているだけだったし。
こいつ、こんな女みたいな顔しててもすごい強いんだ。
3年になった時に、カイトと一緒に転校してきたんだけど。
いつも澄ました顔して、クラスの誰とも仲良くしようとせず、いつもカイトとくっついてばかりだった。
それが気に入らなかったクラスの一番強そうなヤツがケンカ売ってきたんだ。
けど、こてんぱんにのされちまった。
それもあっというまに。簡単に。
彼は無表情な顔だった。怖いくらいに。
ボクは彼がここに来てからずっと見てたけど、ただキレイなヤツだなあって思ってただけだったんだ。
なんというか、いつもそんなふうにクールで、何かに熱中するっていうところを見たことなくて、こいつ人間かって思ったこともある。
反対にカイトの方は、ケイと違ってくるくると表情が変わり、わりとひとなつっこい。
いろいろ他のやつらとも話したりしてる。
けど、やっぱりケイに気を遣ってる感じもしてる。
女子たちは、彼らは絶対デキてるって言ってたけど。
(やっぱりそうなのかなあ)
昨日屋上で言ってた意味深な言葉。
「イイコトする」
やっぱりそういう意味だよなあ。
でも、ボクともイイコトしたわけだし。
「ねえ。何を考え込んでるの?」
「あ……」
「で、どこが好きなの?」
「………それが……」
たぶん、あの時からだろう。
一度だけ、彼が開けっ広げに笑顔を見せたことがあった。
誰も見てなかったからだったのだと思うけど。
誰もいない教室。
窓から差し込む夕日で教室は橙色に染まって。
彼は一人教室で窓から夕焼けを見つめていた。
たまたまボクは忘れ物をして教室に戻ってきたんだけど。
はっとして立ち止まってしまった。
怖い表情で夕焼けを見つめていた。
けど、じっと見つめていたら、それは違ってて。
とてもとても悲しそうな目をしていたんだ。
ボクはそう思った。
そしたら。
「にゃあ……」
どこからか猫がやってきて、彼の足元にじゃれついたんだ。
彼はその猫を抱き上げた。
(あ……)
そのとき、ケイが猫に顔を近づけて笑ったんだ。
とてもとてもやさしく。
とてもとても楽しそうに。
ボクはその瞬間、彼に恋をした。
彼でもそんな表情をするんだなあって。
ボクは本当にそのとき彼の本質を見たと思ったんだ。
「まあ、いいか」
「………」
ケイは溜息をついた。
それからボクの頬に自分のを擦り付けてきた。
耳にそっと囁く。
「僕も君が好きだよ」
彼の声はとても落ち着いていて、耳に心地良い。
こんなふうに傍で囁いてもらいたいなあって思ってた。
でも。
「初めてじゃなかったね…」
「!!」
「ああ、いいんだよ、別に」
「………」
「僕だって人のこと言えないしね」
彼はくすっと笑った。
それから怯えるボクに一言。
「でも、これから先、僕を裏切ったら許さない」
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